お金と仕事
恋愛OK、個室に鍵なし ゆるいシェアハウスが生み出す「ネオ町内会」
ご近所同士や親戚付き合いなど、昔ながらの人間関係に煩わしさを感じつつ、一人で生きていくには厳しい時代。「他人でも家族でもない」関係をシェアハウスで生み出している人がいる。恋愛OK、異性を連れてきてもOKなど、ルールも限りなくゆるい。「たまに変な人も来るんですけど、それも含めて面白い」。本業でもないのに4物件を運営する理由とは?(ノンフィクションライター・菅野久美子)
内田勉さん(49歳)は現在都内でMAZARIBA(まざり場)というシェアハウス4物件を運営しているオーナーだ。MAZARIBAのコンセプトは、『他人でもない、家族でもない、適度に刺激しあえる素敵な仲間 家に帰るとホッとする心地よく安心できる空間』。
内田さんの本業はテレビ番組のディレクターで、シェアハウスの運営は趣味と実益を兼ねて、自らも運営する物件を転々とするという生活を送っている。それぞれのシェアハウスの個室は基本的に鍵がなく、恋愛OK、異性を連れてきてもOKなど、ルールも限りなくゆるく、毎晩宴会が開催されているシェアハウスもあるのだという。
「現代はなかなか人と濃密な関係性を作りづらくなっていると思いますね。シェアハウスの魅力は、場所の縁でしがらみのないご近所付き合いができるということ。あと、安心感です。たまに変な人も来るんですけど、それも含めて面白がって、安心してお互い支えあえる関係性です。みんなで大掃除をしたりコイバナしたり、昔の町内会的なノリです。さしずめ僕はみんなの調整役の町内会長って感じでしょうか」
内田さんはなぜシェアハウスの運営を行おうと思ったのか。
ベビーブームジュニア世代である内田さんは、地元でも有数の進学校に進むが、過酷な受験戦争に疑問を抱き、勉強はドロップアウト。卒業間際の試験は10科目中5科目が赤点だったが、追い出される形で何とか高校を卒業した。その後、映像の専門学校に進学。そして、テレビ局の下請けの仕事に着き、AD、ディレクターと上り詰めていく。
内田さんの核となっているのは、『理不尽な世の中を変えたい』という思いだ。
それは、幼少期から活舌が良くないことという自身の体験からきている。活舌が影響してか、内向的な性格で、人前に出たりすることにいまだに緊張する。
「ずっと活舌が悪いのがコンプレックスでした。賃貸物件を借りようと思って不動産屋にお店に入ったら、緊張してどもったこともあった。そしたら、『中国人は入居できないよ』とガチャ切りされて、物件を借りるのを断られた。この社会は生きにくいと思っていたんです。活舌が悪いことで、就職してからも電話対応が苦手でしたね。だから、自分が電話をするときは、事前に毎回読み上げる文章を準備していたんです。『こんにちは。はじめまして。〇〇テレビの内田です』そこから先は、相手の返答によって、AとBという回答の分岐も作ったりしていました。昔から自分は人と違うなと思っていましたね」
テレビディレクターの仕事は順調だったが、新規事業も立ち上げたいと考えていた。そんな矢先、安さを優先して借りた物件が日当たりが悪く、退去を考えざるをえなくなった。次の行き先をどうしようかと迷っていたときに、起業家向けのシェアハウスが練馬にあることを知った。
「面白そう」と感じ、自らも入居、そこから本格的にシェアハウスの運営をしたいと感じた。
内田さんが思いついたのは、『鉄道マニアが入れるシェアハウス』だ。自分の部屋に入らないような大きい模型を居間などで走らせたら、なんて楽しそうなんだろう――。そう思って、鉄道マニアを募った。しかし、この発想は大失敗に終わる。
「鉄道マニアの方は、例えば部屋いっぱいにジオラマを作っていて、一度作ったらなかなか解体して出すのは難しいという人も多かったんです。シェアハウスに持っていきたいけど、ジオラマを部屋から出すことができない。作るのに三年くらいかかっている人もいるから、持っていけずに、結局引っ越してこなかったんです」
