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土砂かきだけが支援ですか?豪雨被害の旅館に集まった「各界のプロ」

豪雨によって大きな被害を受けた「鶴之湯旅館」。木造三階建ての風情がある建物だった
豪雨によって大きな被害を受けた「鶴之湯旅館」。木造三階建ての風情がある建物だった

目次

7月の豪雨で被害のあった木造三階建ての老舗旅館のために行われた、電気自動車による「給電支援」。その後、電気自動車を活用し「エネルギー独立化」をおこなう新しい旅館に生まれ変わろうとしている。そこには、自動車メーカーや広告会社、クラウドファンディングなどの企業の有志や、大学や高専の教授や生徒など様々なメンバーが関わっている。それぞれの力を生かした新しい支援を考える。(FUKKODESIGN木村充慶)

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電気自動車による「給電支援」

7月の豪雨は全国各地で甚大な被害を及ぼした。一般社団法人「FUKKODESIGN」で、被災地支援に取り組んでいる私は熊本県中部の八代市坂本町にある「鶴之湯旅館」の支援を行っている。

木造三階建ての風情がある建物だった「鶴之湯旅館」だが、氾濫(はんらん)した球磨川の目の前にあったため水が押し寄せ、1階のほとんどすべてのものが流されてしまった。しかも、地域のインフラは遮断され、電気水道ガス全てが使えない状態になった。

コロナ禍で現地に行きづらい中で、なんとか支援ができないかと考え、私は日産自動車の日本EV事業部の部長である小川隼平さんに相談。日産自動車の地域営業部隊と販売会社の支援として、旅館に旅館電気自動車を貸与することができた。

電気自動車はためた電気を取り出すことができ、携帯電話を充電したり、夜間作業の際に照明に利用したり、様々なシチュエーションで使われた。

豪雨被害にあった旅館に届いた電気自動車=鶴之湯旅館提供
豪雨被害にあった旅館に届いた電気自動車=鶴之湯旅館提供

給電支援の次は、エネルギーの独立化

電気はその後10日ほど止まっていたため、その間ずっと電気自動車は使われたという。

鶴之湯旅館の土山さんは「ガスや水道が止まっている中で、電気は心の支えとなった」と振り返る。

当初は、泥のかき出しや倒壊した家屋の対応に追われる被災地の人にとって電気自動車が助けになるのか正直わからない部分もあったが、改めて給電支援の意味を感じた。同時に、ここで終わるのではなく、何か継続できることがないかと小川さんと考えた。

災害直後の給電という役割は終えたが、電気の必要性を感じたからこそ、また起こるかもしれない災害の備えとして良い形で活用できないか。そうして生まれたアイデアが、災害が起きて電気が遮断されたとしても、自前の電気を使えるよう、ソーラーパネルを設置し、そこで作った電気を電気自動車にためる、というもの。電気自動車を活用した「エネルギー独立化」の構想を、土山さんとも相談しながらまとめた。

電気自動車を活用した「エネルギー独立化」のイメージ図=日産自動車提供
電気自動車を活用した「エネルギー独立化」のイメージ図=日産自動車提供

旅館に集まった様々な支援者たち

旅館の復旧のみならず、地域で困っている人を助けるボランティアの休憩所として旅館を開放するなど精力的に活動している土山さんの周りにはたくさんの協力者がいた。

災害直後の給電という課題から始まった取り組みだが、徐々に、支援の輪が広がってく。

その中の一つのグループが、熊本県立大学や熊本高専、地元団体などの面々だ。木造三階建ての旅館の建物は歴史的価値があり、災害前より旅館の再生を協力していたようだが、今回の被災を受け、建物の復旧を手伝っていた。

そして、今後の地域の観光の拠点にもなればと考え、昔ながらの建具などを使った復旧を行い、文化財登録も進めようとしていた。

メンバーによるオンライン会議の様子
メンバーによるオンライン会議の様子

災害にも強い、地域の拠点に

土山さんの思いの元に集まった面々の中で「みんなで一緒にやった方がよいのでは」という話になり、毎週日曜の夜に定例で打ち合わせをすることになった。

メンバーは日産自動車や、熊本県立大学、熊本高専や地元団体などのメンバーだけでなく、クラウドファンディングREADYFORのメンバーにも入ってもらった。全員で話す中で、土山さんは「地域の拠点として災害後より強くなって生まれ変わりたい」という思いを語った。そこで、建物の復旧、文化財登録、エネルギー独立化を行いながら、「災害にも強い、地域の拠点になる木造3階建ての旅館になろう」というプランがチームでまとめられた。

