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お金と仕事

催眠商法の元販売員が語った意外な過去「思い出すのはお客の笑顔」

父に認められたい一心だった……今は本で注意喚起

催眠商法の販売員だった過去を振り返る男性
催眠商法の販売員だった過去を振り返る男性 出典: 興津洋樹撮影

目次

コンビニの空き店舗内に集められたお年寄りの前で、スーツ姿の販売員が大声を上げると、何十万円もする商品がどんどん売れていく……。「健康食品の製造・販売」をうたう会社の面接に行った男性は、そんな光景を目にしました。そこは「催眠商法」と呼ばれる手口で販売を行う会社でした。違和感を持ちつつも入社し、いつしか、トップ販売員になった男性。「父親に認められたい一心でした」と振り返ります。「今もまず思い出すのはお客さんの笑顔」。現在は注意喚起に励む男性に、様々な葛藤を抱える胸の内を聞きました。(朝日新聞記者・興津洋樹)

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お年寄り相手 1200万円がすぐ動く会場

「ファミレスで面接を受けた後に、連れて行かれたのはコンビニの店舗跡を利用した『宣伝会場』。健康食品や自然食品と書かれたのぼりがはためき、パイプ椅子にたくさんのお年寄りが座っていました。『いつもだったら50万円のところ、きょうは特別に、たったの40万円でご提供します』と講師が言うと、社員たちが『うわー』と拍手して会場を盛り上げ、お年寄りの大歓声に包まれました。そして軽快な音楽が流れます。熱気と歓声でいっぱいの会場に、圧倒されました」

関西在住の40代男性は、28歳の頃に見た光景をそう振り返ります。

「僕はバックヤードで待機していて、会場から戻ってきた社員に、紙袋を手渡すように言われていました。渡した数は30袋。あとから聞くと、袋には先ほどの40万円の商品が入っていました。ざっと計算しても、40万円×30袋で1200万円。あの熱気の中でそんな大金が動いていたのか。魔法みたいな商売だと感じました」

仕事を探していた男性は、求人情報誌で「健康食品を販売」「未経験者OK」「給料は20万円ちょっと」「昇給あり」などと書かれているのを見つけました。健康志向が高まっていたことから興味を持ち、採用試験を受けることに。面接のあとに詳しい説明もされずに連れて行かれて見たのが、記事冒頭のような光景です。

「その仕事をやってみたいと思ってしまった」

「閉めきった会場で、お年寄り相手に高額商品が飛ぶように売れていたので、ただならぬものは感じました。でも、その仕事をやってみたいと思ってしまったんです。人生を一発逆転させるチャンスだと」

男性は入社を決断しました。会社は関西が拠点。空き店舗を使った会場で連日「講演会」を開き、100円を払えばもらえる洗剤や米などの景品をだしに、お年寄りを集めていました。「講師」が健康に関する話をし、比較的安価な商品から販売を始め、終盤で数十万円の高額商品を販売します。2カ月ほどで会場を閉め、別の地域に移っていました。

このように、タダ同然で日用品などを提供するといって閉鎖された会場にお年寄りらを集め、言葉巧みに会場を盛り上げ、判断力を欠いた状態にしてから高額商品を売りつける手口を「催眠商法」「SF商法」などといいます。「催眠商法」とネットで検索すると、各地の自治体や警察、消費生活センターなどが注意を呼びかけるページが数多く見つかります。

催眠商法への注意を呼びかける警視庁のホームページ
催眠商法への注意を呼びかける警視庁のホームページ 出典:警視庁ホームページ

男性が勤めていた会社は1日2回の講演会を開き、女性を中心に毎回100人ほどのお年寄りを集めていました。ホワイトボードを前に、「講師」がユーモアを交えて健康の話をして場を盛り上げます。「反応があったら話しやすくなるから、拍手や相づちを打ってください」とお願いをしたり、合図に合わせて何度も「はい」と言う練習をさせたりしていました。

