お金と仕事
「おっさんレンタル」10年続いた理由 「ありがとう」で得られる満足
「スーツと名刺」取った後に残る価値
なぜ人はおっさんをレンタルするのか? サービス開始から10年をむかえる「おっさんレンタル」。コンサルから大学教授まで、登録しているおっさんには様々なスキルがある。でも、レストランの付き添いなど、全然、関係ない依頼も少なくないという。世間では嫌われ者の代名詞にされがちなおっさんだが、「スーツを脱いで、名刺がなくなったら途端に弱くなる」存在でもある。そんな「おっさんレンタル」が10年も続いた理由とは……創業者のおっさんに話を聞いた。(ライター・千絵ノムラ)
西本貴信(にしもと・たかのぶ)
2012年創業の「おっさんレンタル」代表者でありCEOである西本貴信さん54歳。本業はファッションプロデューサー・スタイリスト。そもそも西本さんはどうして「おっさんレンタル」をはじめたのだろうか。
「電車の中で女子高生がおっさんたちを軽視している発言をしてたんです。おっさんの耳毛がどうとか。それを聞いてふと思ったんですよね。おっさんってなんでこんなにネガティブな存在なんだろうって。
当時自分は44歳でおっさんじゃないと思っていたけど、世の中のおっさんはそういうふうに見られてるんだなぁと思って、名誉挽回(ばんかい)したかったんです。おっさんの地位を回復するじゃないですけど」
それからたまたま行ったTSUTAYAで、棚に「おっさん」っていうアイテムがあったら面白いなと思いつき、「おっさんレンタル」を始める。ネーミングと値段は妻のアイデア。1時間1000円というのは「ランチの値段くらいが妥当かな」という思いから決まったという。
「自分を1時間1千円で貸し出すことで、おっさんが若い人たちの応援をできたら名誉挽回になるんじゃないかなって。おっさんと若い人との壁がけっこうあるなと感じたので、お互い肩よせあって、先輩後輩と言える世の中を作りたかったんです」
当時はレンタル彼氏というものがあったくらいで、まだまだこの手のレンタル事業はなく、はじめるとすぐにユーモアあるネーミングで話題になり、WebニュースやTV番組で取り上げられた。
「名前が先に走った感はありますね。正直、当初は10年も続くなんて予想してなかったです」
ユーザーの8割は女性。レンタル内容は、相談系7割と作業系3割。恋愛や仕事などの相談や愚痴を聞く相手から、パソコンの設定や電気の配線修理などの作業まで。知名度が上がってからは、1人で行けない場所への付き添いのような依頼も増えていく。
コロナ禍においてはリモート需要が増え、札幌から福岡まで全国のおっさんたちが活躍している。
今でこそ69人のおっさんを抱えているが、最初の2年間は西本さん1人だけだった。しかし「商品にはバリエーションが必要」と3年目からおっさんを増やし、現在では38歳から69歳まで、実にさまざまな69人のおっさんがいる。それぞれに「◯◯おっさん」とキャッチコピーがあり、「コンサルおっさん」や「話を聞くおっさん」らがいる。
採用の際には、面接で人柄を見て、謙虚さを重視して決める。しかし、実際現場に出るとマウントを取ったり、自分の武勇伝を延々と話してしまったりするおっさんも、まれにいるという。そういうおっさんは大抵、ユーザーからのクレームによって判明し、年間3回指摘が来るとクビになる。自分の本業を宣伝しない、性的なことはNG、相手が未成年の場合は20時まで、などの決まりを守ってもらえたら、レンタル内容は基本、おっさんに任せている。
創業当時より値段は変えてない。1千円なら気軽に借りられるし、失敗しても許せる範囲だから。また、大のおっさんを1千円じゃ悪いと思うからか、2時間から借りる人が多く、相場は大体2千円。
当初、利用者は若い男の子を想定していたが、実際はなかなか増えていない。その理由について西本さんは、世の中のおっさんのイメージがあると語る。
「世の中のおっさんは我が強かったり、プライドが高かったりして、男の子相手に根性論をかざしたりしてしまう人が多いのかも。おっさんレンタルのメンバーになる人は、若い子に歩み寄っている人が多いんですけどね……」
とはいえ、男の子の利用者がゼロなわけではない。実際、3割は男性で、将来や仕事の相談や、大学教授であるおっさんへの論文のチェックや面接の練習などの依頼もある。
