連載
#3 地デジ最前線
Amazonに対抗?驚異の地域通貨「さるぼぼコイン」の次なる野望は
岐阜県高山市にある飛騨信用組合が2017年12月から始めた電子地域通貨「さるぼぼコイン」が、店舗を置く飛騨・高山地域で着実に浸透しています。キャッシュレス決済はPayPayをはじめ大手が注力するなか、高山市の中心地において30~40%ほどのシェアを占めるまでに。電子地域通貨の先駆者は、この先どこへ進むのか。ライターの我妻弘崇さんが、仕掛け人に話を聞きました。
今年3月、飛騨信用組合が中心となり、岐阜県高山市、飛騨市、白川村のみで利用できる電子地域通貨「さるぼぼコイン」が、「地方創生に資する金融機関等の特徴的な取組事例」として大臣表彰を受賞した。
「さるぼぼコイン」は、スマホを介して決済などを行えるモバイル決済サービスだ。決済種類はプリペイド(前払い式)、決済手段は(QR)コード決済。1円=1さるぼぼコインとしてチャージされ、専用アプリで決済、管理などを行え、2市1村の自動チャージ機に加え、対面窓口でもチャージを行える。チャージする際は、金額の1%分がチャージ時にボーナスとしてポイント付与され、ポイント還元などのキャンペーンも行う。なお、「さるぼぼ」は、岐阜県飛騨地方で昔から作られる赤ちゃんの健やかな成長を願うサルの赤ん坊の人形に由来する。
飛騨信用組合の口座と紐づいているユーザーであれば、デビットカードのような利用も可能で、口座からほぼ24時間365日、どこからでもチャージができる。と、これだけ見れば、よくあるキャッシュレスツールなのだが、「スマホを介して決済などを行える」の“など”の部分にこそ特筆すべきポイントがある。
上図は、「さるぼぼコイン」のサービス開始から21年4月時点までの利用状況を示すグラフだ。リリース開始からしばらく横ばいが続くが、消費増税に伴う形で19年10月からスタートした「キャッシュレス・ポイント還元事業」が始まると、利用件数も急増。20年6月末に終了するまで勢いを牽引し、その後もGo To トラベルなどの観光系施策や、県の資金を原資にした消費還元施策を打つことで好調を維持してきた。
そして現在、「さるぼぼコイン」は、2市1村で加盟店約1520店舗、ユーザー約2万人、累計流通額は約32億4000万円を超えるまでに成長した。
決済インフラの収益は、主に手数料に頼るところが大きい。「さるぼぼコイン」も加盟店間の送金手数料0.5%(ユーザー間の送金手数料はかからない)や、日本円に換金するための換金手数料1.5%(組合の口座を紐づけたBANKユーザーのみ可能で、一般ユーザーは法律上、現金への換金は不可)が主な受益となる。
損益について古里さんは、「送金手数料ですべて回収できているわけではないですが、間接的な収益を含めると組合としては『3年間でトントンにはなった』と報告することはできた」と語る。その一方で、「換金手数料1.5%を事業計画上の主眼に置いてしまうと、結局は法定通貨である円に戻るだけなので地域活性化にはつながらず、金融機関だけが潤うことになってしまいます。手数料だけで「さるぼぼコイン」の運営をしていくつもりはない」と続ける。
「地域の方の理解が高まるにつれて、地域の中で歩留まり高くお金を回すというところから、域外の消費をいかにして地域通貨の中に閉じ込めるかというステージに行かなければならない」(古里さん、以下同)
先のグラフを見ると、20年夏頃から利用量が安定していることがうかがえる。裏を返せば、いつ停滞するかわからない、ということでもある。地域内で“回る”ようになってきたからこそ、次は域外から“入り”を増やす必要がある――。第2フェーズを迎えるにあたって、古里さんはあるアイデアを思いつく。
「旅行会社とともに飛騨・高山を巡る旅行パッケージを作り、あらかじめアプリをダウンロードしてもらうまでをセットにしたプランを考案しました。事前にチャージすれば「さるぼぼコイン」のクーポン1000円分がついているので、よりお得に飛騨高山を楽しむことができます」
事前にチャージ? 冒頭で触れたように「さるぼぼコイン」は2市1村の自動チャージ機と対面窓口でしかできないはずでは……、そう尋ねると、古里さんはよくぞ聞いてくれましたといわんばかりに、
「地域外の方もさるぼぼコインを利用できるよう、20年3月からセブン銀行さんと提携を始めました。これにより全国のセブン銀行ATMで「さるぼぼコイン」がチャージできるようになり、セブンイレブン店舗全店舗がチャージポイントになりました」と笑う。
なんとセブンイレブンさえあれば、東京だろうが大阪だろうが、どこにいても「さるぼぼコイン」をチャージ&保有できるようになったというのだ。だとしても、飛騨・高山に旅行や出張で訪れる機会など、そうそうない。そこまでしてチャージポイントを増やす意味などあるのか?
