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#7 地デジ最前線

熱海の「盛り土」すぐ指摘できた理由 5年前から進むバーチャル静岡

7月4日に静岡県が公開した、ドローンの映像から作った土石流災害の崩壊現場の3Dモデル
7月4日に静岡県が公開した、ドローンの映像から作った土石流災害の崩壊現場の3Dモデル 出典: 鈴木雄介さん提供

目次

地デジ最前線
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7月初めに起きた静岡県熱海市の大規模な土石流災害は、その被害状況の把握に県が公開した地形のオープンデータが使われました。静岡県は、仮想空間に建物や森、河川など県を丸ごと再現する「VIRTUAL SHIZUOKA」(バーチャル静岡)構想を掲げ、全国で初めてとなる地形データのオープンデータ化を進めてきました。地形データのオープンデータ化に二の足を踏む自治体が多い中で、なぜデータをオープンにし、どう進めてきたのでしょうか。また熱海の災害ではどのようにデータを活用したのでしょうか。

土石流が発生した伊豆山地区の上流部の土砂崩れ現場。左上が海に続く下流側=2021年7月3日午後、静岡県熱海市、朝日新聞社ヘリから
土石流が発生した伊豆山地区の上流部の土砂崩れ現場。左上が海に続く下流側=2021年7月3日午後、静岡県熱海市、朝日新聞社ヘリから 出典: 朝日新聞

発災半日後、有志チーム結成

7月3日午後、Facebook上に「静岡点群サポートチーム」という有志グループが立ち上がりました。中心となってメンバーを集めたのは、静岡県建設政策課で土木工事へのICT(情報通信技術)の活用推進を担う杉本直也さんです。

3日午前に土石流発生のニュースを目にし、過去の災害対応の経験から「被害が広範囲に及ぶのでは」と感じたという杉本さん。被害状況の把握のために活用を考えたのが、チーム名にもある「点群データ」でした。

土石流が発生した伊豆山地区。下は東海道新幹線=2021年7月4日午前10時40分、静岡県熱海市、朝日新聞社ヘリから
土石流が発生した伊豆山地区。下は東海道新幹線=2021年7月4日午前10時40分、静岡県熱海市、朝日新聞社ヘリから 出典: 朝日新聞

点群データとは、3次元の点の集まりです。地形や建物などにレーザー照射することでデータを取得します。そのデータを使い、実物と同じような3Dモデルを作ることができます。

電線の一本一本から木々の枝までを再現できるほど精緻なデータで、対象物の体積を計測したり、その位置を正確に把握したりすることが可能です。

土石流現場の3Dマップ。レーザー測深機を積んだドローンが上空からデータを集めて作った
土石流現場の3Dマップ。レーザー測深機を積んだドローンが上空からデータを集めて作った 出典:IT企業アナザーブレインの「toMap」から

5年前から着手

静岡県ではICTを活用して建設現場の生産性を上げようと、5年前から県内各地でこの点群データの取得を始め、2017年に全国の自治体に先駆けてこれをオープンデータ化しました。

仮想空間に街や森、河川など県を丸ごと再現するプロジェクト「VIRTUAL SHIZUOKA」(バーチャル静岡)と名付けて進めており、今年度中に県内全域の測量がほぼ終わる見込みです。

静岡県が公開する点群データベース
静岡県が公開する点群データベース 出典:静岡県ポイントクラウドデータベース

オープンデータ化したのは、点群データが建設分野以外にも広く活用ができるためです。例えば自動運転用の地図や観光、ゲーム分野などでの利用を想定しており、その中の一つとして考えていたのが災害時における活用でした。

災害後すぐに現地に入ることが難しい場合でも、被災前後のデータを比べることはできます。そこから崩れた土砂の量を算出したり、現場の横断面図を作ったりできることから、早期に被害状況が把握でき、救助や復旧活動に役立てることができると考えられてきました。

災害時における点群データの活用例
災害時における点群データの活用例 出典: 静岡県提供

災害時はスピード重視

一方で点群データは容量が非常に大きく、その処理には高性能なパソコンや専用のソフトウェアが必要です。誰でも簡単に扱うことができるというわけではありません。ただ、災害時の状況把握は何よりスピードが大切です。

「すべてを県庁内でやろうとすると時間がかかってしまう」(杉本さん)ことから、今回の土石流災害では、発生後すぐに土砂災害や地質、データ分析に詳しい知り合いに声をかけ、各分野の専門家からなる有志チームを結成。土砂の量を推定してさらなる崩壊の恐れがないのかを迅速に判断し、救援・救助活動する人たちの二次災害を防ぐことをその役割としました。

土石流が発生した3日夜、「静岡点群サポートチーム」はオンライン会議システムで分析の途中経過を静岡県の難波喬司副知事らに報告した
土石流が発生した3日夜、「静岡点群サポートチーム」はオンライン会議システムで分析の途中経過を静岡県の難波喬司副知事らに報告した 出典: 関係者提供

メンバーは最終的に県庁職員3人を含め、計16人になりました。

オンライン会議システムやチャットで連絡を取りながら、ドローンで撮影した映像やSNS上の画像などを元に被害範囲を特定。測量会社でデータ分析の経験があり現地の地形・地質に詳しい技術者の鈴木雄介さんが、19年と09年に測量したデータの差から、土石流の起点付近に厚さ10メートルを越える盛り土があったことを3日夜までに解析しました。翌朝までにその土の量が約5万4千立方メートルに上ると計算しました。

