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#14 親になる

本当は危険な〝育児ハック〟出回る 情報の見極め方とSNSの心構え

SNSには根拠不明の“育児ハック”が出回るが……。※画像はイメージ
SNSには根拠不明の“育児ハック”が出回るが……。※画像はイメージ 出典: Getty Images

目次

赤ちゃんを丸めた掛け布団や柔らかいタオルの上などに寝かせる動画が、いわゆる“育児ハック”としてSNSで話題になりました。しかし、これは赤ちゃんの命にかかわる危険な行為です。情報戦でもある子育て。正しい情報の見極め方や、危ない情報に飛びつかないための心構えをまとめました。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
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ベビーベッド「固い」と思ったが

子どもの成長はほほえましいものですが、ヒエッと思う瞬間も多々、訪れます。生後半年でできるようになった寝返りはその一つで、ふとベビーモニターを確認すると、仰向けに寝かせたはずの我が子がうつ伏せになっていて驚くことも。

こんなとき、身にしみて大事だと感じるのが「ベビーベッドが固い」理由。家にベビーベッドがやってきた当初は、マットレスの固さにびっくりしたものですが、寝返りをうつようになると、もしこれが柔らかかったら……と怖くなります。赤ちゃんの寝具は、柔らかいと、窒息事故の危険があるのです。

4月中旬、赤ちゃんを丸めた掛け布団や柔らかいタオルの上などで寝かしつける動画がSNSで話題になりました。この動画の中では、赤ちゃんをうつ伏せに寝かせるシーンもありました。

いわゆる“育児ハック”として好意的に拡散するユーザーもいましたが、もちろんこれは赤ちゃんの命にかかわる危険な行為です。大きな批判を集め、現在、拡散されたツイートは投稿主が謝罪した上で削除されています。

赤ちゃんは「固めの布団などを使い、 仰向けに寝かせる」。母子手帳にも明記されていますが、これは赤ちゃんの窒息事故を防ぐための対策です。

厚生労働省は、まくらや柔らかい布団に赤ちゃんの顔が埋もれることで窒息事故が発生するため「ベビーベッドに寝かせ、 柵は常に上げる」「敷布団・マットレス・まくらは固めのものを、掛け布団は軽いものを使う」「口や鼻を覆ったり、首に巻きつくものは置かない」ことを注意喚起しています。

また、うつ伏せ寝は乳幼児突然死症候群(SIDS)のリスクであるため、仰向け寝が推奨されます。

ちなみに、寝返りした赤ちゃんを元に(仰向けに)戻すべきかについて、同省は「米国国立衛生研究所(および米国小児科学会)によると、赤ちゃんが仰向けからうつ伏せと、うつ伏せから仰向けのどちら側からでも自分で寝返りができるようになったら、あおむけ寝の姿勢に戻す必要はない」と見解を紹介しています。

その上で「SIDSのリスクを減らすために重要なのは、眠り始めるときに仰向け寝の姿勢にしてあげることと、寝返りをしたときに備えて赤ちゃんの周囲に柔らかな寝具を置かないようにすること」としており、あらためて固い寝具が大事であることが示されています。
 

SNS動画に命を預けられますか

消費者庁も赤ちゃんの窒息事故について、かねてから注意喚起をしています。同庁の調査によると、厚労省の人口動態調査の2016〜20年までを分析したところ、0歳児の「不慮の事故」は350件ありました。

そのうち、悲しいことに、死に至った原因としては「窒息」が271件で77%。その場所は「ベッド内」が118件と最多でした。

具体的な事故内容には「枕の上でうつ伏せになり、大人用のタオルケットが首に巻きついていた」「低反発マットで寝返りをして、顔がマットに埋もれていた」などがありました。

自分が何の気なしにツイートやリツイート、いいねした情報により、こんな事故が起きてしまったとしたら。その負いきれない責任を感じて、ゾッとしませんか。

コロナ禍で誤情報が発生・拡散されるメカニズムについて、東京女子大学現代教養学部教授の橋元良明さん(社会心理学)を取材したことがあります。

橋元さんは、危機的な状況下では「『運命共同体意識』と言われる、自分だけ特定の感情を持つのは寂しいと思い、人を巻き込もうとする心理」が形成されるとします。「そこに今は誰でも容易に発信できるネットがあり、書き込みへとつながっていきます」(橋元さん)

そして、こうした状況では「自分の感情を昇華したくなる」ため、共有することで、緊張や不安を解消しようとする、と指摘します。

子育てをしていると“危機的な状況”に陥る場面が多くあります。良さそうな情報を見つけたときに、善意から「他の人にも教えてあげよう」と思うこともあるでしょう。しかし、その結果、前述の動画のように、命にかかわる危険な情報を拡散してしまうこともあるのです。

誤情報の発生・拡散は、どのようにブレーキをかければいいのでしょうか。橋元さんは「それが興奮に端を発している以上、冷静になること」が必要だと心構えを説きます。

そのためには「自分が聞いた情報、発しようとしている情報の出どころを確かめること」をするべきと橋元さんは言います。

前述の動画であれば、元はTikTokの転載とみられ、その動画を投稿したのは海外の一般アカウント。落ち着いてみれば、ただ「バズっている」という理由で、自分の子どもの命を預けられる情報ではありません。
 

「バズっている」情報ほど注意

これはTikTokに限らないことですが、SNSには根拠不明の“育児ハック”が溢れています。そもそも個人差の大きい子育て。万人の困りごとを解決できるテクニックは、残念ながらありません。

前述の動画は、タオルなどを活用することで赤ちゃんの寝かしつけがしやすくなる簡易ベッドができるという文脈でシェアされていました。

このような情報が人気なのは、例えば寝かしつけに苦労する親が多いから、他にも「一時期しか使用しないベビーベッドをわざわざ買うかどうか」「かなり場所を取るので置き場所をどうするか」などの問題で悩む人が多いから、という面もあるでしょう。

こうしたことに思い至らなくなってしまうくらい、子育てが大変であるというのは、私も子どもを持った今、痛いほどわかります。しかし、一種の興奮状態である「バズっている」情報を見かけたときほど、心を落ち着けるようにしてみるのがよさそうです。

一方で、では正しい情報にアクセスしやすいのか、という問題もあります。例えば、母子手帳に明記されていると言っても、それはページの一部に細かい文字で簡潔に書かれているだけ。

子どもができたとき、我が家では何冊も育児書を買い込んで、準備をしました。両親学級でもこうした事故について説明された記憶があります。それらにおいては「固めの布団などを使い、 仰向けに寝かせる」は常識として扱われます。

でも、さまざまな理由で、こうした準備ができなかった家もあるかもしれません。そこにSNSで「バズっている」情報が届いたら、それを疑うというのも難しいのではないでしょうか。

一人でも多くに届けばと、微力な私もこのように発信しているわけですが――力不足はもちろんあるものの、一方で“常識”は常識であるがゆえに、広く届きにくい、言うなれば「バズりにくい」のです。

赤ちゃんは「固めの布団などを使い、 仰向けに寝かせる」と発信するより、「タオルなどを活用することで赤ちゃんの簡易ベッドになる」と発信する方が、「初めて知った」と拡散されてしまう。そんな構造的な問題もあります。

前述の動画にまつわる騒動からは、ひとまずは「バズっている」情報ほど注意するという学びがありそうです。記者であり親である私個人としては、地道に発信し続けることを、あらためて心がけようと思いを新たにした出来事でした。
 

【連載】親になる
人はいつ、どうやって“親になる”のでしょうか。育児をする中で起きる日々の出来事を、取材やデータを交えて、医療記者がつづります。

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