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エンタメ

この作家で他の小説に満足できなくなった成毛眞と語る「原尞」の魅力

提供:早川書房

(左から)早川書房の千田宏之さん、正能茉優さん、HONZの成毛眞さん。原尞作品について語り尽くした
(左から)早川書房の千田宏之さん、正能茉優さん、HONZの成毛眞さん。原尞作品について語り尽くした

目次

 ”原尞(はら・りょう)のハードボイルド小説と出会ったおかげで他の小説に満足できなくなり、読書傾向は完全にノンフィクションに移行した“と語る、ノンフィクション好きの書評サイト【HONZ】代表の成毛眞さん。
 成毛さんを招いての、原さんの14年ぶりの新作『それまでの明日』(早川書房)を課題図書としたスペシャルな読書会【はじめての原尞】が開催されました。

 モデレーターは数カ月前まで小説をほとんど読まなかったという、ベンチャー企業 ハピキラFACTORYを経営しながらソニーでも働く正能茉優(しょうのう・まゆ)さん。読書会ではどんな会話が繰り広げられたのでしょうか?

なぜ依頼人のコートはカーキ色でなければならないか?

 今回の読書会は、実は第二夜。第一夜は原さん本人をお招きし、処女作『そして夜は甦る』を課題図書にして開催されました。原さんは新作の発表に14年かけた理由や、主人公の私立探偵「沢崎」へのこだわり、さらに作家としての哲学を語ってくれました。
 参加者は「別の作品も読みたい。再読すると違う発見がありそう」などの感想を話していました。(1回目の読書会の模様はこちら

  前回に続き会場は、東京・新宿にあるジャズ喫茶の名店「DUG」。今回も原さんの担当編集者である早川書房の千田宏之さんを迎え、課題の『それまでの明日』を読んだ率直な感想を参加者が一人ずつ披露しました。作家本人の目の前ではできなかったような、ぶっちゃけトークも展開されました。
成毛さんは自身のツイッターでも最新作への期待を寄せていました
成毛さんは自身のツイッターでも最新作への期待を寄せていました
 モデレーターの正能さんは、前回読んだはじめての原尞作品『そして夜は甦る』で、 冒頭、主人公・沢崎の事務所に現われる依頼人のコートのカーキ色というのが気になり、 なかなか読み進めなかったそうです。 ハードボイルド小説の精細な描写は、どこまで読み解くべきなのでしょうか?

 

正能

ディテールが気になってしまって、なかなか先に進めなかったんです。ハードボイルドってすごく細やかな場面の表現が多いと思うのですが、どういう読み方をしたらいいんですか?

 

成毛

ハードボイルド小説は、ただひたすら“主人公がカッコいいかどうか”が重要。カッコいい場所に、カッコいい奴がいて、カッコいいことを言う

 

正能

どうしてハードボイルドは“カッコいい”のが大事なんですか?

 

千田

ハードボイルドは“男のロマンス小説”と言われることもあって、読者はカッコいい男の生き方やセリフを読みたいわけです

 

成毛

カッコいいことを表現するには、ディテールが積み重ならないとダメだよね。階段や床がどういう風になっていて、灰皿がどんな形で…それで初めて、カッコいいセリフに意味が出てくる。何もなくて、沢崎が『俺を殺してくれ』だと、お前バカか!ってことになる(笑い)

 

正能

となると、あの緻密な描写は、カッコよさを引き出すためにあるんですね!読み込めっていうことじゃなかったんだ

 

男性A

伏線というか積み上げがあるから、言葉や動作が光るのかなと思いますね

 

女性B

私も“あの表現って何の意味があるんだ?”って考えてしまっていました。今聞いて、そういうことか!と納得しました

 

男性C

男の人と女の人で考え方が違うのかも。“俺もこんなこと言ってみたいな”と男の私は思いました

 

女性D

たばこをくゆらすシーンは時間がゆっくり流れて、犯人を追う場面では機敏に動く。時間の流れがシーンでまったく違う。それがすごく素敵だなって思いました

 

正能

沢崎支持者が多いですね~(笑い)

沢崎のケータイ不所持問題

 今から約7年前の設定という『それまでの明日』の登場人物の中で、沢崎だけは頑なに携帯電話を持とうとしません。探偵という仕事上、持っていた方が良さそうな気もしますが…。

 

男性E

僕らって、街では常にケータイの画面しか見ない。だから、沢崎みたいに相手を観察して何かを感じ取ったりするのを、まどろっこしく感じる部分があります

 

正能

私も不思議に思いました。ケータイでこそっと写真を撮りそうなシーンがたくさんあるのに、どうしてケータイを持たないんだろうと思って(笑い)

 

女性B

私は持たないことがカッコいいと、最終的に思えるようになりました。この人はポリシーを持っているのかなと

 

正能

確かにポリシーは感じますね。ケータイを持たないのが一つのカッコ良さなのかな?

 

成毛

最近の映画やドラマも、『CSI』『サバイバー』『ハウス・オブ・カード』などは、携帯電話を使うシーンってほとんど無いですよ

 

一同

おー、確かに

 

成毛

動画だとケータイは説明しにくい。画面に何が映っているのかをカメラに向けて見せていたら、ドラマにならないから。アメリカで最近ヒットしているドラマにケータイは出てこない

 

男性F

その世界にはきっとあるんでしょうけど

 

成毛

みんな持っているんだけど、ケータイを謎解きの道具にしない

 

千田

探偵はハンディキャップがあった方が、面白いんですよ

 

女性D

沢崎はケータイを持っていないほうが自然だなと思います。携帯ショップでどの機種がいいかな、なんて選んでいる姿が想像できないんです

 

成毛

それは言えてますね。沢崎は携帯ショップの店頭にいないよね

 