被災前の現場の3Dモデルをもとに、オンライン会議システムで議論する「静岡点群サポートチーム」のメンバー。赤い線を引いた部分を土石流が流れたと推定した
被災前の現場の3Dモデルをもとに、オンライン会議システムで議論する「静岡点群サポートチーム」のメンバー。赤い線を引いた部分を土石流が流れたと推定した 出典: Symmetry Dimensions Inc.提供

災害時の点群データのようなオープンデータの活用にはどのような利点があるのでしょうか。

メンバーの一人で斜面災害が専門の沢田和秀・岐阜大教授は「災害時の被害状況の把握は早さが求められます。オープンデータ化されていなければ、そのデータの利用申請が必要となるため、手に入れるまでに時間がかかることがあります。オープンデータになっていることで誰でもすぐに利用できる状況であることが非常に大きい」と話します。

さらにそのデータから3Dモデルなどに加工され、政策決定者などとの情報共有が画面上で容易にでき、迅速な意思決定につなげられることを利点に挙げます。

静岡県が2019年に測量したデータと、国土地理院が公表した09年の測量データの差分を表示した地形図の画面。10年間で土の量の増えた所が茶や赤、減った所が青で表示され、左上の土石流の起点付近で10メートルを越える厚さで土が積み上がっていたことがわかった
静岡県が2019年に測量したデータと、国土地理院が公表した09年の測量データの差分を表示した地形図の画面。10年間で土の量の増えた所が茶や赤、減った所が青で表示され、左上の土石流の起点付近で10メートルを越える厚さで土が積み上がっていたことがわかった 出典: 鈴木雄介さん提供

質問から分かるデジタル化のネック

土石流災害より以前の段階で、静岡県が取り組む点群データのオープンデータ化について、約20の地方自治体からの問い合わせがあったそうです。ただ、実際に実現している自治体は北海道や兵庫県などにとどまり、決して多くありません。

利点が多そうな一方で、何がネックになっているのか。静岡県には次のような質問がよくあるといいます。

「データ取得後に地形が変わったらどうするのか」(①)
「セキュリティーやプライバシー問題にはならないのか」(②)
「そもそも何の法律に基づきデータを公開しているのか」(③)

それぞれの質問には以下のように回答しているそうです。

①本来はデジタルアーカイブとして定期的にデータ取得したいが予算の都合でなかなか難しい。国や他の自治体と一緒に考えたい。 対策として静岡県では、データ取得後に工事を行った個所は点群データで納品するという試行を始めている。
②点群データは点の集まりなので、遠景では写真のように精密に見えるが、拡大していくとバラバラの点になる。静止画像と異なり、個人を特定できるデータではない。
③根拠となる法律や条例はない。逆に言えば、それを制限する法律や条例もない。測量データも公文書開示請求があった場合は提供することになるので、最初から公開しても問題ないと考えている。
7月4日に静岡県が公開した、ドローンの映像から作った土石流災害の崩壊現場の3Dモデル
7月4日に静岡県が公開した、ドローンの映像から作った土石流災害の崩壊現場の3Dモデル 出典:鈴木雄介さん提供

杉本さんは、Googleのストリートビューが2008年に日本に導入されたときのことを例に出してこう話します。

「当初はプライバシーの問題が取り沙汰されましたが、次第に無償でそれを利用できる価値を感じる人が増え、なぜうちの地域のデータはないんだ、という声も出てきた。点群データも同じように利用が増え、いつかその価値が認められると良いなと考えています」

「ただ、行政側がそこに不安を覚える気持ちも理解できます。静岡県が『先鋭隊』としてまずはやってみるので、そこに価値を感じてもらえたらうれしいです。『バーチャル静岡』を越え、みんなで『バーチャルジャパン』を作っていけると良いですね」

サポートチームの分析結果について逐一報告を受けていた、土木の専門家でもある難波喬司副知事は7月15日の会見で「昔のような自前主義や外注ではなく、データをオープンにしておくことで、日本中、世界中の人が解析をして、助けてくれる時代だ」と述べ、「これほどまでにオープンデータが力を発揮するとは思っていなかった」と語りました。

被災後にドローンで測量したデータを元に作られた崩壊現場の3Dモデル
被災後にドローンで測量したデータを元に作られた崩壊現場の3Dモデル 出典: Symmetry Dimensions Inc.提供

生かされた官民のネットワーク

確かに熱海の土石流災害では、データをオープンにしていたことで、行政の枠を越えた迅速な連携が可能になりましたが、実現できたのは、杉本さんら県の担当者がそのデータの利活用を促すために、市民とのネットワークを作っていたことが大きかったとチームへの取材を通じて感じました。

建設会社や災害対応に詳しい建設コンサルタント、斜面災害の専門家や点群データを解析できる技術者、そこから3Dモデルが作れるIT企業……。一見すると即席でできた16人のチームメンバーですが、「VIRTUAL SHIZUKA」の取り組みを通じて災害前からICT活用を巡って意見交換していたといいます。

有事にそれぞれの役割を認識し、その力を発揮できたのは、杉本さんを中心に仕事はもちろん仕事以外でも積み重ねてきたつながりがあったからでした。オープンデータの有用性とともに、それを活かす人のつながりの大切さも強く感じました。

 

日本全国にデジタル化の波が押し寄せる中、国の大号令を待たずに、いち早く取り組み、成果を上げている地域があります。また、この波をチャンスと捉えて、変革に挑戦しようとする人たちの姿も見えます。地デジ化(地域×デジタル、デジタルを武器に変わろうとする地域)の今を追う特集です。

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