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 朝日新聞社メディア事業本部

新藤兼人賞金賞を受賞した森井勇佑監督作品「こちらあみ子」では副賞としてバリアフリー版を制作。聞こえない当事者、映画製作者も参加して字幕制作のための「モニター検討会」が開かれた

多くの人に文化や芸術を届けるためにバリアフリーの字幕や音声ガイド

意思の疎通に支援が必要な人たちにとって、行政機関や病院などで正しい情報が得られ、自分の意思を伝えることは、生活を送る上で欠かせないものです。しかし、それだけで十分だと思う人はいないでしょう。人が充実した人生を送るには、文化や芸術にふれられる環境も大切です。しかし、映画や映像を鑑賞する際に困難を抱えてしまう人への情報保障はまだ十分ではありません。そうした人々のためにバリアフリーの日本語字幕や音声ガイド、手話映像を提供しているPalabra株式会社の山上庄子さんにお話を伺いました。

映像にバリアフリーの字幕や音声ガイドを用意するのは当たり前の社会に

洋画に日本語字幕や吹替版があるのと同様に、すべての映像作品に日本語字幕などのバリアフリー対応が当たり前のことになってほしいと考え、2013年に設立されたのがPalabra(パラブラ)株式会社です。パラブラとは、スペイン語で「言葉」を意味します。より多くの人に映像作品を届けるべく、見えない人向けに人物の表情や心理描写、風景なども解説する音声ガイド、手話が第一言語の人向けの手話映像、聞くことに困難のある人向けに、セリフの内容だけでなく、どの人物のセリフか分かるように表示したり、効果音などについて説明したりするバリアフリー日本語字幕制作のほか、字幕や手話の表示、音声ガイドをスマホなどで再生できるアプリ「UDCast」(https://udcast.net/)の開発・運営を手掛けています。

同社の特徴は、ボランティアではなく、映画の配給会社などから発注を受けて、字幕制作などのバリアフリー化を事業として行っている点です。現実には、そこまでの予算がなく有志のボランティアが制作したバリアフリー版も多いそうですが、「翻訳字幕と同じように専門の会社がプロの字幕制作者や音声ガイド制作者を育てて仕事として制作できるようにならないと、バリアフリーが世の中でスタンダードな存在にならないと思います。作品の監督やプロデューサーらに監修してもらった上で、公式のものとして日本語字幕や音声ガイドを用意する作品を増やしていくことが大切です。映画側が公式にバリアフリー版を制作することが、結果的に映画を守ることにもつながると思います」と代表取締役をつとめる山上さんは語ります。

「当事者」と「製作者」の声に耳を傾けて

Palabra株式会社で今年度開設したUDCastサポートセンター「鑑賞サポート相談窓口」のチラシ

そうはいっても映像作品のバリアフリー化は手間がかかる作業です。音声ガイドやバリアフリー字幕の作成は、ただ台本のト書きを音声にしたり、セリフを文字にしたりするだけではありません。表情や状況、効果音の説明などのほか、登場人物の心理描写やシーンの解釈も必要になります。この「翻訳」作業には、最終的な収録や仕上げまで含めると映画1本あたり1カ月から1カ月半もかかるそうです。さらにPalabra社では、完成前に実際に字幕や音声ガイドを利用する視聴覚障害の当事者と、監督やプロデューサーなど映画製作側に参加してもらい、必ず「モニター検討会」を開いているそうです。

表現は適切か、伝わりにくいところはないかなどフィードバックをもらいます。「届ける先である『当事者』の意見を必ず聞く。その視点を大事にすることは心がけています」と山上さん。また、同時に映画の監督やプロデューサーにも参加を呼びかけ、当事者と一緒にプレビューを見てもらった上で、演出意図と合っているかなど確認しながらブラッシュアップを図るそうです。「製作側にとっても、自分の作品を目の前でお客様と見る機会はあまりないので、改めて作品の演出意図やポイントがどう伝わっているのか気づく機会にもなっているようです」

山上さんが印象的だったのは、昨年末に公開され話題になった「ケイコ 目を澄ませて」を手掛けた三宅唱監督。バリアフリー版制作の際、映画製作者は通常、原稿の確認、字幕と音声ガイドの検討会に加え、音声ガイドの収録にも立ち会います。「三宅監督はガイドの内容も自身が演出するというスタンスで、バリアフリー版の制作までが監督の仕事だとして関わってくださいました。これが未来の映画業界のスタンダードになってほしいと感じました」と山上さん。

しかし、そもそもバリアフリー版について知られていないために、製作サイドがその必要性に気づいていなかったり、わかっていても予算や納期の関係で用意が遅れたり、制作できなかったりすることも少なくありません。また、外国映画には、バリアフリー字幕や音声ガイドがほぼ制作されないという問題もあります。

それでも山上さんは少しずつ変化も感じているといいます。

「作品の製作者は一人でも多くの人に作品を見て欲しいと思って作っているので、字幕や音声ガイドの存在を知り、一度バリアフリー版の制作に立ち会っていただくと、『次もぜひ続けたい』と言ってくれることが多い」と山上さん。「ただバリアフリーの制作費は、後付けとされることが多く、まだ余計な出費ととらえる関係者も少なくありません。最初から映画の製作予算やスケジュールの中に、バリアフリー版制作が組み込まれるようになると良いと思います」

誰もが文化や芸術にアクセスできる社会を目指して

Palabra株式会社代表取締役の山上庄子さん=写真はすべてPalabra社提供

だからこそ、「バリアフリー版の制作を続け、音声ガイドや日本語字幕、手話映像がついた映像作品があることが、当たり前だと思える社会にしたい」と山上さんは言います。洋画に字幕版と吹き替え版があるように、バリアフリー版も福祉的なサービスや特別なものでなく、個人の好みで選べるような社会。「若い世代は動画配信サービスなどで、字幕付きに慣れている人が増えているので抵抗感は薄れているのではないでしょうか」

「文化や芸術は生活の必需品ではないと思われがちですが、コロナ禍で実感されたように、人はアートから生きる力や楽しみなど、様々なものを見つけることができます。決して後回しにされるものではなく、むしろ、生活に欠かせない最低限のものに含まれると思います。だからこそ誰に対しても開かれているものでなければいけない。そこに最初から壁があるのは、文化芸術の成り立ちから考えてもおかしなことです」と山上さん。「文化芸術が好きな人にとっては、字幕や音声ガイド制作は面白い仕事だと思います。試行錯誤が多い現場ですがだからこそ新しい発見にもつながります。若い人が目指す仕事のひとつになってくれればうれしいですね」

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本事業は、意思疎通支援従事者確保等事業
(厚生労働省補助事業)として実施しています
(実施主体:朝日新聞社)