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 朝日新聞社メディア事業本部

「聞こえない」日常を、手話を使う主人公の恋愛から伝えたい

大人気少女漫画『ゆびさきと恋々』では、手話やチャット、筆談を使ってコミュニケーションを取るろう者の主人公・雪と逸臣の恋愛が描かれています。リアルな手話表現から伝わるドキドキや切ないシーンが話題で、聴覚障がいのことを知るきっかけにもなっています。作者の森下suuさんに、手話をテーマにした理由や作品を通して伝えたい思いをお聞きしました。

プロフィル

森下suu(もりした すう)

原作担当のマキロさん、作画担当のなちやんさんによる漫画家ユニット。宮崎県出身。2010年にデビュー。2019年から『ゆびさきと恋々』(講談社)を連載中。単行本は11巻まで刊行。2024年にはアニメ化もされた。代表作に『日々蝶々』(集英社)、『ショートケーキケーキ』(同)など。

『ゆびさきと恋々』あらすじ

生まれつき聴覚障がいがあるろう者の大学生・糸瀬雪(いとせ・ゆき)は、通学電車の車内で外国人に話しかけられ困っているところを、同じ大学の先輩・波岐逸臣(なぎ・いつおみ)に助けられる。障がいに臆することなくコミュニケーションを取る逸臣に戸惑いながらも恋する気持ちに気づく雪。手話を教えて欲しいという逸臣との距離がどんどん近づいていく……。

©森下suu・講談社

手話×恋愛 新しい世界にチャレンジ

『ゆびさきと恋々』は、「新しい世界にチャレンジしたい」という二人の思いから生まれました。

それまで作品を発表してきた出版社を変更する大きな転機を迎えましたが、新連載として企画を練る作業が難航していました。そんな中、作画担当のなちやんさんから「手話はどうだろう?」と提案があったそうです。

雪と逸臣の恋物語は、通学電車での出会いから始まる(第1巻) ©森下suu・講談社

「小学校のイベントで少し習ったことがあり、高校生のころには手話を題材にしたヒットドラマもあった影響で、手話への関心はずっと持っていました。それに指先から気持ちが伝わる手話の繊細なイメージは、マキロさんが作る物語の世界観とマッチするだろうという直感もありました」と振り返ります。「でも、漫画で取りあげるにはハードルが高く、難しいテーマです。出版社が変わるという状況でなければ、自分からは言い出せなかったかもしれません」

「漫画家として新しいチャレンジをしなければならないと感じていました」と原作を担当するマキロさん。「手話は私もいつかやってみたいテーマだったのですぐOKしました。その後は互いにいろんなアイデアが出て盛り上がりましたね」

取材を通して知ったろう者の日常

また作品には、手話監修を担当する宮崎柚希(みやざき・ゆき)さんとの偶然の出会いが、大きな影響を与えたといいます。

連載開始前、取材をかねて福岡市の手話カフェを訪れたときのこと。「きらきら輝くように働いている宮崎さんが、とても魅力的でした。ホワイトボードで私たちが漫画を描いていると自己紹介して、話を聞かせて欲しいと、いきなりお願いしたんです」とマキロさん。話してみると、名前が主人公と同じ「ゆき」で、名字は出身地と同じ。二人の作品を以前読んだことがあることもわかり、運命的なものを感じたといいます。

宮崎さんからは、生まれつき聞こえないろう者のライフスタイルや、聴者である家族との関係、趣味や恋愛、仕事のこと、聴覚障がいに対する誤解や、こんな描き方はして欲しくないことなどを教えてもらいました。宮崎さんに手話動画を送ってもらい作画の参考にもしています。打ち合わせは、最初は筆談が中心でしたが、手話を教わりながらインタビューを重ねるうち、日常会話ができるまで上達したそうです。

宮崎さんのほかにも、ろう学校の先生をはじめ多くの関係者から話を聞きました。マキロさんは「最初のうちはろう者の方に対してどうしても身構えてしまい、『外に一人で出歩いても大丈夫なの?』などと過剰に心配していました。でも話してみると、当たり前ですが、みんな普通に憧れているものがあり、アイドルが好きでライブにも行く、ひとり暮らしをしている年相応の女の子たちだとわかりました」。聴覚障がいに対する見方が変わったことに気づいたそうです。

「手話をできるだけ正確に描きたい」

ストーリーを考える際、マキロさんは「当事者や周囲の身近な人たちを傷つけないよう、物語の展開や会話の内容には細心の注意を払っています」と話します。

ストーリーにあわせて手話にはない単語の解説なども登場する(第10巻) ©森下suu・講談社

なちやんさんは「手話をできるだけ正確に描くこと」を心がけています。実際に手が動いて見えるような描き方を工夫するほか、「構成上、カットせざるを得ない部分はありますが、できるだけ省略せずに、全部描きたいという気持ちで取り組んでおり、ろう者の方や手話ができる人に納得して楽しんでもらえるものを目指しています」

