連載
#4 特別じゃない日
加工した写真に「顔、違うね」 先輩の言葉にムカッ、でも意外な発見
「特別じゃない日」をテーマにした単行本が発売された漫画家・稲空穂さん。ツイッターで発表して注目を集めた漫画「知らないきみ」に込めた思いを聞きました。
「顔、違うね」
バイト先のコンビニの先輩に、スマホアプリで加工した写真を見られた女子高校生。
「どうせ加工ナシじゃSNSに写真アップもできない女なんです」と落ち込みますが、これがきっかけとなって他人の顔が気になり始めます。
親友が彼氏に見せるキラキラとした可愛い顔、ふだん穏やかな父が仕事中に見せる厳しい顔、バイト先の女性が子どもの病院に電話をかけるときの「お母さん」の顔。
自分が知っている顔と違う一面を、他人が持っていることに気付きます。
後日、「おいレジ!」と怒鳴って代金を投げてよこす客の対応をした後で、先輩にこう言われました。
「ああいう客は、きっと仕事で上司に怒られたばっかなんだよ」「それか今日だけでも3回転んだとか、1万円分宝くじ買ったけど1枚も当たらなかったとか」「……って思うようにすると、優しい気持ちになれる」
女子高校生が思わず笑うと、彼女の胸元にあったスタッフバッジの写真を指さして先輩が言います。
「こないだの悪い意味じゃなくて、バイト中はいつもその顔だったから」
意味が分からずに困っていると、「笑顔もいいなって意味」と言い放つ先輩。
「顔、違うね」は、女子高校生の笑顔をほめた言葉だったのでした。
「自分のこと隠してちゃだめでしょうに」
会社員時代に直属の上司に言われた言葉をよく思い返します。
言われたタイミングは結婚してすぐのことでした。
いい家庭を築いていこうと少し気を張りすぎていたのかもしれません。
「夫には良い面を見せるようにがんばっている」などと、今から思えば笑ってしまうようなことを誇らしげに上司に語り、それに対する返答が冒頭のものでした。
どの人に対しても同じ態度をとれる人というのは、いないのではないでしょうか。
夫が仕事をしている姿、祖母が近所の人と話をしている時の顔、お酒の席での同僚の顔、などなど……。
自分の知らない顔は、その人のつながりの数ほど無限に広がっていくものですし、だからこそ、そういう顔を見ることができた時はなんだかうれしいような、こそばゆいような、とても新鮮な気持ちになります。
「知らないきみ」はそんな考えを元に描きました。
自分の大切な人には気負わない顔をみせていきたいですし、見続けていたいですよね。
今では夫にオタクな面を隠さなくなり(なんと結婚するまで隠しておりました)、その結果漫画を描いておりますので、上司には感謝し続けております。
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〈稲空穂=いな・そらほ〉 静岡県出身・在住の漫画家。会社員を経て2017年に「おとぎ話バトルロワイヤル」(KADOKAWA)でデビューし、「特別じゃない日」で日常をテーマにした作品に挑戦中。老夫婦や女子高校生、主婦、バイトの青年……それぞれの小さな幸せがつながっていく物語を描いていて、実業之日本社から第1集が書籍化されています。Twitterアカウントは@ina_nanana
withnewsでは原則隔週水曜日に、稲さんの漫画とともに作品に込めたメッセージについてのコラムを配信しています。
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