ARTICLE
本事業は、意思疎通支援従事者確保等事業
(厚生労働省補助事業)として実施しています
(実施主体:朝日新聞社)
広告特集 企画・制作
朝日新聞社メディア事業本部
「手話は言語」。そう話すのは、手話通訳者であり、兵庫県加東市健康福祉部社会福祉課主査の山田美香子さんです。同市では手話の取り組みに力を入れていて、その一環として子ども向けの手話ウェブ学習システム「Let's 手話!forキッズ」も導入しています。2022年度は市内にある小中学校10校のうち、8校が登録。約500人の生徒が手話を学んでいます。加東市で手話が普及している背景や教育での取り組みについて、山田さんと加東市教育委員会こども未来部の森本恭央さんに話を聞きました。
兵庫県加東市は播磨地域にある人口約4万人の地方都市。2014年に「手話言語条例」を制定し、翌年4月から施行しました。初年度には、手話言語条例の制定日と定めた11月27日前後の1週間を、「加東市手話言語強化週間」として、市役所の職員全員が手話であいさつする取り組みをしました。
その活動が好評だったため、翌年以降には活動に共感する学校をはじめ、企業や団体が手話言語強化週間の活動に参加するようになりました。
「街全体が手話への理解を深め、手話を活用してもらいたい」と、加東市健康福祉部社会福祉課主査の山田美香子さんは話します。
――まず、加東市の手話の普及における、特徴的な活動を教えてください
山田さん(以下、山田): 加東市が2014年に「手話言語条例」を制定した背景には、当時の市長が「耳の不自由な人が手話を必要としているのであれば、市として条例を制定し、できることをやっていこう」と決断したことにあります。トップの決断だったこともあり、市の職員も手話の普及に対して抵抗感がなく、やりたいことを自由に実現できる環境がベースにあります。
現在、ケーブルテレビの番組「かとう情報BOX」で手話通訳を付けているので、市民の方が手話を日常的に目にする機会があります。また、3年前からは「一緒に手話を覚えよう」という番組も放送されています。
特徴的な活動としては、「手話奉仕員養成講座」の実施に加え、「出前講座(1回)」、「ミニ手話講座(全3回)」、「かとう手話っこ講座(全10回)」を開催しています。これらは、講師が出張する形で講座を受け付けていて、5人以上のグループであれば、いつでもどこでも訪問して講座をすることが可能です。
複数の講座を用意しているので、学ぶ方がステップアップできる仕組みにしていることが他の自治体とは異なる部分ではないかと思います。
小中学生向けの手話ウェブ学習システム「Let's 手話!forキッズ」は、パソコンやタブレットでも学ぶことができるウェブ教材です。映像を見ながら手話を学ぶレッスンパートと、習熟度をはかるオンライン試験がセットになっています。加東市教委こども未来部学校教育課の森本恭央さんによれば、この事業は、総合的な学習時間での福祉学習の枠組みの中で実施されているため、各学校で福祉学習が組み込まれている小3、小4、中1が対象となる場合が多いです。
――教材を導入しての手応えや効果を教えてください
森本さん(以下、森本):教育現場に手話が入ることを目標としていたので、率直にうれしいです。導入の初年度の2021年度は、5校の小学校から参加の希望がありました。
先生方からは「使い勝手が良く、生徒たちも楽しく取り組んでいました」との感想が寄せられました。翌年度には新たな参加希望校が出てきて、全8校で約500人の生徒が登録しました。
学校側の声として、いつでもどこでも好きな時に繰り返し学習ができるICT学習のメリットも伺っています。
また、ある学校ではコロナ禍でのリモート朝会にて、手話を学んだ内容を紹介した学年があったそうです。対面での朝会だった場合、壇上で手話をする生徒の細かい手の動きまでを、後方の生徒がとらえるのは難しいのではと思います。その点、オンラインでは個々で画面を拡大して見ることができるので、わかりやすいのではないでしょうか。その点も後押しとなり、他の学年にも手話の関心が広がったと聞いています。
――今後の展開について教えて下さい
今はまだ限られた学年のみが活用していますが、今後は手話を学ぶのが当たり前になる環境を作っていきたいと思っています。そうすることで、日常の中で手話が溶け込み、子どもたちが耳の不自由な方と出会った時に戸惑うことなく、手話を使ってコミュニケーションが取れるのではと思っています。
