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陸上競技の〝やり〟投げ なぜ人に刺さる?事故なくすのが難しい理由

やり投げの“やり”の形状を見たことがあるだろうか。※画像はイメージ
やり投げの“やり”の形状を見たことがあるだろうか。※画像はイメージ 出典: Getty Images

目次

陸上競技の大会や練習で、やり投げに使用されるやりが人に刺さる事故が何度も発生しています。“やり”である以上、適切な安全管理ができなければ、こうした事故が起きるのは当然とも言えること。「首やのどに」「下腹部から背中へ」といった痛々しいニュースにはネットに反響が多く寄せられますが、なぜ事故をなくすのが難しいのでしょうか。投てき物や競技自体の特徴を、選手への取材とあわせて紹介します。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)

投てき物自体の特徴

7月16日、岩手県の商業高校の関係者から「生徒の首にやりが刺さった」と119番通報があり、陸上競技部員の男子生徒が練習中、やりが体に刺さって搬送されました。

男子生徒は当時、校庭でやり投げの練習をしていましたが、助走の練習中に転倒し、持っていたやりの後ろの部分が自分ののど付近に刺さったとみられるということです。

2013年5月には、石川県の大学で、陸上競技部員がグラウンドでやり投げの練習をしていた際、やりが刺さる事故がありました。

このケースでは、自分が投げて地面に刺さったやりを取りに行く際、誤ってやりの後部が刺さり、下腹部から背中に貫通しました。共に重傷を負いましたが、命に別条はなかったということです。

このように、やりが自分に刺さったケース以外にも、2012年7月には広島県の大学で、練習中に投げたやりが当時高校1年の女子生徒の頭に刺さり、骨を折るけがを負わせたとして学生と監督が書類送検されたケースや、1997年4月、兵庫県の高校において、やり投の練習中に投げたやりが別の生徒の側頭部に当たり、けがをしたケースなどがあります。

陸上競技の投てき物が人に当たる事故は、国内で定期的に発生しています。例えば日本スポーツ振興センターのデータでは、2013~20年度の8年間に災害共済給付が始まった事例の中で、中高の部活で投てき物が人に当たる形で起こった重大事故は、7件(ハンマー投げ4件、砲丸投げ1件、円盤投げ1件、やり投げ1件)でした。

投てき物による事故が起きる背景には、いくつかの理由があります。まずは、投てき物の重量と形状です。

競技者の年齢や性別により違いがありますが、オリンピックで使用される投てき物の重量は砲丸・ハンマーで男子用が7.26kg、女子用は4kg。円盤は男子2kg、女子1kg。そしてやりはこの中では軽い方ですが、それでも男子800g、女子600gと、500mlペットボトル以上の重量があります。

それが、選手たちの助走と投げる力によってエネルギーを持たされた状態で空中に放り出され、やり投げであれば男子の世界記録で最長約100m飛ぶことになるため、競技や練習の方法が適切でなければ危険であることは否めません。

また、競技用のやりは長さや重心の位置や柄の直径などにも規定があり、先端だけでなく後部も尖っており、むしろ後部の方が細くなっています。

このように、まずは投てき物自体の特徴により、例えば重量の軽いボールなどを使用する競技と比較して、事故が起きやすい事情があります。
 

投てき競技の特徴も

もう一つは、陸上競技の大会や練習などの進行方法の事情です。陸上競技の大会は、投てきだけを行う専門の大会でない限り、同じスタジアムの中で、走る競技や跳ぶ競技と同時並行で競技を行います。オリンピックなどは、夏場のため競技時間をずらすことはあるものの、基本的に同時並行の試合を観ることができます。

広い陸上競技のグラウンドであっても、最長100mの飛距離があるとすると、警戒しなければいけない範囲はさらに広くなります。オリンピックなど上位の大会であれば、審判員や補助員の全体としての習熟度も高くなりますが、陸上競技にはさまざまな競技レベルを対象とした大会があります。

2012年にはドイツで、やり投げ競技中、やりがのどにささって競技役員が死亡する事故も起きています。

さらに、日常の練習では、気の緩みが発生しやすくなります。また、大会とは異なり、サッカーやラグビーなど、陸上部が他の部活と共同でグラウンドを利用する場合も多くなります。

ただし、危険な場合はそもそも、特にやり投げではグラウンドでの練習が禁止されていたり、専用の練習場で別に練習したりすることもあります。

公益財団法人日本陸上競技連盟(JAAF)の安全対策ガイドラインでは、<他の種目と練習場を共用で使用することにより、投てき物が他の選手に衝突する危険性がある。>とし、次の注意事項を挙げています。

・他の部活動や種目等と時間帯や練習場を分けるなどの対策を講じる。
・サークル(記者注※砲丸、ハンマー、円盤を投げる場所)以外では試技をしない。
・投てき者は確実に周囲の安全を確認し、大声で「行きます」または「投げます」と周知し、必ず自ら前方と周囲の者の反応を確認する。すべての安全が確認できた時に初めて投てき動作に入る。
・周囲の者は投てき物が落下するまで投てき物から目を離さない。

東京品川病院陸上競技部所属のやり投げの選手で、やり投げを安全に行うための啓発活動に取り組む鐘ヶ江周(かねがえ・あまね)さんは、こうした注意事項があっても「徹底できていないことがある」と指摘します。

「声を出しても、声が小さいことが多く、周囲の人に聞こえないこともしばしばあります。大きな声をだすのが恥ずかしいようですが、『そういった人はやりを触ってはならない』と選手教育をしていくべきだと感じます」

また、同時並行で試合が行われるとき、「トラック種目とやり投げが被ることがある」場合は、「より一層、注意が必要」と鐘ヶ江さん。

「周回系の競技では、ランナーが通りかかるタイミングと投てきのタイミングが読みづらくなり、より安全管理が難しくなります。そうした場合は投てき者が待つことが多く、投てきのタイミングを自分で決める、というルールの公平性の観点からしても、周回系のトラック種目とやり投げは、分けていくべきだと思います」

その上で、やり投げの事故を防ぐために必要なこととして、鐘ヶ江さんは「危険性の周知」「知らない人でも近づいてはいけないとわかる仕組み」「トレーニング器具の活用などによる投てき物自体の安全性を上げる取り組み」を挙げます。

「まずは、やり投げが危険を伴う競技であることの周知を、私たち選手も含めてもっと行っていくべきです。そして、やり投げを知らない人(危険性を認知していない人)ほど、安全管理が難しくなるので、コーンや注意看板など、誰が見てもそこに入ってはいけないとわかるような仕組みを作る必要があると考えています。

また、先端の尖っていないものや、短いもの、クッション性のあるものなど、危険性の低い器具を開発し、練習に取り入れることも有効ではないでしょうか。やり投げは危険を伴う競技ですが、大きな魅力もあります。うまくリスクを管理しながら、文化を発展させていければと思います」
 

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