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連載

#34 #となりの外国人

「バカにしてる」総ひらがなツイートが炎上した理由と日本の未来

台風19号で注目を浴びたあるツイート。総ひらがなに込められた、やさしい理由を探りました。

訪日・在留外国人が増えるなか、東京都港区の六本木ヒルズでは、災害時に外国人帰宅困難者らを受け入れる訓練をした=2019年1月、西岡臣撮影
訪日・在留外国人が増えるなか、東京都港区の六本木ヒルズでは、災害時に外国人帰宅困難者らを受け入れる訓練をした=2019年1月、西岡臣撮影 出典: 朝日新聞社

目次

今年の秋、台風がいくつも日本列島を襲いました。その中でも、大型で非常に強い台風として、最大級の警戒が呼びかけられた19号について、あるツイートが注目を浴びました。日本人が持った違和感の理由と、そのツイートに込められた「やさしい」理由について、考えました。

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ひらがなだけは、「よくない」文(ぶん)ですか?【やさしい日本語】

注目を浴びたのはNHKの公式ニュースアカウントが、外国人向けに警戒を呼びかけたツイートでした。

このツイートは広く拡散されましたが、批判の声も集まりました。


《翻訳機能があるから普通に日本語か英語で打った方が良かったのでは》
《なんですか、これ。外国人の方々をバカにしているんですか?》
《ひらがなで書いても全く意味はない。少なくとも十数種類の言語で書く必要があると思います!》
《各国語でツイートした方が100倍良い ただの「いい人アピール」はいらない。》


すべてひらがなで書かれた文章を目にするのは、幼児向けの絵本ぐらいです。「がいこくじんのみなさんへ」と書かれているとはいえ、確かに日本語を母語とする人にとっては、かなり違和感があります。

実はこの文章は、「やさしい日本語」で書かれたものだといいます。そう、withnewsでも「やさしい日本語」についての記事をシリーズで掲載しています。

改めて考えてみると、最近よく耳にするようになった「やさしい日本語」って、いったい、何なのか。単に、「日本語を簡単にしたもの」ではないようですが……。

考え抜かれた文章の事情

「今さら聞けない」感もあるけれど、それでも改めて、第一人者に聞いてみました。withnewsの「やさしい日本語」記事の監修もしていただいている一橋大学国際教育交流センター教授の庵功雄さんです。

――最初にお聞きします。あのツイートについて、どう思いますか?  私たちが抱く違和感の正体は何でしょうか?

「ひらがなばかりの文章だということで、違和感を持つ人がいることは理解できます。本当は漢字仮名交じりにして、るびを付ける方がよかったのですが、それはツイッターではできません。一方で、読みを『かっこ』に入れると、コンピューターによる機械翻訳もできず、読みにくくなります。情報を発信した側は、いわば『確信犯』で、ひらがなばかりにしたのでしょう」

――「やさしい日本語」としては、これで合格点ということですか?

「外国人にも分かりやすい『やさしい日本語』としての書き方は、これでベストだと言えます。難易度の高い文型を使わない『文型制限』も守っています。一点挙げるとしたら、『(台風が)きそうです』という部分で、これは『やさしい日本語』ではあまり使わない文型です。ほとんどの場合、推測は『と思います』で表現することが可能ですから。しかし、災害の場合、『台風が来ると思います』では緊迫性を伝えられないという判断でしょう」

庵功雄(いおり・いさお)さん:一橋大学国際教育交流センター教授。日本語教育の専門家。主な著書に『やさしい日本語――多文化共生社会へ』(岩波新書)、『<やさしい日本語>と多文化共生』(ココ出版・共編著)など。

50時間から100時間の勉強で身につく日本語

――実は、考え抜かれた文章だったのですか。一方で、英語で発信すべきだという声もありました。

「英語は旅行者などの短期滞在者にはいいのですが、定住外国人の多くは、実は英語が堪能ではないということが大規模調査からわかっています。また、日本人の大半にとっても英語は決して扱いやすい言語とは言えません」

――「それぞれの国の言葉、多言語で発信するのが一番いい」という指摘については、どう考えますか?

「多言語については、既に英語、中国語、韓国・朝鮮語、スペイン語、ポルトガル語などで情報提供を行っている自治体がかなりの数あり、その流れは続けるべきだと思います。しかし、このようなメジャー言語だけで発信した場合、そこからこぼれ落ちる人が必ずいます」

「定住外国人の95%をカバーする国・地域の公用語は17言語あり、これらをすべて公平に扱うとしたら、コストは巨大なものになってしまいます。自動翻訳を使えばいい、と言われるかもしれませんが、現時点では十分に実用に耐えるレベルとは言えません。機械で自動的に翻訳して問題がなければ、100言語でも出していいのですが、現状では人がチェックできないと出せません」

――そこで、「やさしい日本語」の出番というわけですね。

「はい。いきなり私たちが使っているような『普通の日本語』で情報発信しても、多くの外国人に通じません。それは、皆さんも否定しないでしょう。それならば、定住外国人に対する情報提供の手段としては、『やさしい日本語』が最適だと考えられます。語彙と文法的な項目数を限定して、漢字はできるだけ使わず、50時間から100時間程度で習得できるレベルの日本語です」

「英字新聞」か「中学校の英語の教科書」か?

