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人手不足を「サービスの受け手」から考えてないか 人口減を嘆く前に
人口減少、少子高齢化が進み、2040年には主な働き手となる現役世代が現在の8割となる「8がけ社会」が到来します。サービス維持に直結する「人手不足」のニュースは生活のあちこちで見聞きするようになっていますが、そもそも「人手」とは一体何なのか。8がけ社会を取材した記者が考えました。
「人手」とは、不思議な言葉です。人の手と書きますが、それは誰の手なのでしょうか。
介護施設で、荷物の配送で、建設現場で、人手が足りないと言われていますが、議論になるのは手の数ばかり。頭も体も置いてけぼり。手だけ人から、切り離されているかのようです。
思い出すのは、ホラーコメディー映画『アダムス・ファミリー』(1991年)に登場する「ハンド」です。頭も体もない、手首から先だけの存在。古びた洋館で暮らす、大富豪アダムス一家の同居人。指をクモのように動かして歩く姿は不気味ですが、働き者で、頼りになります。
劇中でアダムス一家は、悪いヤツらに自宅も財産も奪われ、その日暮らしのモーテル生活を強いられます。一家の面々は誰もまともに働けません。ただひとりハンドは、オフィスのバイトで八面六臂の大活躍。面も臂(ひじ)もないのに、一家の支え手になります。
ハンドという名は日本語訳で、オリジナルの英語ではThingと呼ばれています。なくてはならない存在なのに、人として扱われていません。人手も同じです。報酬や待遇に引き寄せられる、のっぺらぼうか何かだと思われていないでしょうか。
でも現実の人手は、ハンドのように都合のいい存在ではありえません。この当たり前の事実を強く意識するようになったのは、「8がけ社会」の取材で人手不足の現場を訪ねたからです。
能登半島地震の被災地では、道路の復旧にあたる作業員や災害ごみを運搬する漁師、医療機関のスタッフらと出会いました。
彼らは自宅が壊れて避難所生活を余儀なくされたり、家族と離ればなれになったりした被災者でありながら、地域を建て直す担い手でもありました。
なぜ人手は、おばけのように語られてしまうのでしょうか。
人類学者の長谷川眞理子さんへのインタビューをもとに考えるなら、「分業」の結果なのでしょう。
太古から人類は、小さな集団で手を貸し借りして生き延びてきましたが、経済が巨大化すると、見ず知らずの他人の手もお金で買うようになりました。
賃金を上げれば、神の見えざる手に導かれた誰かが、仕事を片付けてくれる。それが誰の手か、などと考えなくても、社会は効率的にまわってきました。
ところが働き手の数が絶対的に足りなくなる8がけ社会では、お金を積んでも他人の手は借りられなくなります。
朝日新聞が世論調査で「人手不足の影響が不安な分野」を複数回答で尋ねたところ、回答者の8割が「医療・介護」、6割が「物流・配送」を選びました。
右肩上がりの成長は終わり、これまでのように病院にかかったり荷物を届けてもらったりすることは望めないのだと、みんな感づいていることでしょう 。
もう手詰まりだ。
そう思っていました。作家の多和田葉子さんにインタビューするまでは。
取材では、多和田さんの代表作「献灯使」になぞらえながら、介護や子育てなどのケアの人材不足について尋ねました。
多和田さんはケアが売買可能な商品のように扱われていることに違和感があると述べました。
誰もがケアの受け手であり、誰もがケアを与えることもできる。だから今後は「自分がどれだけ与えられるかが大切になってくる」と語りました。
人手について考えるとき、私はいつも無意識に、自身をサービスの受け手と位置付けていました。
自らの手を、人手に勘定していませんでした。他人の手を借りられなくなるなら、自分の手を動かせばいい。頼るべきハンドは、自身の手だったと気づかされました。
ただし、多和田さんの言葉通りに、いきなり支え手になるのは、手に余ります。まずは身の回りで、自分の手を動かすことから始めてみたいと思っています。
8がけ社会に向けて、個人ができることは思いのほかありそうだと取材で感じてきました。
例えばごみ収集の現場では、週2回の可燃ごみの収集を維持できるかが課題になっています。もし各家庭のごみの量を減らすことができれば、収集の頻度も減らすことができそうです。収集作業員にはなれなくても、ごみを出さない暮らしはできます。環境にも優しい。
市民に「歩くこと」を促している自治体もありました。
高齢者が増えて病院や介護施設のひっぱくが見込まれますが、増えるのが健康な高齢者であれば、財政や現場への負担は軽減できます。医者や介護福祉士にならなくても、エッセンシャルワーカーの負担を減らすことはできます。
ハンドに任せっぱなしにしないこと。切り離してきた生活の一部を、手の届く範囲に取り戻すこと。それを負担増ととらえるか、自身の暮らしを見つめ直す契機ととらえるか。
それぞれの手に委ねられているのでしょう。
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