現在、モデル校に選ばれているのは兵庫県の中では加東市のみ。他市の学校では「Let's 手話!forキッズ」の知名度はまだ低いのが現状です。今後は、導入しての効果を周囲に発信していくこともしていきたいと考えています。
――改めて、山田さんが手話通訳士になろうと思った経緯を教えてください
山田:同じ障がいを持った方の中でも、目の不自由な方や車いすに乗られている方とは直接お話しできるのに、耳の不自由な人とだけ会話できないのは残念だと感じたんです。
それがきっかけで手話を覚え始めたところ、様々な情報を得るようになり、世界が広がっていきました。その結果、手話通訳士を目指すようになりました。
当時の兵庫県は、手話通訳者を常駐で設置している市役所はわずかでした。最初は尼崎市の手話通訳に派遣登録をして、ボランティアとして活動していました。
まだまだ仕事として手話通訳を選択できるような社会ではありませんでした。手話通訳者の仕事の選択肢が増えたのは、1995年の阪神大震災がきっかけでした。当時、神戸市の各区役所には手話通訳者が設置されていなかったため、全国から手話通訳者が応援に駆けつけてくれました。
震災で「なぜ自治体に手話通訳者がいないのか」という課題が顕在化したことで、徐々に手話通訳者が自治体に設置されるようになり、手話通訳者の需要が増えていったことで、私も仕事として手話を使う機会を得るようになりました。
――手話通訳者として、やりがいを感じるのはどのような時ですか?
山田:8年ほど前のことですが忘れられない思い出があります。ある男性から「手話を学びたい」という問い合わせがありました。当時は手話講座の開講準備中だったので、その旨を伝えたところ、「待てない」との答えが返ってきたんです。
よく話を聞くと、その男性が結婚しようと思っていた女性が亡くなり、その女性の娘さんとの会話に手話が必要とのことでした。娘さんは白血病を患い、時間的に猶予がないと焦られていました。
男性は、「自分が伝えたい内容の手話を調べることはできるけれど、相手がしている手話の意味を知る方法がない」と途方に暮れている様子でした。そして、その娘さんが何度もしている手話があるとのことだったので、その動作を口頭で説明してもらった時、思わず涙が込み上げてきました。
それは、「ありがとう」と「好き」という意味の手話だったんです。そのことを伝えると、男性も電話越しで号泣されていました。
この時、私は手話という言葉を伝える仕事をしていこうと改めて思いました。「手話は言語なのだ」と痛感した出来事でした。
――手話通訳をされる上で課題に感じるのはどのような点でしょうか?
山田:現在、加東市では手話講座を平日の昼間に開催していることが多いので、シニアの皆さんなどおのずと参加できる層が限られているのが現状です。でも、土曜日に出張して実施している手話講座では、お子さんと保護者の方が参加する機会があります。このように、積極的に若い世代に手話を体験してもらう機会をもっと作っていきたいと思っています。
以前、手話講座を受講した女子中学生が「私の将来の夢は、手話通訳士です」と言ってくれたんです。それを聞いて、深く感動しました。
そうした積み重ねで、手話通訳に興味を持ってくれる人が増えていくことを願っています。そのために、手話通訳を仕事として生かせる職場をもっと作っていく必要があると強く感じています。
――最後に、手話通訳者を目指す方へのメッセージを。
山田:「手話は言語」という考えが広がれば、手話は聞こえない人に対して使うだけのものではなく、聞こえる人同士も使えるツールだと、とらえることができると思います。例えば、声が届かない距離にいる人とのコミュニケーションとしてだったり、音を出してはいけない場所でのやり取りの手段としてだったり。
手話は聞こえない人が大事に守ってきた言語であることを理解しつつ、聞こえる人たちのコミュニケーションツールとしても広がっていってほしいですね。
あまり堅苦しく考えず、気軽な気持ちで手話に触れたり取り組んでもらえたりすると、新しい世界が広がるかもしれません。
本事業は、意思疎通支援従事者確保等事業
(厚生労働省補助事業)として実施しています
(実施主体:朝日新聞社)