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ヒトの傷の治癒スピード、他の動物より3倍遅い 不都合な進化の理由

ヒトはチンパンジーより傷の治りが3倍遅い
ヒトはチンパンジーより傷の治りが3倍遅い 出典: 朝日新聞社

目次

ヒトは傷の治るスピードが他の動物より3倍遅い。このような研究成果を、日本の大学の研究者らがまとめました。チンパンジーなどの動物とヒトの傷の治るスピードを観察したところ、ヒトだけが飛び抜けて遅いことが分かったといいます。なぜヒトは傷の治りが遅いのでしょうか。

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チンパンジーやヒヒより治りが3倍遅い

論文を発表したのは、琉球大学国際地域創造学部の松本晶子教授(生物人類学)らの研究グループです。

京都大学、モンペリエ大学(フランス)、ケニア霊長類研究所に所属している研究者との共同研究を通じて、ヒトの傷が治るのが遅いことを確かめたといいます。

松本さんは長年、ヒトの進化の研究に取り組んでいます。15年以上前から、ヒト属が誕生したと考えられるケニアのサバンナ環境に生息する、霊長類の「ヒヒ」の研究を続けています。

その過程で、野生のヒヒがケガをするのをよく目撃しました。自分と比べて、ヒヒの傷の治るスピードが速いのではないかと感じ、「なぜだろう」と疑問に思ったことが研究の出発点だったといいます。

ケニア霊長類研究所で行われた実験
ケニア霊長類研究所で行われた実験 出典:琉球大学

研究では、ヒト・ヒト以外の霊長類・齧歯類を対象に、皮膚の傷が治るまでの速度を比較しました。

ヒトは、皮膚の病気で琉球大学医学部付属病院に入院していた患者さんの傷が治る過程を写真で追跡しました。

チンパンジーは、チンパンジー同士のけんかで自然に生じた傷を追跡しました。

他の動物は、研究倫理に配慮したうえで人工的に小さな切り傷を施し、傷が小さくなる速度を計測しました。

対象になった動物は、20代から90代のヒト24人、アヌビスヒヒ6匹、サイクスモンキー5匹、ベルベットモンキー6匹、チンパンジー5匹、マウス8頭、ラット4頭です。

その結果、ヒト以外の動物は平均して1日あたり0.6ミリの速度で傷が治ったのに対し、ヒトの治癒速度は1日あたり約0.25ミリでした。

研究グループは、この結果から、ヒトの傷の治るスピードが、他の哺乳類に比べて約3倍遅いことが判明した、と結論づけました。

傷の経過日数とふさがった長さの関係
傷の経過日数とふさがった長さの関係 出典:琉球大学

ヒト以外の霊長類と齧歯類の間で治癒速度には差がありませんでした。

松本さんが特に注目したのは、ヒトと最も近縁なチンパンジーの治癒速度が、齧歯類など他の動物と同じであったことです。

調査前は、「①ヒトに近い②ヒトと他の動物との中間③ヒト以外の他の動物と同じ」という三つの可能性を考えていましたが、結果は、③他の動物と同じでした。

ヒト特有の治りの遅さは、チンパンジーと系統が分かれて、ヒトになってから生じた可能性を示しているといいます。

治るのが遅い理由は

なぜヒトの傷が治るスピードは遅いのでしょうか。松本さんは、複数の理由が考えられるといいます。

一つ目は、ヒトの体毛が薄いことです。

ほかの動物は、毛が生えているところに傷の治りを早くする細胞があるそうです。この体毛はクッションの役目や、刺激から肌を守る役目もしています。

ヒトは髪の毛や一部に毛はあるものの、全体的には他の動物より体毛は薄めです。

ヒトの皮膚
ヒトの皮膚 出典: 朝日新聞社

二つ目は、ヒトの皮膚が厚いことです。

ヒトは体毛が薄くなった分、紫外線や外的な刺激から体を守るため皮膚が厚くなっています。厚い皮膚の再生は薄い皮膚の再生より時間がかかります。

三つ目は、ヒトが進化で手に入れた能力が関係している可能性です。

ヒトは社会生活を送る中で、ケガをしたときに助け合う習慣が生まれたことや、傷に薬草を使う知恵を学習してきました。

そうして傷を早く治す必要性が低下したため、「ちょっとした健康上の不利」である傷の治りの遅さが生まれた可能性もあるといいます。

ただ、傷の治りが遅いことは、自然界で生きていく上では明らかに不利な特徴です。なぜヒトがそのような不都合な進化をしたのかを突き詰めるのは、今後の研究課題になるとのことでした。

進化の複雑さにおもしろさ

松本さんは、今回の研究結果を通じて、ヒトの進化の複雑さと「おもしろさ」を知ってほしいと話します。

「ヒトの進化というと、プラスの方向にばかり進化していると考える方が多いと思いますが、実は不都合な進化をしていることもたくさんあります。ある一面が進化したことに伴って、別の不都合なことがくっついてきてしまったという例も結構あります。なぜそれが残っているのかを考えてみるのもおもしろいのではないでしょうか」

霊長類の系統的な関係。現生する動物のなかでは、チンパンジーがヒトに最も近縁
霊長類の系統的な関係。現生する動物のなかでは、チンパンジーがヒトに最も近縁 出典:琉球大学

ヒトの進化を解き明かすために、サルの研究を続けてきた松本さん。「ヒトを直接扱わなくてもヒトの進化を知ることができるはずだ」と信じてきた一方、「他の生き物からヒトを考えるというところに常にハードルがあった」といいます。

「今回、初めてそのハードルをちょっと越えられたかなと思っています」

論文は4月、学術雑誌「Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences」に掲載されました。

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