だんだんとお年寄りたちはテンションがあがり、会場は笑いに包まれるようになっていったといいます。20、30代の販売員たちが、身の上話をする機会も多く設けられ、男性は必ずこう話しました。

「僕は職を転々としてきましたが、この仕事でみなさんにいい商品を紹介し、感謝してもらえる喜びを知りました。ずっとこの仕事で頑張っていこうと思います。これからもよろしくお願いします」

会場からは拍手とともに、「頑張って」「応援してるわ」と声が飛びました。顔なじみのお年寄りには「○○さんよう来てくれたね、ありがとう」「お母さん、あまりにきれいだから、特別にサービスするわ」などと声をかけ、気に入ってもらえるように努めました。

「若い販売員が頑張っている姿を見ると、自分の孫を見ているような気持ちになって、応援してくれるお年寄りがたくさんいました」と、男性。

お年寄りがそんな気持ちになったところで、「血液をきれいにする」「疲労回復や老化防止」などとうたう数十万円の錠剤の販売を始めます。

医薬品医療機器法(旧薬事法)などの法律に触れないぎりぎりの範囲で、健康食品の売りを紹介した上で、いかに「お買い得」かアピールして会場を盛り上げます。同時に個別にも「お母さん、こんな安く買えるなんてよかったね」「もう二度とないチャンスだよ」と声をかけていきました。

男性が描いた催眠商法の現場を紹介するイラスト
男性が描いた催眠商法の現場を紹介するイラスト 出典: 男性提供

次第に「私買うわ」と言うお年寄りが現れるといいます。すると販売員が集まり、「○○さんお買い上げです!みんなで万歳をしましょう!万歳!万歳!万歳!」と騒ぎ立て、会場はさらに盛り上がり次から次に手があがりました。

渋っている人には、「いつも来てくれてるお母さんにはぜひ買ってほしいんよ」「きょうは契約書に書くだけでもいいから」などとたたみかけ、さらに契約を取ろうと働きかけました。

しかし、ドラマに出てくるようにお年寄りを一人部屋に閉じ込めて、サインするまで帰さないというようなことは男性の会社ではなかったといいます。男性はその理由をこう語ります。「そんなことをしたら、お年寄りのネットワークですぐに悪い話が広まってしまいますし、もう二度と買ってくれなくなりますから。そういうことをしている会社はあまりないと思います」

会場ごとに目標販売額が決まっており、それを超えると臨時ボーナスが出ました。ボーナスが重なって、多いときは月収70万円近くになったといいます。

「いい買い物をさせてくれてほんまありがとう」「あなたが頑張っているから買うのよ」と笑顔で言葉をかけてくれる人もいました。別の会場に移っても来場する「追っかけ」と呼ばれる人もいて、定期的に高額商品を買っていきました。男性にもお得意さんがつくようになり、トップセールスとして社長から3回表彰されました。

男性が会社からもらった賞状
男性が会社からもらった賞状 出典: 男性提供、モザイク処理しています

家を出た実業家の父に認められたくて

なぜ男性は、そのような会社で働いていたのでしょうか。

男性の生まれ育った環境は複雑なものでした。幼い頃は、両親と男性の3人暮らしで比較的裕福な家庭で育ちました。父親は休日くらいしか家に帰ってきませんでしたが、いくつもの会社を経営するばりばりの実業家。男性は父親のことが大好きで、「いつか自分も父親みたいな社長になる」と思っていました。

しかし、小学4年のとき、父親からこう言われました。「きょうからお父さんと会えなくなるんやけど、これからがんばってな」。それ以来、父親は家に帰ってきませんでした。

父親と母親は夫婦ではなく、父親には別の家族があったのです。それ以降、男性の生活は大きく変わりました。母親の「再婚相手」とはそりが合わず、会話をすることもなく、心を閉ざすようになりました。

