連載
#13 ゴールキーパーは知っている
移籍しても…大好きな古巣 対戦前、GK新井章太の煮えたぎる闘志
「勝ち上がるには、俺の活躍が不可欠」
J1王者との一戦を誰よりも楽しみにしているゴールキーパーがいる。2020年に川崎フロンターレからジェフユナイテッド市原・千葉に移籍した新井章太(32)。21日の天皇杯3回戦で、古巣との対戦が実現する。7年間在籍した川崎のかつてのチームメートを相手に、ひそかに燃える思いを聞いた。
「おれの教えた通りやったな」
「デビューおめでとう」
新井のSNSは、一緒にプレーした古巣、川崎の選手たちへの愛がにじみ出ている。
フロンターレの選手にコメントして絡むのは、寂しいからでは――。そんな質問をすると、苦笑いしながらいった。
「やめてくださいよ、俺だけ寂しいみたいな(笑)。誰も触れなかったりするから、俺がいってあげようとおもって、絡んであげているだけです。シンプルに仲がいいので。寂しいんじゃないです。普段からあの絡みを毎日していたので、言ってあげないと、っていう思いがあって」
川崎時代から、明るいムードメーカー。和やかな雰囲気はサッカーの話になると、変わる。
「練習中、試合の前日まで、毎回、ポジションを奪いにいっていた」
川崎時代を、そう振り返る。
たった一つの枠をかけて4年間争ったのは、2016年に加入した鄭成龍(チョンソンリョン)。今も川崎のゴールマウスを守る、元韓国代表の絶対的な守護神だ。
一緒に食事にいく間柄でも、紅白戦があれば、「俺がゼロに抑えるから絶対決めろ」と味方を鼓舞した。しれつなレギュラー争いのなかで、「絶対俺のほうがいい」と自信を持っていた時もあった。
ルヴァン杯ではPKを止め、MVPをとった男が、千葉への移籍を決めた理由がある。
2連覇を達成した翌19年の開幕前のことだった。キャンプで鄭成龍が負傷。2月のゼロックス杯の3日前に復帰した。ピッチに立ったのは、キャンプでアピールを続けた新井ではなく、けが明けの鄭成龍だった。
「ソンリョン選手がけがをして、3日前に戻ってきたんですけど、そこで代えられたときですかね。7月くらいまで、試合に出られなかった。そのゼロックスから、本当にサッカーをやりたくなかった時期が2カ月くらいあって。ちょっと身が入らなかった」
かつて戦力外からも、第4GKからもはい上がってきた男の心が、砕かれそうになっていた。自分だって負けていない。そんな自信もあったからこそだったのかもしれない。
それまでの6年間、控えでも誰よりも練習に熱を入れてきたのに、シュートを止められる気がしなくなった。欲もなくなった。
「強化部に話そうか、話すまいか、という段階まで目標を失いつつあったというか……。自分がキーパーをやっていくうえで、どういうモチベーションでやればいいのか、どういう目標を立てたらいいかもわからなくなった」
そんなときに支えてくれたのは、家族だった。妻から「そうなったときは目の前の目標を一つ一つ立てるしかない」と言われた。毎日、毎日、小さな目標を立てることから始めた。7月の天皇杯では明大戦に先発。試合に出て、改めて思った。
「試合に出るのが1番の目標、モチベーションだなというがはっきりして。最初にオファーをくれるチームにいこうと決めていた」
移籍する川崎には、こんなコメントを残した。
「僕の中で一番嬉しかったことはずっと変わりません。川崎フロンターレに入れたことです。僕をあの時、拾ってくれてここまで育ててくれたこのチームを自ら離れるなんて思ってもいませんでした。だけど何もない状態の僕にここまで自信を持たせてくれたからこそ、今回新しいチャレンジができると思っています」
その言葉通り、千葉でもチャレンジは続いている。
1年目からレギュラーをつかみ、42試合に出場すると、今季も安定して試合に出場。若手選手にはLINEでアドバイスを送るなど、熱い思いを伝えてきた。今回の天皇杯では、移籍してから2年間の成長をぶつける。
「自分の成長した部分は2年間で確実にある。勝ち上がるには、俺の活躍が不可欠だとおもう」
J1でも屈指の攻撃力を誇る川崎。盟友の小林悠は負傷が発表されたが、警戒する選手は「多すぎる」という。
「相手を知っている以上、止めたいと思うし。相手も怖いとおもう。ソンリョン選手と公式戦で対戦するのも初めてなので、楽しみですね」
接することで、「キーパーとしての幅が広がった」と今も尊敬するかつてのライバルとチームメート。その前に、立ちはだかる覚悟だ。
ライバルからの動画に見せた笑顔――取材を終えて
天皇杯での対戦を前に、インタビューをした鄭成龍選手にメッセージをお願いした。
「章太が千葉に行っていいプレーをしているのは見ている」
そんなメッセージ動画をみて、新井選手は「なんすかこれ、うれしい!」と喜んでくれた。
「ソンリョン選手が移籍してくるときに性格悪かったら、まじで口きかないでおこうと、思っていたんですけど。むちゃくちゃいい人で、真逆だったんですよ」と新井選手は振り返る。ごはんに誘ってもらい、「4年間で、多くのことを学んだ」という。
たった一つの枠を争うのはGKの宿命だが、強いチームほど相手へのリスペクトがある。鄭成龍選手はGK4人で切磋琢磨する大切さを語ってくれ、「天皇杯で会ったら、『たぶん』挨拶するとおもう」とちゃめっけたっぷりにいってくれた。
2人の絆の深さと思いが交錯する一戦。どんなプレーを見せてくれるのか、楽しみだ。
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