「昨年12月に『さるぼぼコインタウン』というサイトを公開しました。飛騨・高山のさまざまな事業者と連携し開発を行い“裏メニュー(新商品、新サービス)”が掲載され、購入できる情報サイトです。大手のプラットフォームを通さず、QRコードがあれば PC上で購入することができるシステムなのですが、この方法はスモールビジネスを試みる方にとっても、とても強いツールになると思います」
同サイトの最大の特徴は、日本円ではなく、「さるぼぼコイン」でしか購入することができないことだ。裏メニューの一例を挙げると、「イタリア料理屋のカツ丼」「市場に出回らないお酒・飛騨牛」「ひとりぼっちの時間」など、プレミアムなものからユニークなものが並ぶ。たとえば「イタリア料理屋のカツ丼」(2000さるぼぼコイン)の説明文を見ると、
そのレア感たるやハンパではない。「さるぼぼコイン」を持っていなければ購入できない、実食できない。そのためセブン銀行ATMからチャージを行えるように整備したというわけだ。PayPayを跳ね返した次は、Amazonに対抗するつもりなのか……なんて勘ぐりたくなるほどオリジナリティあふれるECサイト。しかし、ここにも「紆余曲折があった」と苦笑する。
実は、「さるぼぼコインタウン」は20年春頃にオープンする予定だった。
セブン銀行ATMでチャージができるようになり、旅行パッケージと「さるぼぼコインタウン」を同時展開する……はずが、世界的な新型コロナウイルスの流行に襲われてしまう。
「人を呼び込むことそのものが難しくなってしまいました。このタイミングで『さるぼぼコインタウン』をリリースしても、まったく話題に上らずに終わってしまう可能性が高かった。話題に上らなければ、“失敗”という印象につながってしまうため、落ち着くまで塩漬けにするという判断を下しました」
飛騨・高山地域には、年間460万人以上の観光客(インバウンドの宿泊客も60万人以上)が訪れていたが、コロナ禍によって60%ほど落ち込んでしまったという。だが、タダでは転ばない。その期間を地域と連携を深める時間にあて、裏メニューの拡充に奔走した。完全に収束するのを待ってジリ貧になるよりも、「コロナ禍でも飛騨・高山に関心を持ってもらうため」に、昨年12月、『さるぼぼコインタウン』の公開に踏み切ることを決断したと話す。
「コロナによって計画に狂いが生じたことは間違いありません。一方で、コロナ禍で行政と連携する局面がものすごく増え、私たちからだけではなく、行政からも電子地域通貨の効果を説明してくれるようになりました。また、加盟店支援の施策をアプリの中に入れていきたいということで、地域の飲食店や自営業の方もとても喜んでくれています。乱立する〇〇Payとは違い、自分たちの地域を豊かにするお金だということを精神的に理解してくれる局面が、この1年間はとても多かったです」
これもまた、電子地域通貨にしかできない強みだろう。たとえば、PayPayでは昨年から「あなたのまちを応援プロジェクト」と題して、自治体と新たに共同キャンペーンを行っている。しかし、その内容は“期間限定”かつ“対象の店舗で「PayPay」で支払うと、お支払い金額の最大〇%をPayPayボーナスで付与”という既視感をともなうもの。これでは、ユーザーや域外企業のメリットが目立つだけだ。
反面、「さるぼぼコイン」を使った施策は、ユーザー、加盟店、地域にとってメリットのある“三方良し”の内容だ。例えば、飲食事業者の支援のために、飲食テイクアウト時に「さるぼぼコイン」で決済すると10%還元するキャンペーンを展開。さらに、先払いクーポン機能を実装し、直接的な事業者応援に加え、テイクアウト文化の定着によるコロナ対策も意識している点も特筆に値すべきサポートだろう。
「昨年10月には、高山市の商店街6か所で、さるぼぼコインによる決済時に20%を還元する地元消費キャンペ―ンが市の助成により実施されました。合計8700件、1170万円相当のポイント還元により実消費5800万円の消費拡大に寄与しました」
