新型コロナウイルスによって、エンターテイメント業界や飲食業界は大きな打撃を受けています。「ドラァグクイーン」として、女性の姿をしたパフォーマンスでお客を楽しませてきたTさん(30)も、その渦中にいる一人です。
仕事場であるバーやクラブが外出自粛で一変し、生活の危機に立たされるクイーンたちも少なくありません。Tさんが語る来歴や現在の生活、コロナによって変わった夜の街の姿とこれから――。
「コロナ禍における人々の生活」を見つめる作家・小野美由紀さんがインタビューします。(作家・小野美由紀)
――ドラァグクイーンといえば、アメリカのリアリティー番組『ル・ポールのドラァグレース』(ドラァグクイーン界のカリスマ、ル・ポールが司会を務め、気鋭のクイーンたちが美しさやパフォーマンスを競い合う)が世界的に人気です。ここ数年で大きく注目を集め始めましたが、新型コロナウイルスの感染拡大が起きるまで、日本ではどのような状況でしたか。
3月の半ばぐらいまではね、なんだかんだ働いてたんですよ。2丁目の他のお店もだいたい開いてて。クルーズ船のニュースが出た時には、まだ笑い話というか冗談っぽく扱えるくらいのノリだった。2丁目って観光で来るお客さんも多いんで、地方から遊びに来た人には「どこ行ったの?」「横浜です」「へー!ダイプリ(ダイヤモンドプリンス号)見た?」とか気楽なノリで言えるくらいだった。不謹慎ギリギリネタが言えたくらいの。
でも、だんだんやばそうだなってなってきて。
渋谷のクラブの方は若い世代が多いせいか客足の鈍り方は緩やかで、2丁目の方がお客の年齢層が高いので、減り方は激しかったですね。あと、2丁目に来る人って平日は会社帰りが多いんですよ。そもそも通勤してないから飲みに出ない、みたいな。会社によっては会食を禁止してるところもある。
緊急事態宣言が出てからはパッタリでしたね。クラブに関しては3月25日くらいに「週末バラシで」って伝えられて。私たちの仕事って日払いなので、日ごとに想定しているわけですよ。なので、計画が崩れると途端に、漠然と不安になりますね。今月は金、土、日と休みだったら、「あ、いくら減るな」って、まずはそろばんを弾いて落ち込みますよね。
特に週末って基本的にギャランティが上がるので、週末バラシは痛い。
私たちの世界で”週末休む”って結構、屈辱的なんですよ。売れてない証拠だから。他の子が休んでるのツイッターとかで見て、「あ、あの子売れてないんだー」みたいな。これまではね。だから、週末休みって結構ショックでかいんですよ。まあ(他の同業者も)休みなわけだけど……。
――なるほど、社会情勢的に仕方がないとは言え、精神的にも経済的にも打撃が大きかったんですね……。Tさんはどのような経緯でドラァグの世界に入られたんですか?
出身は愛知。19歳までゲイバーで働いていて、22歳から上京しました。
ドラァグを最初にやり始めたのは、本当に成り行きなんです。イベントで「女装やってみない?」って声かけられて、中島みゆきの「テキーラを飲み干して」っていう曲に合わせてテキーラを飲む、ってショーをやったんです。
そしたら目をつけてくれた人がいて、一回きりの予定だったのに他のイベントにも呼んでくれて。そこから週末だけ「アクセルジルガーマン」としてドラァグクイーンををする生活が始まりました。
他の女装(※女装パフォーマーの意)って、ドラァグクイーンやってみたい!みたいな感じでこの世界に入るんだけど、私は違った。そのころはサラリーマンとして昼も働いてたので、本職にするつもりは一切なかったんです。アダルトビデオの会社で営業やってたんですよ。衛星放送のエロチャンネルに版権を売る仕事を。
けど2017年、28歳の時に会社をやめて、そのタイミングでこっち本業にするか!って決意して。
最初は2丁目のクラブイベントに出たり、「Campy!bar」というバーで火曜日だけキャストを務めたりしていました。
バーに立つ時は夜6時くらいに準備始めて、8時にはお店に出る。事務所が楽屋も兼ねているので、そこでメイクをして、お店まで2分くらい。女装代は全部自分持ちです。それが結構かかるんですよね。