そんな時に、心の支えになったのが父親の存在でした。家を出て以降は中学生のころに2回会っただけでしたが、憧れの存在であることは変わりませんでした。

「お父さんのような成功者になろう。そうなったら、お父さんは喜んでもう一度僕に会ってくれるはず。一生懸命働いてその成果を報告しに行く」。そう決意しました。

昔を思い出しながら取材に答える男性
昔を思い出しながら取材に答える男性 出典: 興津洋樹撮影

男性は専門学校を卒業後、墓石を販売する会社に就職。墓石や宗教についてたくさん勉強しましたが、思うように売れません。販売成績が悪いと会社に居づらくなり、退職することに。その後、建築系、不動産、訪問販売、引っ越し業者と、転々としてきました。思い描いていた、ばりばり働いて稼ぐ自分には、なかなかなれませんでした。

「いつになったら成功できるんだ」。父親も70歳近くになっており、それほど時間が残されておらず、不安と焦りでいっぱいに。このように、精神的に弱っていた時に出会ったのが、催眠商法の会社でした。

男性は言います。「自分が20歳のころに宣伝会場の風景を見せられたら、怪しいと思って入社しなかったと思います。でも、メンタルが弱っていて、早く成功しないといけないと焦っていた時に出会ったから、やってみたいと思ってしまった。会社もメンタルが弱っている人を探していたんじゃないかと」

社長は、客の前で社員をクビにすると言ったり、暴力を振るったりするなど乱暴なところもありましたが、会社を引っ張っている姿にカリスマ性を感じたといいます。その姿に実業家である父親が重なり、「この人にずっとついて行こう」と男性は思っていました。

他の社員も、精神的に弱っている人が多かったといいます。そして、客であるお年寄りたちは、孤独を抱えている人が多かったと感じています。

「宣伝会場では毎回のように『今回だけ特別にこの価格』と言い、いつもお決まりのパターン。『追っかけ』のお客さんは、それを知った上で買ってくれていました。やることがなく、生きがいもない。でも宣伝会場に足を運べば毎日面白い話が聞けるし、若い販売員たちと接することができて楽しい。その見返りとして、商品を買ってくれていたんだと思います。そういうお年寄りの孤独を狙った商売でした」

本やブログで注意喚起に取り組む理由とは

男性は6年間勤務した後、退職することにしました。

6年間で様々な客がいました。お得意さんだった80代の女性には、計数百万円の商品を売ったといいます。お金を使いすぎて破産寸前になった人、生活保護を受けながら商品を買い続けた人もいました。

男性は言います。「むちゃくちゃでしたが、居心地の良い職場でしたし、僕はそこで初めて成功体験をつかむことができました。辞めた理由は、ついて行こうと思っていた社長が交代したこと、そろそろ次のキャリアに進みたいと思ったことなど、いろいろなものがありました」

男性はその後、小さな居酒屋を開店。現在は店を閉めて、食品スーパーで働いています。3年ほど前からは、「ロバート・熊」のペンネームで、ブログ(https://ameblo.jp/akamenosirotyann/)に催眠商法の経験を書き、注意喚起をしています。ブログには、近年も変わらず行われている催眠商法についての情報も寄せられるそうです。

2018年には、「あやしい催眠商法 だましの全手口 身近な人を守るために知っておくべきこと」(自由国民社、税込み1512円)という本を出版。受け取った印税66000円は、全額を東日本大震災や北海道地震、熊本地震の復興支援のために寄付しました。その理由を「少しでも世の中のために役立てたかったので」と男性は話します。

寄付した際の領収証
寄付した際の領収証 出典: 男性提供、モザイク処理しています

今年8月には、「ぼく、催眠商法の会社に入っちゃった」(辰巳出版、税抜き1400円)を出版しました。男性が見てきた催眠商法の手口を赤裸々に描き、そこで出会った同僚や客のことをユーモアを交えて紹介しています。