約一年半は運営したものの、思ったほど入居者が集まらず閉鎖。しかし、シェアハウスの運営はそれからも続き、ルーフバルコニーをいかした『野菜を育てるシェアハウス』や、『部屋の中を自由にDIYできるシェアハウス』などを次々と立ち上げた。
ある日、シェアハウスの募集会社から連絡が入った。
「耳が聞こえない人が内田さんのシェアハウスに入居を希望しているが、大丈夫?」という内容だった。内田さんには、難聴や耳が全く聞こえない友人がいる。何も問題はないと快諾した。しかし募集会社に聞くと、耳が聞こえないことがネックとなって、賃貸物件やシェアハウスの入居を大家に断られるケースが多いのだという。
「募集会社は、『耳が聞こえない人が入ると、何か連絡するときに大家さんが電話できないから困る』というんです。だったらメールとかファクスしたらいいと言ったんですけど、結局理由をつけて、断っていることがわかった。そんな人の困りごとを解消するシェアハウスをやろうと思ったんです」
約一年ほど準備ののち、川崎に『障がい者も入居できるシェアハウス』を立ち上げ、様々な障がいを抱えた人と一般の人が暮らすようになった。内田さんは、社会で困っている人の問題を解決したいという思いがある。
内田さんの周りには、自分が社会に感じていたような矛盾を抱えた生きづらい人が集まってくる。毒親から逃れるために入居を希望する人もいるし、人とのコミュニケーションが苦手な人もいる。そんな人たちをむしろ内田さんは、「大歓迎」で、喜んで迎え入れる。
「僕自身、幼少期から生きづらく、社会の矛盾を感じるところがあった。生きづらい人にとって、自分を認めてくれる場所として、シェアハウスは精神的にいいんです。家に帰って『こんにちは~とか、なにか、飲む?』とか気にかけてもらえるだけでうれしかったりする。」
ある入居者は、性同一性障害に悩み、生まれ育った地方では親や近所の目に苦しんでいた。しかし、MAZARIBAに引っ越してきてから瞬く間にメンバーと打ち解け、表情が明るくなったという。また、MAZARIBAで知り合い、朝一緒に同伴出勤したり、同じ家に住んでいるのに毎朝時間をあわせて一緒に出勤したりするような、いつも一緒にいる親友を見つけた女性たちもいる。
また、気になるのがシェアハウスの恋愛事情だ。
MAZARIBAはそれぞれの住居が小規模のため、同居する異性と恋愛関係に発展することは意外と少ない。そうではなく、男女が何でも話せる親友のような関係になるのだという。
「シェアハウスって、『つながりコスト』がゼロなんですよね。例えば友達と飲みに行ったら安くても3000円とかかかる。こういう普通のコミュニケーションのコストや、つながる為の精神的ハードルが今の時代は異常に高いと思うんです。だけどシェアハウスに帰ると、誰かいて、何かしゃべって、一緒にご飯食ったり酒飲んだりゲームしたりできる。MAZARIBAは、シェアハウス内の恋愛は少ないけど、入っていると不思議と外との恋愛が増えるんです。いつしかコミュ力が磨かれていくんだと思います」
内田さんのシェアハウスは、ゲーテッドコミュニティを目指している。ゲーテッドコミュニティとは、アメリカに多くある町づくりの手法で、門や堀を設けて、住んでいる人しか出入りしないため、一度中に入ると安全性が高い。
「僕のシェアハウスで個室に鍵をかけないのも、安全な場であって欲しいという思いからなんです。今ってワンルームマンションに住んでいても、隣に誰が住んでいるかわからない世の中じゃないですか。だけど一度家に帰ったら、家の中は安全ですよね。ホッとする。そういうコミュニティーでありたい」
MAZARIBAは内田さん自身、かつての自分が探し求めていた、生きづらい人たちの理想郷なのかもしれない。
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