連載
#33 #カミサマに満ちたセカイ
「口座分けて」婚活相手の言葉に衝撃…宗教2世は結婚相談員になった
「自分のために生きよう」と思えるまで
厳格な宗教を信じる家庭に生まれ、親と同じ信仰を持つに至った子ども世代は「宗教2世」と呼ばれます。「戒律」に反した恋愛体験を悔いた思春期と、2度の離婚を経て、教団から距離を置くことになった女性(39)も、その一人です。そして今、宗教2世らの出会いを支えたいと、結婚相談員として働いています。未来を切りひらこうともがく女性の半生について取材しました。(withnews編集部・神戸郁人)
「この動画を見ているということは、あなたは既に行動・努力を起こしていると思います」
「お見合いで失敗したことなどを紙に書き出してみて。素直に受け止めれば、次にどうすればいいかわかってきます……」
結婚相談所「結婚相談NPO」のYouTube動画で、女性がよどみなく語ります。ニックネームは「おそまつ」。初対面の相手の心をつかむ秘訣(ひけつ)から、表情を魅力的に見せるメイク術まで、婚活に役立つ情報を発信しています。
中でも特徴的なのが、2度の離婚経験をベースとした動画シリーズ「バツ2の失敗談から学ぶハウツー婚活」です。実体験を踏まえ、夫婦関係を壊しかねない振る舞いについて解説した回が、3万回以上再生されるなど、人気を博してきました。
時に自らの過去を赤裸々に話す女性ですが、今日に続く道のりは、決して平坦ではありません。家族との関係性を巡り、並々ならぬ葛藤を抱えてきたのです。
女性には幼少期、両親と触れ合った記憶が、ほとんどありません。父母共に、新興宗教団体のメンバー。特に父は、信者向けの説法会や伝道活動で忙しく、一週間のうち在宅しているのが珍しいほどでした。
教団の命を受け、布教のため、各地を転々とした時期もあります。女性は付き添う形で、小学校を6回転校しました。卒業式を迎える2カ月前になって、急に引っ越しが決まったことも。友人と仲を深める機会さえ、満足に得られなかったのです。
「私の面倒をみてくれたのは、自宅に出入りする、少し年上のお兄さん・お姉さんの信者たちばかりでした。彼ら・彼女らには今も感謝しているけれど、寂しくないわけがありません。両親を心配させたくなくて、トイレで一人泣いていました」
「父母は教団内で出会い、宗教こそが家族を幸せにすると信じていました。その思いを十分理解しつつも、当時は振り回されていたな、と感じます」
日常生活も、宗教一色に染め上げられていました。「世俗的」とされた漫画やアニメ、音楽を楽しむことは禁止。更に学校の長期休み中、教団主催の合宿に参加させられました。
合宿の期間中は、同年代の子どもたちと山間の施設に集まります。そして「聖典」の読解などを通じて教義を叩き込まれるのです。寝起きの際にシーツが曲がっていると、先輩信者から腕立て伏せを命じられるなど、過酷な日々でした。
あまりにも、一般の人々と異なる成育環境。女性は好奇の目にさらされないよう、学校のクラスメートたちに、あえて信者であると積極的に明かしていました。
「『引くなら引いて!』という感じでした。おかげで、宗教が理由でいじめられたことはありません。転校を繰り返して獲得した、自分なりの処世術だったのかもしれないですね」
思春期になると、信仰による枷(かせ)は、重さを一層増していきます。とりわけ悩ましかったのが、「純潔」を重んじる思想でした。
宗教団体の中には、夫婦間以外の性行動を、悪と解釈する組織があります。女性が入っていた教団も同様です。両親から事あるごとに、婚前交渉を避けるよう言い含められてきました。
しかし高校3年の頃、女性は忘れられない体験をします。生まれて初めて男性と付き合い、禁を破ってしまったのです。
「相手は宗教と無関係の人物で、家族に秘密で2年ほど付き合っていました。全てが終わった後、涙が出てきた。『私は汚れてしまった、元には戻れない』と。本来ならうれしいはずなのに。もう家にはいられないと思ったのを、よく覚えています」
いずれ、他の信者にも気付かれるのではないか――。女性は恐怖心ゆえ、誰にも本音を告げられないまま、高校を卒業します。そして、子どもの自由を縛りつける教義に疑問を持ち、他県の大学で児童心理学を専攻しました。
一人暮らしを始めた女性でしたが、翌年、ついに罪悪感に耐えられなくなってしまいます。帰省し、父母に事実を打ち明けたときの光景は、今も脳裏に焼き付いているそうです。
「当初は、両親が激怒すると考えていました。もし勘当されたら、自ら命を絶ってやろう。そこまで思い詰めていたんです。でも実際には、二人とも落胆のあまり言葉も出なかった。とんでもないことをした、と思いました」
最終的に、宗教と向き合おうと決意し、大学を辞めて実家に戻った女性。動揺は長く続きました。
心の整理がつかない中、お見合いを通して、同じ教団に所属する海外在住の男性と結婚します。海を挟んでの交流は容易ではありませんでしたが、互いに馬が合い、信頼関係を深めていきました。
彼の子どもを産みたい――。そんな願いが成就し、4年後、女性は身ごもりました。しかし出産を間近に控えた頃、体調が急変します。病院に救急搬送され、手術で一命は取り留めたものの、流産してしまったのです。
