ネットの話題
漆塗りの〝スノボ〟で卒業制作 2年前、振り袖で滑走したあの人
「用の美」追い求めた

「例の振袖でスノーボード爆走してた方が作ったと聞いて胸熱」。そんな風に投稿されたウィンタースポーツの道具の写真がSNSで話題を集めました。2年前、学生時代に慣れ親しんだゲレンデを振り袖姿で滑走した女性が、伝統工芸を学ぶ学校の卒業を前に、完成させた作品でした。
「雪中用漆具三式」。京都伝統工芸大学校で4年間学んだ杜野菫(もりの・すみれ)さんは2月、その作品写真をXに投稿しました。
「三式」の内訳は、スノーボード用具が2セット、スキー用具が1セット。伝統を感じさせる風合いですが、スノーボードの2セットは、それぞれ目玉焼きと、鯨と鯱をモチーフにし、スキー用具はよく見るとスキーヤーが描かれています。
卒業制作
— 杜野菫 (@sumire_morino) February 9, 2025
雪中用漆具三式 pic.twitter.com/SDrGQkaPjZ
杜野さんの投稿は、「例の振袖でスノーボード爆走してた方が作ったと聞いて胸熱」と引用された投稿などから拡散され、実際に卒業展示を見に行った人が引用リポストし「近くで見て、ホント美しかったし、可愛すぎ」とコメントしたり、「技術の異文化交流みたいでかっこいい!」「これだけで食べていけるようになってほしい」といった感想が寄せられました。
拡散の起爆となった引用リポストの文言通り、実は杜野さん、2年前の成人式を長野県の番所ケ原スキー場のゲレンデで迎えたほどの、ウィンタースポーツ好き。
真っ赤な振り袖をなびかせながらすいすいと滑走する姿を映した動画はSNSで話題になり、多くのメディアにも取り上げられました。
当時、自治体が主催する成人式に参加しなかったのは、進学で地元を離れていたことや、学生時代に不登校だったことなどが理由だったことを、withnewsの取材にも語ってくれていました。
当時も取材した記者は、振り袖滑走で注目された杜野さんが大学で伝統工芸を学んでいると語っていたことを記憶しており、2年経ったいま、このような形で再び注目を集めていることに、胸が熱くなりました。
青森県出身の杜野さんは、大学入学前から、絵を描くことや、ものづくりに関心がありました。
立ちくらみや失神などが起こる「起立性調整障害」で学校に通えなかった期間があった杜野さん。当初はやることもなく、家でアニメを見たりしながら過ごしていましたが、中学3年生の頃からは絵を描くようになり、高校生になってからは個展も開いたといいます。
「当時は、絵を描くことに、意味を込めているわけではなく、『生きるために描いている』という感覚に近かった」と振り返ります。
進学先を考える時期に、京都伝統工芸大学校の存在を知り、絵を描き続けながら、さらにものづくりを学ぶこともできる環境ひかれて進学しました。
学校では蒔絵専攻で、漆芸も学んでいる杜野さん。祖母が津軽塗を愛用していたことも、漆芸との距離感の近さにつながっていると考えています。「ちゃぶ台とかお箸が津軽塗で、身近だったんですよね」
そうして進学した京都伝統工芸大学校では、1年のときから、漆塗りのヘルメットなどを制作。その他にも、器や曲げわっぱなど、いわゆる「工芸品」として一般的に思い浮かべやすいものを作ることもありました。
それでも卒業制作でウィンタースポーツの用具を作ることにしたのは、「時代に即したものを作りたい」という考えを持っていたからでした。
「職人には高度な技術があり、その技術で作っているものを安売りをしてはいけない。そのためにも、私たちは、需要があるものを作り、お金を得るべきだと思っています」
これまでウィンタースポーツを続ける中で、スノーボードに絵を描くことをお願いされたことも多くあった杜野さん。「そこに需要があることが見えていた」と話します。
さらに、杜野さん自身、ウィンタースポーツという趣味に対してならお金を払えるという実体験を持っていました。「数十万円するボードであっても、本当にほしい板なら頑張ってバイトをして、お金を貯めて買います」
高度な技術を安売りせず、かつ需要のあるところを狙って作品を展開していく。そう考えたとき、杜野さんに見えた「用の美」が、今回の「雪中用漆具三式」だったのです。
作品作りは昨年の春ごろから始めました。デザインも杜野さんによるもので、漆を複数回塗り重ね、およそ10カ月をかけて完成させました。
今回、SNSで拡散され、実際に展示会場にまで足を運ぶ人が出ることになった反響については、「凄く嬉しいし、ありがたいです」。
「工芸は遠いもの、手の届かないものではなく、身近でかっこいいものであり、さらには欲しいと思えるものをつくりたいと思って制作していたので、1番嬉しいかたちです」と話し、ウィンタースポーツのアピールにもつながることを期待しているといいます。
今後については、「新しいものをずっと作っていきたい」と話します。「工芸は日本の宝です。需要を作り、私だけでなく、工芸全体がもっと盛り上がって、工芸のかっこよさを伝えて行きたいです」
「無駄こそが人間の本質」だと杜野さんは語ります。
「この世の中には、プラスチックやペンキがあり、漆芸は存在しなくても世の中は大概誰も困りません。スノーボードがもし無くなったとすれば、なんならけが人が減るでしょう」
「ですが私は、無駄こそ人間の本質で、無駄なものは必要なものだと思っています。無駄を作る私がいることで、世の中が少しでも面白くなる……そんな人間になっていきたいです」
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