「催眠商法の怖いところは、面白くて通ってしまうところなんです。だからこそ、はまってしまう。この本でも面白く描くことで、その危険性に気付いてほしいと思いました」

「ぼく、催眠商法の会社に入っちゃった」の表紙
「ぼく、催眠商法の会社に入っちゃった」の表紙 出典:辰巳出版提供

今回の印税は、本をさらに知ってもらうための宣伝費に充てようと考えているといいます。スーパーの仕事も忙しいのに、なぜこんなに熱心に催眠商法の注意喚起をする活動をしているのでしょうか。

「罪滅ぼしかと聞かれることがありますが、それは少し違うと答えます。後悔という訳でもないんです。でも、僕は他の人が関わったことのないような経験をしました。現在でも催眠商法に高額なお金をつぎ込んでしまうお年寄りがいる。少しでも自分の経験が役に立つなら、それを伝えていきたいと思っているんです」

罪悪感からの行動とは言い切れないという男性。その理由を尋ねました。

「あのころのことを思い出して、まず思い浮かぶのが、お客さんたちのにこにこした笑顔なんです。『ありがとう』という言葉や、色々な人の優しさに触れた経験が焼き付いています。高額商品を買ったお客さんのご家族からしたら、面白くないと思います。でも、お客さんたちには本当に成長させてもらったという感謝の気持ちがあって、催眠商法のすべてが悪だとはどうしても思えないのです。そういう葛藤がずっとあります」

男性はそんな葛藤を抱えているからこそ、催眠商法の会社で働いてほしくないと考えています。

「まずは催眠商法のことを多くの人に知ってもらうことが大事です。特に若い人に関心を持ってもらい、入社しないように注意してほしいです。それに加えて、自分の両親や祖父母が催眠商法に大金をつぎ込んでしまわないために、変な会場に通っていないだろうかと気にかけてほしいと思います」

考えさせられた「葛藤」の意味

記者が男性に初めて会ったのは、昨年の春です。催眠商法の現場でどんなことが行われているのか知り、伝えなければ。それに、悪徳商法をしていた人物がどんな人なのか会ってみたいという思いもあり、取材のお願いをしました。

少し怖そうな人をイメージしていましたが、実際に会ってみると、丁寧な口調で説明してくれる優しい男性でした。本やブログでの注意喚起の文章からも、大変一生懸命なものを感じました。

それだけに、罪悪感を感じて注意を呼びかけているのではないかと思っていました。しかし、本人が罪悪感というようなものとは違うと話すので、驚きました。

詳しく話を聞くと催眠商法の闇の深さを感じました。お年寄りは嫌々買わされているのではなく、納得して購入したと思い込んでいる場合が多いと知ったからです。

さらに、催眠商法というのは注意を呼びかける側の言い方であり、会社側の人間は「うちは催眠商法をやっています」と意識して商売をしているところはないということも、男性に教えてもらいました。だからこそ、社員たちは「自分たちは良い物を、お買い得な値段で売っている」と自信を持ち、または自分に言い聞かせながら、必死に売っているのでしょう。

辞めてから10年以上経つ男性にも、そのような考えが染みついているため、「罪悪感」や「後悔」につながっていくのが難しいのだと想像しました。いまだに会社からの「催眠」にかかっているような状態ともいえるかもしれません。

でも、心の底ではそれから抜け出したいと思っているし、そんな商売あってはならないと思っているからこそ、本を2冊も出すに至ったのだと思います。

お年寄りの孤独を埋める部分があるという話は、最初に聞いたときは確かにそうなのかもしれないと思いました。しかし、別の取材で話を聞いた、60代後半の義母が催眠商法の店で20万円の「高級布団」を買ってきたという女性は、こう話しました。「高級な布団ではないことは一見して明らかでした。義母本人は(悪徳商法だと)感じていませんが、家族からしたらだまされたという思いだけ。悔しいです」

買ってしまった本人は、納得して買ったと思っているかもしれませんが、それこそが催眠商法の狙いです。家族からすれば、到底納得できない買い物をさせている場合が多いのです。そのような被害をなくすためには、本人が気付くことは難しいので、家族や親族が気にかけ、異変を感じ取り、各地の消費生活センターや弁護士に相談することが大事だとあらためて思いました。

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