「さるぼぼコイン」が添え木となり、コロナ禍の地域課題と地域消費を支えている。こうした取り組みが評価され、「地方創生に資する金融機関等の特徴的な取組事例」の選定につながった。
今や、飛騨・高山エリアを周遊していると、アプリの決済音「あんとー!」(飛騨の方言で「ありがとう」の意)が、あちこちから聞こえることが珍しくない。お金とビッグデータが、東京をはじめ大都市圏に集中していくことに鑑みれば、電子地域通貨を通じてどのような効果が現れるかを小口化して、地域に展開することは大きな意義をもたらす。「さるぼぼコイン」が、単なるキャッシュレスツールに終わらない、地域の潤滑油のような存在になったからこそ、次なるステージは域外との関係構築というわけだ。
「『さるぼぼコインタウン』が、域外の飛騨・高山に関心を持つ方のエンゲージを高める役割を担ってくれたら。使いきれなかった「さるぼぼコイン」が、赤い糸をつなぐ――ではないですが、例えば300コインくらい残っていたとしたら、そのコインがいずれ飛騨・高山を再訪する動機になってくれたらうれしいです」
次から次へと斬新なアイデアを打ち出す古里さんだが、「今年中に実現したい」とあらたなプランも温めている。
「余ったお金の出し口として、空港などではガチャガチャを並べるところがあると思います。我々は、飛騨・高山エリアのJRの駅などと提携して、駅の構内にQRコード付きのポスターのような掲示物を展開できないかと考えています」
「掲示物には2市1村で活動している非営利団体や福祉・教育・児童団体などの活動内容や寄付口座にアクセスできるQRコードが掲載されていて、そのまま使いきれなかったコインを寄付できるように。余ったお金を無理やり消費するのではなく、置き土産をして飛騨・高山から帰っていただく……域外の人にとってはエンゲージが高まり、地域で活動する方はよろこぶ。そういった文化をつくっていきたい」
「さるぼぼコイン」は、“お得”“便利”といったイメージが先行しがちなキャッシュレスツールに一石を投じる試みだ。コロナの影響によって、非接触のキャッシュレスは、“感染症対策”として注目されるようになった。だが、その先はなかなか見当たらない。ここ日本では、「現金でもいいじゃん」に対する“お得”以外の説得力のある回答をなかなか得られないまま、今に至っている。
だからこそ、「さるぼぼコイン」の取り組みは、地域活性化はもちろん、非現金だからこそ可能なアプローチとしてどんなことが可能なのか、そのヒントを与えてくれる。
しかし――。すべての電子地域通貨が「さるぼぼコイン」のような存在になれるとは限らない。地元を盛り上げたい地域愛があっても、土地土地によって風土や商圏は異なり、予算や人材が追いつかないことだってある。真似しようにも真似できない。
「飛騨信用組合さんのように、他自治体が電子地域通貨という試みを実践し、成果をあげるのはやはり難しいことでしょうか?」、そう尋ねてみた。一考して古里さんは、「正直なところ、難しいと思います」と口を開く。
「他の地域の方や金融機関の方が多数視察に訪れるのですが、皆さん、収益性をとても気にされるんですね。我々とまったく同じモデルを描いたところで、飛騨・高山のように物事が進むとは思えません。それぞれの地域に異なる事情がありますし、気質や文化も違います。自分たちが根を下ろす地域ととことん向き合いながら、地域のために何ができるか……そういったことを真剣に考える必要があります。厳しいことを言うようですが、目先のことだけを考えていたら電子地域通貨は失敗すると思います」
電子地域通貨は、社会貢献性の高いプロジェクトゆえ、長期的な視野が必要になる。なによりデジタルに対する理解力が、金融機関、商工会、行政、地域住民に求められ、一枚岩にならなければ成功はない。
地方自治体は電子地域通貨の夢を見るか? 飛騨・高山から始まった小さな取り組みは、今ではとてつもなく大きな関心事として域外から注目を集めている。他自治体が夢から覚めるのか、覚醒するのか――。「さるぼぼコイン」が、その光になることは間違いない。
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