ウィッグ(かつら)は、私たちの用語で「腐る」って言うんですけど、ずっと使っているうちに櫛が通らなくなってボロボロになるので、頻繁に買い換えないといけない。値段はピンキリですが、だいたい2000円から5000円。
メイク用品もお金がかかるし、ヒールは低くても15センチは欲しいので、ダンサー専用の靴のお店で買ったりすると一足2万円はかかります。衣装も最低でも1万円から高いものは10万円近くするしね。慣らすと月に2〜3万はかかります。
お店に出てるときはだいたい朝5時に終わって、8時ぐらいに寝て、昼の2、3時に起きる生活です。
女装って不思議なんですよね。普段は人様に偉そうにアドバイスしたりなんてできないでしょう? 「私めなんぞが」みたいな。
でも、なんていうのかな……。高いヒール履いて、メイクすると不思議と自信が出るというか、人に思ったことを伝えられるんですよね。やっぱり飲み屋なんかだと人生相談とか恋愛相談するお客さんが多いから、色々言っても説得力が出て、許される面もあるんですよね。それで感謝されたりすると、嬉しいですね。
女装って、サラリーマンだったらスーツみたいなもの。仕事のスイッチが入る服装なんです。話のスイッチ入れやすいんですよ、やっぱり。自分自身とはまた違う存在っていうか、中の人は関係ないからかな。
ーー「着ぐるみ」みたいな?
そうです。私にとっては「女性になる」っていう感じじゃないね。他のドラァグクイーンの中では、テンション高めのキャラに設定している人もいるけど、私は全然、普段と変わらない。人と喋るの本当は苦手です。できれば一生、人と喋らずに生きていきたいぐらい。けど、これしかできることないからね。
で、3年前から渋谷のクラブと「Campy!bar」の月~水曜を任されるようになって、そっちで働いてました。また『AbemaTV』に恋愛についてフリップトークをする番組があって、2019年は指原さんとかブラマヨの吉田さんとかと一緒に10回ぐらい出演しました。
そうやってだんだん大きな仕事を任せてもらえるようになってね、名前が知られていく矢先なのかなと思っていたんですけどね。コロナでくじかれた感じが。
――仕事が増えつつある中での出来事だったんですね。同業者の方は、どのような状況なのでしょうか?
この数年間、ドラァグクイーンって売り手市場だったんですよ。
『ル・ポールのドラァグレース』の人気で、女装が接客する店が増えたり、ノンケのクラブがドラァグクイーンを呼ぶようになったり、ミュージシャンのPVに出たり、使ってくれる現場が増えたので、ちゃんと女装一本でご飯食べていける状況がここ数年でできてた。なので昼職もやってた人が、辞めて夜一本にするっていうのがここ数年の流れで。
だから、コロナショックで打撃受けているクィーンは多いですね。特に30・40代クイーンたちは。
コロナに関わらず「女装介護問題」っていうのが昔からあってね。なぜか長男が多いんですよ! 女装って! 私もそうなんですけど。で、結婚してないでしょ? 両親が歳とってきて、介護の問題をモロに食らうんですよ。
だから急に収入が止まるって大打撃ですよ。夜の仕事って、給料日とかないでしょ? キャッシュがうすーく常にあるって感じなんですよ。で、よくなって来たらついつい衣装とか買っちゃうんで。自分は会社を辞めた経験があるので、2〜3カ月は収入がなくても平気な感じにはしてますけどね。
長い目で見て、今仕事がないのはいいんですけど、また元に戻るかなって疑問はありますね。ゼロにはならないと思いますけど、条件の悪化くらいは覚悟していますね。ま、うろたえてもしょうがないんで。逆に、いい機会かなと思っています。
生き方の優先順位が変わったっていうか、これまでって、(女装界で)どんどん上に行きたいというか「休みが少ない私すごい!」みたいな風に思ってたとこあるんですよ。どうしたら有名になれるかばっかり考えてて、名声欲が一番だったのが、ポカーンって1カ月休みになっちゃうと、家のことするしかないんですよ。
そしたらまあ、“しょうがないから仕事以外の時間を充実させよう” みたいな気持ちになった。今までより給料減って、休みが週3になってもいいのかな、みたいな余裕が出ましたね。ゆっくりしてもいいんだ、っていう。