大きなショックを受ける中、夫は職務の都合ですぐに来日できず、結婚生活の継続に限界を感じ始めます。そして24歳の頃、離婚を決めたのです。この一件がきっかけで、女性は教団と本格的に距離を置くことになりました。
更に4年が経った頃、今度は宗教と縁がない、別の男性と再婚します。気立てが優しく、包容力がある人物。ところが、価値観の相違によるいさかいや、金銭トラブルなどが徐々に表面化していきました。
それでも女性は、2度目の離婚を避けたい思いに加え、夫婦とも依存し合っていたため、関係を続けました。その後、不妊治療を経て2度の流産を経験し、子どもを授かるのが難しいと悟ります。そして、別々の人生を歩む結果となったのです。
傷つくことを重ねても、なお恋愛・結婚に望みをかける。そうした心の動きに、幼少期のトラウマが影響していたのではないかと、女性は分析します。
「思い返せば、男性に甘えていた部分があった。ずっと、父親になってくれる人を求めていたんですね。小さい時、全然しゃべる機会がなかったから。私が何をして、何を言っても、受け止めてくれる相手が欲しかったのかもしれません」
「もっと自分に注目し、褒めて欲しい。家族と向き合う時間が取れなかった分、子どものような気持ちが、ずっと残ってしまった。いわば『父親コンプレックス』状態です。だから男性に対して、依存的になっていたのだと感じています」
しかし女性は、「わが子を授かりたい」という願いを諦めきれませんでした。最後にもう一度、チャンスが欲しい。そう考えて、3カ月だけ婚活に取り組み、実を結ばなければ諦めようと決意したのです。
その過程で、衝撃的な出来事が起こります。
元宗教2世であることに理解を示してくれる、一人の男性と仲良くなり、毎週会うようになった頃のこと。ある日、男性から「お金があると使ってしまう。結婚したら口座を夫婦一緒にして、生活費の管理を任せたい」と伝えられました。
女性は了承しますが、しばらくして男性が「やはり口座は別々にして欲しい」と、突然翻意したのです。問いただすと、こんな趣旨の答えが返ってきました。
「教団への献金として、両親にお金を渡してしまうんじゃないかと、怖くなった」
女性は衝撃を受けました。既に宗教から離れたと伝えたものの、心底からわかり合えず、結ばれることはなかったのです。
教団との関係を断ったと、対外的に証明するのは簡単ではありません。明確な手続きなどない場合が大半なのです。「彼が悪いんじゃない。これが世間一般の感覚なんだろう」。女性は、過去を引き受けることのままならなさを痛感しました。
結婚相談員の仕事を意識したのは、自らの立場ゆえにハードルの高さを感じ、婚活を取りやめようと考えたタイミングでした。意見をはっきり主張し、他人の話を聞くのが苦にならない性格から、二人目の夫に勧められたことを思い出したのです。
もしかしたら、自分の経験を活かせるかもしれない……。家族の呪縛から解き放たれ、精神的な自立を求めていたことも重なり、約6年前に結婚相談NPOの門をたたいたのでした。
パートナーを求める人々と向き合い続けてきた女性。2年ほど前からは、宗教2世・3世の相談も受けるようになりました。
俗世から隔絶され、メイクの仕方が分からない。宗教団体を脱退したいけれど、妊娠・出産時に親の手を借りることを考えると、なかなか踏み切れない……。一人ひとりの声に耳を傾けるうち、当事者への支援を志すようになりました。
「いわゆる宗教1世の人々は、私は何で生きているんだろうと悩んで、宗教に入信することが多い。納得した上で信者になるわけです。でも2世・3世の場合、個性や意思を否定され、何事も周囲から一方的に決められてしまう。それが問題なんです」
「例えば『ファッションがよく分からない』という当事者に、服の選び方などを伝えると、見違えるように自信を持てたりする。そうした変身ぶりを目の当たりにしたとき、『この人たちの幸福を後押ししたい』と考えるようになりました」
人生の目標は、両親に対する心情にも変化をもたらしました。
「実は婚前交渉のタブーを破った後、教団から『しかるべき手続きを経なければ地獄に落ちる』と告げられました。両親は、私に手続きをするよう促しつつ、教団側に色々と取り計らってくれたようです。きっと二人なりの愛情だったのでしょう」
「父母が教団のため尽くしてきたお陰で、現在の私があるのも事実です。色々ありましたが、生き方に道筋をつけた今、ようやく感謝できるようになりました。これまで欠けていた、胸のピースを埋められたと思っています」
とはいえ、宗教2世・3世の全員が、女性のように考えられるわけではありません。親も宗教も憎み、一生縁を切る。宗教を離れ、親との関係性は維持する……。考え方は十人十色です。
それぞれの判断があっていい。その人ならではの、生きる意味を見つけて欲しい。そう願っていると、女性は話します。
「そして結婚や出産も同じで、必ずしもこだわらなくていいと思います。私自身、執着してきたところがあったけれど、今は一人で構わないかな、と。それでも、すごく幸せですから」
「2回目の離婚直後、お天気日記をつけていました。天候を毎日記録すると、雨の日以外に、晴れの日があると気付く。生きることも同じだなと、元気になれました。これからは自分のため、人生を遊ぶように、軽やかに過ごしていきたいですね」
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