その一方で、手話や福祉の教科書のような作品にはしたくない思いもあります。現実世界の厳しさを描いたり、社会に困りごとを訴えたりするのもひとつの方法ですが、「恋愛漫画でそういう描き方を全面に出すと読んでもらえなくなってしまいます。まず第一歩として読まれないとろう者の世界というものも広まらないので、恋するドキドキやかっこいいヒーローの姿などを通じて、手話や聴覚障がいのことを知ってもらえたらと思います。『この手話を覚えてください』という描き方ではなく、手の形と意味を自然に思い出してもらえるような伝わり方になれば」と二人は話します。

「手話は言語」キャラクターに込めた思い

そうした二人の思いは登場人物のキャラクターにも込められています。雪が恋する逸臣は、帰国子女で3カ国語が話せるトリリンガルという設定です。聞こえない相手にも過剰な気遣いはせず、「俺を雪の世界にいれて」と積極的にかかわってくるタイプです。

「I love you」のハンドサインをする逸臣(第9巻) ©森下suu・講談社

「逸臣は誰にも壁を感じさせないヒーローにしたいと思いました」とマキロさん。「手話は外国語と同じひとつの言語だと考え、相手の気持ちや文化を知るために学ぶ。逸臣の言動を通じて知って欲しいという思いがありました」

また、大学で雪のノートテイクをしてくれる友人・りんは、手話ができないのでメッセンジャーアプリや筆談を駆使して雪とコミュニケーションを取っています。「聴覚障がい者と関わるなら手話ができなきゃいけない、とハードルが高くなってしまいがちですが、手話ができなくてもコミュニケーションが取れるよ、と伝えてくれる役割なんです」

作品の中には、日本語対応手話と日本語とは別の文法を持つ日本手話の違いを解説するコラムなどを載せています。口の動きを読む際に、「ギュー」と「チュー」のように母音が同じで意味を取り違えてしまうなどの聴覚障がい者「あるある」エピソードも随所に盛り込み、読者が自然に手話のある世界に入っていけるような工夫もしています。

反応が分かれるキャラクター評価や障がいのとらえかた

『ゆびさきと恋々』は海外ファンも多い作品です。2024年春からテレビアニメも放送され、男性含め読者の幅が広がりました。ファンの感想には興味深い傾向がみられるそうです。

幼なじみの桜志と雪は手話で会話する(第1巻) ©森下suu・講談社

よく話題になるのは雪の幼なじみ・桜志(おうし)への評価だそうです。聴者の彼は、練習しなければ忘れてしまう手話を流暢(りゅうちょう)に使いこなし、雪を見守っています。聴覚障がいに対し深い理解を示しながら、雪が傷つくことを心配して逸臣との恋愛に否定的な態度をとります。

「桜志は、なぜか国内男性からの人気が異様に高いんです」となちやんさん。一途に雪を守ろうとする姿や思いが理解されない場面に「かわいそう」と感情移入しているケースが目立つそうです。「でも海外ファンには、桜志が雪の成長や自立を邪魔しているといった厳しい声が多い。国民性や文化の違いが、障がいの受け止め方にも影響しているようで、とても興味深いです」

どんな方法でもコミュニケーションが取れる社会に

連載を通して、なちやんさんは「知らないことを知る大切さ」を感じたと話します。

「聴覚障がいや手話について、まだまだ知られていないことが多いと実感しました。知らなければ想像も共感もできないし、寛容にもなれない。まずは目の前にいる相手のことを知りたいという気持ちが大事だと思います。そのために手話という言語に関心を持ったり、学ぼうと思ったりするのは素晴らしいことですよね。この作品がきっかけになればとてもうれしいです」

マキロさんは、「聞こえないことは大変だ、かわいそうだと思われがちですが『音声中心の社会で情報を得られないから困っている』状態だと、宮崎さんから教えてもらいました。聴覚障がいはコミュニケーションの障がい。情報不足やコミュニケーションの問題が解消すれば、ほとんどの問題は解決すると感じています」と指摘します。

二人は、英語で「ハロー」「サンキュー」と言うように、手話で簡単なあいさつをするだけでも、聞こえない人たちとの距離はぐんと縮まることを実感したとも語ります。

「でも一番大切なのは、伝えたい相手とは様々な方法でコミュニケーションは取れるよ!ということ。お互いに歩み寄りやすいそんな社会になればいいですよね」

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