ーー最近はエンターテイメントの世界も時流に合わせてオンラインへの切り替えが進んでいますよね。ドラァグクイーン業の本場のアメリカではライブ配信でショーをやったり、Airbnbが提供するオンライン体験講座では
「ドラァグクイーンとサングリアを作る教室」が大人気だったり。
それもすごいなって思うんですけど、でもやっぱりお店には立ちたい。ネット上で会ってても、会ったことにはならないでしょ。Zoom飲みとかも、飲み会したって気分にはならないですよね。画面が目の前にずっとあって、気が抜けないからね。真ん前のことしか見えてないし、匂いとか雰囲気は味わえないもん。
私、飲み会すごい好きだったんですよ。誰かがトイレに立った隙に席、変わるのとかね、こっち行くからこっち来て〜、みたいなね。リアルの場がなくなって、人と会えないのって本当にストレスです。その意味では、パートナーに相当、救われてる。
パートナーとは今年に入ってから同棲してます。もともと2DKでルームシェアしてたんですけど、その相手が引っ越しして、部屋が空いたので、ちょうどいいねってことで。付き合って1年半くらいかな。相手はバーの従業員さんなんです。相手もお店が休みだから、ずっと家にいる。とはいえずっと一緒にいたらストレスになるので、それはお互いに話し合ってルール決めました。例えば、1日一緒にいたら、2日は空けるとか、ご飯以外の時間は別に過ごそう、とかね。
お店が再開した時に生活リズムが戻らなくなっちゃうから、今のところ、寝起きは夜勤スタイルでやってます。でも、仕事がないとちょっとずつ早くなって来ちゃう。疲れないから寝つき悪いし。曜日感覚がなくなっちゃうから、ゴミ出しめっちゃ忘れる!(笑)
私の親は私が女装してることも知らないし、ゲイのパートナーがいることも知らない、ゲイであることも知らない。コロナでもし私が死んだらびっくりすると思うから、パートナーには遺品整理とか頼んどかなきゃ、みたいな感じですね。
緊急事態宣言が解除された今も、2丁目はしんとしてますよ。バーやクラブが何百店舗とあって、開いてるところは数店みたいなね。きっとコロナで潰れるところもあるでしょうね。
2丁目ってね、家賃高いんです。なんでかって言うと、ああいうところのお店って法人じゃなくて個人で借りるんですよ。でも大家さんは滅多に個人には物件貸さないんですよ。なので、前にそこでお店やってた人が、次にお店やりたい人に又貸しするんです。例えば本来の家賃が20万だったら、次の人には30万で、みたいに上乗せして。又貸し、また又貸しもざらなので、物件のオーナーがわからないみたいなことってよくあるんですね。だから、こういう事態になったら結構やばいですね。
ーーコロナ禍が明けたら何をしたいですか。
旅行に行きたいですね! 本当は夏前にパートナーと沖縄に行く予定だったんですけど、現実的に考えると難しいかなって感じになってきた。伊豆とか行ってゆっくりしたいですね。
今は年末くらいまでに、仕事が元に戻ればなあ、くらいに思ってますけどね。持続給付金が出たら、年内はどうにかできるんじゃないかなと思ってます。最悪、愛知に帰ればいいわけだし。
ま、でも本当は嫌ですけどね。私自身、愛知にいた頃は、上京して戻って来た人のことをカッコ悪、と思ってたんで。なんかね、愛知って上京組に対する反発みたいなのが強いんで。「2丁目に行って戻って来たのよ」、みたいなの聞くと、「都落ちじゃん」って言ったりして。関西よりもそういうの、強いかもですね。
ようやく緊急事態宣言は解除されて日中は人出が増えたけど、私の仕事はまだ戻らなさそう。韓国では沈静化した後にナイトクラブからまた感染が広がったと報道があったし、夜業界の自粛要請解除はまだまだ先だと覚悟してる。
今回の騒動が落ち着いても完全に元の世の中には戻らないと思うし、色んなことが変わると思う。でも気づかされたことも多いから、今までより何気ない日常を楽しめる自信がある。良いことも沢山起こると思うし。だから今は身体と心を大切にしたい。
仕事ではテレワークが普及すると言われてるし、インターネットを利用した楽しみ方も広がったけど、そのぶん人に直接会う楽しみは今まで以上に大きくなると思う。お店が再開した時にお客さんを迎えるのをすごく楽しみにしてます。