連載
#8 特別じゃない日
妻の帰りを待ちわびたおじいさん いざ帰宅されると、居間に戻って…
「特別じゃない日」をテーマにした単行本が発売された漫画家・稲空穂さん。ツイッターで発表して注目を集めた漫画「おるすばん」に込めた思いを聞きました。
「行ってきます」とキャリーケースを手に出かけていくおばあさん。
どうやら友人と旅行に行くようです。
おじいさんは「うん」とだけ言って、見送りもせずに居間に座ったまま新聞を読んでいます。
夜になって、妻が用意してくれた夕飯を食べようとしますが、しょうゆの場所がわからず探し回ります。
ひとりで見るバラエティー番組はつまらなくて早々に寝ることにしますが、寝室がいつもより広く感じました。
翌朝、帰宅が18時ごろになると連絡があり、いそいそと部屋の掃除を開始。何度も外を眺めては帰りを待ちます。
玄関の向こうに帰宅した妻のシルエットを見つけると、なぜかいったん部屋の中へ。
なかなか入って来ないのでのぞいてみたら、カバンやポケットの中を探って鍵を探しているようです。
じれったくなって、内側からカギを開けようと手を伸ばした時に、「ガチャン」とカギを開ける音が。
帰りを心待ちにしていたことを知られたくないおじいさんは、あわてて居間に戻ります。
新聞を読んでいたふりをしますが、紙面は逆さまで、メガネもかけわすれたまま。
それに気づいたおばあさんは、「ふふ」と笑うのでした。
「いつもの時間」に帰ってくる家族が、様々な理由でその時間に帰ってこないことはよくあります。
少し増えた自分ひとりだけの時間。
最初のうちは「あれもできる、これもできる」と自分のペースで過ごします。
でも、夕方が近付いてくるにつれて、無駄にLINEのメッセージを確認してみたり、近くで車の音がするたびに窓の外を見てみたり。
結局、増えた自分ひとりだけの時間を、落ち着きのない時間として過ごしているような気がします。
その分、家族が帰ってきた時のホッとした気持ちや、今までソワソワしていた自分が報われるような気持ちは、何度経験しても幸せな時間だと思っています。
◇
〈稲空穂=いな・そらほ〉 静岡県出身・在住の漫画家。会社員を経て2017年に「おとぎ話バトルロワイヤル」(KADOKAWA)でデビューし、「特別じゃない日」で日常をテーマにした作品に挑戦中。老夫婦や女子高校生、主婦、バイトの青年……それぞれの小さな幸せがつながっていく物語を描いていて、実業之日本社から第1集が書籍化されています。Twitterアカウントは@ina_nanana
withnewsでは原則隔週水曜日に、稲さんの漫画とともに作品に込めたメッセージについてのコラムを配信しています。
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