「プロフィルを読まないとわからないから、じっくり読んだ子ほど、自分でレンタルの仕方を考えますよね。遊び相手なのか、相談相手なのか。それぞれのニーズに合うおっさんを自ら選んで、レンタル内容を考えてくれています」
「バイオリンも弾けるITおじさん」として「おっさんレンタル」をしている佐々木健さん51歳。勤めていた会社の新規事業のネタとして話を聞きにいった際、そのままとりあえずやってみることになったが、普段会えない色んな人と会えることが面白く、今年で6年目となる。
レンタル内容は、バイオリンおじさんとして、誕生日会でのバースデーソングや、女子会でのBGM、シェアハウスでのクリスマスソングの演奏の依頼。ITおじさんとして、パソコンの設定や購入の付き添い、転職や会社のITについての相談がある。
ゆるいプロフィルを載せているためか少し変わった依頼が多く、たとえばYouTubeや映像作品への出演や、駆け出しカメラマンの撮影練習の被写体、また結婚式でのサプライズのために、友人の偽物としてスピーチをし、ネタバレ後はそのまま結婚式ソングをバイオリンで演奏したこともあった。
女性ひとりでは行きにくいからと、食事に同席したり、東京タワーを登ったり、バスツアーにも参加した。手が不自由な障碍者の方から、将棋道場で代わりに駒を動かす、というような依頼もあった。
「普段会えない人と会え、普段できないことができて面白いので、みんなやればいいと思う。こんな風にもうちょっとカジュアルに自分の時間を売り買いできる世の中になればいいと思うし、安心安全に売り買いできるはず」
佐々木さんは今後も飽きるまでは続けていく予定。
「おっさんレンタル」メンバーは毎年の契約を更新している人がほとんど。月々5000円の加盟金があり、時給1000円なのでそこまで稼ぎがいいわけではないので、お金目的ではない。人のためになっているということからの満足度が大きいのではないかと、西本さんは言う。
ヤングマガジン(講談社)で連載中の『ザ・ファブル The second contact』(南勝久)で主人公がやっている、レンタルおっちゃんのモデルは「おっさんレンタル」。著者の南勝久さんが直々に取材にきた。主人公が「ありがとうの言葉のためにやっている」というような描写がある。
「おっさんになると欲しいものがだんだんなくなってきます。その時に何が欲しいかと言ったら、人に認められたい、感謝されたい、人のためになりたいっていうのがあるんじゃないかな。自分もこの年になって『ありがとう』っていう言葉が、一番良い言葉だと思うようになりました」
佐藤千矢子さんによる最近、話題の新書『オッサンの壁』(講談社現代新書)では、オッサンを「男性優位に設計された社会に安住し、少数派に思いが至らない人たち」と定義している。
世間では、マイノリティーに目を向けないオッサンたちが、現代の生きづらさの元凶のひとつとして問題視されているのだろう。
一方、「おっさんレンタル」のメンバーには、『オッサンの壁』に出ている「オッサン」の面倒臭さを感じられない。
西本さんは「おっさんはスーツを脱いで、名刺がなくなったら途端に弱くなる」と指摘する。そう考えると、「オッサン」から「スーツと名刺」を取ったのがレンタルに登録する「おっさん」なのかもしれない。
レンタルサービスの中で、おっさんたちは人に求められて、かつ、自分にしかできないことに向き合っている。その対価はお金ではなく「ありがとう」という言葉。そこは、他者を出し抜いて狙う経済的な成功や、マイノリティーの排除で得ようとする承認欲求とは無縁の世界だ。おっさんに限らず、労働の本質に迫る価値を見た気がした。
現在、西本さんは、スキルをいかした「おっさんレンタル」のビジネス版を考えている。おっさんそれぞれの経歴をいかし、スキルによって報酬を変える。
もともとプロフェッショナルなおっさんが多いので、それをカテゴリーに分けてレンタルしようというのだ。
「世の中おっさんが余っています。そして、これからもっともっとあふれてくる。なので、おっさんの用事を作るのが急務。そうすることによって少しでも社会貢献になるのではないかと思っています」
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