正能

確かに料金プランとか選んでなさそう。沢崎にケータイの色とか聞いたら怒られそうだし(笑い)

 

成毛

今日はアイスクリーム屋に並ぼう、とかね(笑い)

 

正能

なるほど面白い。それほど沢崎という人に入り込んで読み進めているんですね

 

女性D

それが原尞作品の魅力なんでしょうね。キャラクター立ちさせるような作品性
予定時間をオーバーして、ディープな議論が深夜まで続きました
予定時間をオーバーして、ディープな議論が深夜まで続きました

偶然で事件は解決しない「理系脳」のストーリー

 原尞ファンの成毛さんによると、ファンにはエンジニアや研究職など理系の人が多いとのこと。その理由とは…。

 

千田

ハードボイルド小説は”人と人の会話の文学”とも言われています。関係者一人ひとりに話を聞いて、重要な手がかりにもなれば、無駄足に終わる場合もあって

 

正能

その無駄を楽しむという感覚が、すごく大事なのかもしれないですね

 

成毛

現代のミステリー小説って複雑で、非常にやっかいな謎やトリックを説明しなければならないから、リズム良く進まなきゃいけない。例えば、探偵が新宿の街角で見張っている最中に、ふっと足元を見たらたばこの吸い殻が落ちていて、そこから犯人のDNAが出てきちゃうわけですよ

 

正能

そんなの落ちてるはずないだろうってなりますよね(笑い)

 

成毛

原さんは”偶然”というものを書かない。なぜ1個の吸い殻が犯人のものと思ったか、なぜその場所に行ったかということを、延々と記述して合理的に説明するわけです

 

正能

積み上げて積み上げてって、やっと最後にわかるということですね

 

成毛

それって、すごく理系の脳なんです。文系的な脳だと、吸い殻を見つけるまでの説明がない。原さんのストーリーは破綻がなく、必然として何かが起こる。その意味で理系的です

 

正能

どうですか? 理系の方々!

 

男性A

確かに、全部に納得しながら読んでいました。理由がちゃんとあるから安心できて

お気に入りの作家を見つけて幸せな人生を

 尽きることのないハードボイルド小説論議。正能さんをはじめ、参加者それぞれがハードボイルド小説の楽しみ方についてヒントを得て、「他の原尞作品も読みたい」との声も聞けた充実の読書会でした。

 

千田

今回は皆さんの意見を聞けて面白かったです。その中で”選んだもの”を、原さんにはお伝えします

 

一同

(笑い)

 

正能

前回、原さんは『再読すると面白いよ』とおっしゃられていました。同じ本を何度も読むことの面白さがいまいちピンときていなかったのですが、今日いろんな人の読み方を知って思ったのは、実はみんな違う目線で読んでいるんだなということ。自分の中で意識的にどんどん目線を変えてみると、同じ一冊の本を何回読んでも楽しめると思いました

 

成毛

一人の小説家に惚れ込むことは、幸せなことだなと僕は思ってます。一人の作家にのめり込むって、ある種、その作家の人生と重ねる部分もあるので

 

一同

ほー

 

成毛

歌舞伎が400年も続いている理由もそうで、同じ舞台を見続けて自分の人生に重ねるわけ。僕は今の市川海老蔵の初舞台から、35年間見続けてきました

 

正能

なるほど、そういう目線でコンテンツと接したことはなかったです

 

成毛

これと決めた作家を延々と読み続けることをお薦めします。30代の時にこれを読んだ、40代の時にこれを読んだ…同じ人生を歩めたと思える作家を持っておくのは、決定的に幸せ。良さそうな作家を見つけて、30年一緒に暮らせば、きっといい人生になります

 

一同

(拍手)

 

正能

それは私もやってみよう。まずは、作り手の方の人生をまるっと楽しむという楽しみ方をしたいので、原さんの作品をすべて読んでみようかな
成毛さんは「作家の人生と自分の人生を重ねるって面白い」、正能さんは「この本をどう捉えようかという目線で読むと、新しい発見があるんじゃないかなと思いました」
成毛さんは「作家の人生と自分の人生を重ねるって面白い」、正能さんは「この本をどう捉えようかという目線で読むと、新しい発見があるんじゃないかなと思いました」
 原尞の長編小説は、1988年の第1作『そして夜は甦る』から今回の『それまでの明日』まで、計5作品。一気に読み進めることも難しくはありません。
 
 一人称のハードボイルド小説は、読者がそれぞれの好きなイメージを膨らませて没入できるのも魅力です。沢崎シリーズの30年という時の流れを感じながら、自分のこれまでの人生や今後と重ね合わせてみるのはいかがでしょうか。


●成毛眞(なるけ・まこと)
1955年北海道生まれ。中央大学商学部卒業後、自動車部品メーカー、アスキーなどを経て、86年日本マイクロソフト設立と同時に参画。91年同社代表取締役社長就任。
2000年退社後、投資コンサルティング会社インスパイア設立。10年おすすめ本を紹介する書評サイト「HONZ」を開設、代表を務める。早稲田大学ビジネスクスール客員教授。
 
原尞『それまでの明日』(早川書房)
 前作『愚か者死すべし』から14年もの歳月を費やして遂に完成した、チャンドラーの『長いお別れ』に比肩する渾身の一作。切れのいい文章と機知にとんだ会話。時代がどれだけ変わろうと、この男だけは変わらない。
 
http://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000013841/
原尞『そして夜は甦る』(早川書房)
 伝説のデビュー作が、ハヤカワ・ポケット・ミステリー(ポケミス)で登場。書下ろし「著者あとがき」を付記し、装画を山野辺が手がける。本作の原稿はポケミスと同じ2段組で書かれていたというエピソードがあり、待望のデビュー30周年記念出版。
 
http://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000013820/
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