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#11 水の事故をふせぐ
夏に多い子どもの水難事故「2学期、元気な姿で会おうね」教員の思い
夏休みのリスクは、「交通事故と水難事故」

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#11 水の事故をふせぐ
夏休みのリスクは、「交通事故と水難事故」
毎年、海水浴シーズンに多くなる子どもの水難事故。悲しい事故を防ぐため、海の安全を考える専門家たちが「おぼれないための教育」をテーマに話し合いました。登壇した現役の教諭は「夏休み前に子どもたちに必ず伝えることは『2学期、元気な姿で会おうね』の一言。子どもたちの命を社会全体で守っていく風土を作っていきたい」と語りました。
警察庁によると、令和に入って以降、中学生以下の子どもたちが毎年30人前後、水難事故で犠牲になっています。日本財団などの調査によると、溺水(できすい)事故で特に多いのは7歳と14歳で、発生は7、8月に集中しているそうです。
子どもの事故を防ぐためには、どのような視点が必要なのでしょうか。5月下旬に都内で開かれた「海のそなえシンポジウム2025」のディスカッションでは、「おぼれないための教育」をテーマに現役の教諭らが意見を交わしました。
日本ライフセービング協会副理事長で教諭の松本貴行さんは、「泳げるようにする教育よりも、命を守る教育を優先してやっていこうと言いたい」と指摘しました。
「学習指導要領の中には『浮いて沈む運動』や『呼吸を確保する』など溺れないための技能を育てるキーワードがたくさんあります。しかし、先生たちはどうしても生徒を泳げるようにしなければという発想になってしまい、溺れないための教育を少し短くしてしまうんです」
小学校高学年になると「安全確保につながる運動」の指導があります。多くの教員は「着衣泳」を教えているそうです。
松本さんは、「着衣泳も必要ですが、それは事故が起きた後の対処行動。僕らがやらなくてはいけないのは、事故を未然に防ぐことです」と話しました。
保護者の多くも水泳の授業では安全教育が必要だと考えていますが、教員が教えられることにも限界はあります。
日本財団などの調査(有効回答数1063)では、62%の教員が「小学校での水難事故防止教育を教員が教えるのは難しい」と回答しました。
松本さんは「大学の教職課程で学んでいないことなので、教えるのが難しくても先生を責めてはいけません。ライフセービング協会のような団体とつながって、預けてしまっていいんです。子どもたちが学べるよう、接点を作ることが大切」と話していました。
安全教育の課題について、海難救助や洋上救急に取り組む日本水難救済会の遠山純司さんも「我々民間団体が、教えられる人材を補完する必要があると考えています」と話します。
「事故が起こらないようにするためには、海へ行く前に安全意識を向上させ、しっかり備えをさせて、何かあったときに対処できるようにすることが大事です。子どもたちに教えられる人材を育成し、先生たちをサポートするためのネットワーク作りをするためにみなさんと協力していきたいと思います」
シンポジウムには、事故予防が専門の大阪大学大学院特任研究員・岡真裕美さんも登壇しました。
2012年4月、岡さんは溺れていた中学生を助けようとした夫を亡くしました。その後、安全対策を学ぶために大学院に入学。現在は子どもの命を守るための活動を続けています。
岡さんは、「子どもは経験が浅いので、自分の見たもの、感じたことがすべてです。子どもの視野は、大人の7割程度と言われています。その特性を踏まえて声かけをすることが非常に重要です」と指摘します。
子どもを注意するとき、「よく見て!」という言葉をかけがちですが、大人が考える「見る」と子どもが考える「見る」は大きく違うそうです。「『ここに危険なものがあるよ』と、目を向けさせてから注意することが重要」だといいます。
海や川との関わり方については、次のようにアドバイスします。
「理由もなく『行ったら危ない』と伝えてしまうと、子ども自身の察知能力につながらない可能性もあります。やみくもに危ないと伝えるのではなく、『ここがこうだから危ないよ』とか、『ここから先は危ないよ』と親も一緒に体験しながら教えるのがいいと思います」
登壇した3人は、ディスカッションの終わりに水辺の教育についてのメッセージを語りました。
現役教諭の松本さんは、「私たち教員は、夏休み前に子どもたちに必ず伝えることがあります。『2学期、元気な姿で会おうね』という一言です。夏休みのリスクは、交通事故と水難事故。子どもたちの命を社会全体で守っていく風土を作っていくように発信したいと思います」。
日本水難救済会の遠山さんは、「海は怖さもある一方で、素晴らしさもたくさん感じます。危ないからと海に行かせないのではなく、ちゃんと備えをしてどんどん海に行き、素晴らしさを全身で体感してもらいたい」と話しました。
事故予防が専門の岡さんは「見ただけ、聞いただけでは記憶に残らず、薄れてしまいます。でも、体験したことは忘れません。子どもと一緒にいろんな体験をして、水のよさも怖さも知りながら、安全に遊んでほしいなと思います」と伝えていました。
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