地域の拠点になって、被災者、支援者など様々な人に改めて恩返しがしたい。そんな思いもあり、プロジェクトは「鶴之湯の恩返し」と名付けられた。ただし、トータルで5千万以上の費用がかかる。そこで、資金の一部をあつめるため、クラウドファンディングも立ち上げた。今月プロジェクトは本格的にスタートし、来年夏の旅館の再開を目指している。

クラウドファンディング「鶴之湯の恩返し」のページ
クラウドファンディング「鶴之湯の恩返し」のページ 出典:スポンサー一覧 九州豪雨:災害に強い地域の拠点へ。鶴之湯旅館復活プロジェクト(鶴之湯旅館) - クラウドファンディング READYFOR (レディーフォー)

継続した支援の必要性

多くの人のサポートもあり進み始めたプロジェクトだが、今回、大事にしたのは継続的な支援だ。

災害が起きると、初期は多くの人が活動するが、時が経つにつれて徐々に支援者が少なくなる。行政サイドも初期は政府による直接的な支援が多く入るが、徐々に各自治体中心の支援に移行していき、自然と支援は縮小していく。

しかし、被災者にとっては時間が経ってもすぐに落ち着くことは少ない。むしろ、時間が経つことで様々な負担が増えていくことすらある。だからこそ、初期で支援した流れをそのまま継続していくことが大事だ。

今回でいうと、電気自動車による給電支援は初期で終了してしまうが、そこから継続して支援できる枠組みになったことが重要だったと考える。

専門性を生かした支援

今回の取り組みには、自動車メーカーのEV事業担当、広告会社のクリエーター、クラウドファンディングのキュレーター、大学や高専の先生や学生、大工、弁護士など様々なメンバーが一堂に会した。

災害の支援というと、土砂かきなどのボランティアや、義援金の寄付など、活動の幅は広くないと思われがちだ。でも、このように様々なバックグラウンドを持つ人が、それぞれのスキルをいかした支援もあるし、求められている。

もちろん課題もある。今回は鶴之湯旅館を支援したが、当然、被害は多くのところで発生しており、広く支援できたわけではない。

重要なのは、企業や団体などだけでなく、個人を巻き込むことだと考えている。個人の力は時に企業や団体など以上に大きい。個人は組織のしがらみがなく、思いがつながれば一気に集まることができる。

たとえば「ふるさと納税」を行う様々なサービスで、災害時に寄付を募っているが、最近の災害では毎回数億円以上の寄付が集まっている。一人一人の力は企業と比べると小さいかもしれないが、個人の思いが大きな形となって支援につながっている。

豪雨被害にあった旅館に届いた電気自動車=鶴之湯旅館提供
豪雨被害にあった旅館に届いた電気自動車=鶴之湯旅館提供

今回、私たちもクラウドファンディングで多くの個人の方々に支援いただいているが、まだまだいかせるものがあると考える。企業や団体にとっては、個人の力を生かす仕組み自体を作ることがこれから求められるだろう。

企業でいえば顧客、団体で言えば支援者。多くのステークホルダーを抱える組織がやれることはまだあるし、それはステークホルダーとの関係を深めるチャンスになることすらあるかもしれない。

商品やサービスなどがコモディティ化し、競合との差別化が難しくなっている今、社会課題の解決に向き合うことがブランディングとなり、事業としても重要になっている。実際に、IT企業などは災害支援につながる様々な取り組みを行なっているところが多い。彼らのサービスを通じて、多くの人が参画し、よりよい災害支援の形に向かっている。

被災地の活性化につなげようと始まったヤフーなどが主催する自転車イベント「ツール・ド・東北」。次々とスタートしていく出走者=2015年9月13日、宮城県石巻市
被災地の活性化につなげようと始まったヤフーなどが主催する自転車イベント「ツール・ド・東北」。次々とスタートしていく出走者=2015年9月13日、宮城県石巻市 出典: 朝日新聞

鶴之湯旅館の土山さんの思いで集まった様々なバックグラウンドの人たちで進めているこのプロジェクト。支援がうまくいくことが何より大事だが、今後の災害支援のヒントとなるように引き続き協力を続けていきたい。

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