――なるほど……。でも、「日本語が乱れる」といった批判をする人もいます。「馬鹿にされている気がする」といった反響もありました。

「多くの人は言葉については保守的ですから、自分たちが普段、使っているものとは違う言葉に触れて戸惑うのは分かります。しかし、言葉は変化するものなので、今の日本語も明治時代の人から見ればかなり違和感があるはずです」

「例えば、明治までは『書けない』(不可能)を『書かれない』と言っていた。現代日本でよく指摘される『ら抜き』言葉で、『食べられる』が『食べれる』に変化しているのと同様です。『書けない』はいいが、『食べれる』は日本語としてダメ、というのは明治時代の人から見ればおかしいですよね。このように、歴史的に見れば、今の言葉が絶対に正しい、とは言えません。『日本語を乱す』と言っても、その日本語自体が、時代によって変化してきたものなのです」

――いま一番難しいのは、一般の日本人に「やさしい日本語」の意義をどう理解してもらうか、ということなのかもしれませんね。

「批判をしてくる人たちは、説得ができると思います。なぜなら、『やさしい日本語』に関心をもってくれているから。そうではなくて、まったく関心がないという人にも興味をもってもらうということが必要です」

「自分の身に置き換えてみると分かりやすいでしょう。例えば英語で情報を受け取る場合、英字新聞のような難しい文章を、中学校の英語教科書のような文体にしてくれたら、理解しやすいですよね。災害が起きた時に必要な情報を得るのに、英字新聞を読むのがいいか、中学校英語レベルの文章を読むのがいいか。『やさしい日本語』を読んで、『馬鹿にするな』と感じる人は、そのことを想像できていないのではないでしょうか。日本語を母語にする人は、『普通の日本語』による情報を読めばいい。あくまで、まだ日本語の知識が十分ではない在日外国人のような、必要とする人々のために『やさしい日本語』があるのです」

――水害、地震などの災害時にこそ、「やさしい日本語」は大きな意味を持つわけですね。

「『やさしい日本語』による情報発信で、命を守ることができる人が増えるとしたら、行政が取り組む意義は大きいと思います。堤防のような大規模な土木インフラと比べて、『やさしい日本語』による災害情報の提供は、時間もかからず、コストも比べものにならないほど低い。お金も時間もかからずに犠牲を減らせるとしたら、それを利用しない手はありません」

外国人が多く暮らす横浜市では「やさしい日本語」のページを作り、防災情報などを発信している
外国人が多く暮らす横浜市では「やさしい日本語」のページを作り、防災情報などを発信している 出典:横浜市の「やさしい日本語」のページ

長い射程で意味がある

――非常時における意義はわかりました。では、日常生活における「やさしい日本語」の重要性とは、何でしょうか。

「確かに災害時の情報提供は極めて重要なテーマですが、外国人が過ごす圧倒的に多くの時間は平時です。そして近年、人口減少によって人手不足が深刻化している日本で、外国人は増え続けています。入管法改正によって、日本は事実上、『移民』受け入れに舵を切ったと言えますが、そこで、単に単純労働力の『数合わせ』の道具としてしか外国人を考えないようでは、欧米各国における移民政策の失敗の後追いになる恐れが高いでしょう」

「これは、単に人道的に問題であるだけではありません。日本人と対等に活躍する場を外国人にも保障しなければ、低賃金労働ばかりを強いることになります。それでは、将来の納税者を増やすことにはつながらず、社会保障や財政の危機など、日本が抱える問題を解決することはできなくなる。30年後の日本を『外国人』とともに作っていくために、『やさしい日本語』という取り組みが意味を持つのです」

――「やさしい日本語」は、「日本の未来のため」という長い射程を持っているのですね。

「そうです。第1に、成人の定住外国人が、日本社会を居場所と感じられるようになることを目指し、『母語でなら言えることを日本語でも言えるようにする』ために、『やさしい日本語』が必要となります。第2に、外国にルーツを持つ子どもたちが、遅くとも高校卒業時には日本人の子どもたちとほぼ同等の日本語力を身につけるために、『やさしい日本語』がバイパスとなります」

「もし、外国にルーツを持つ子どもが、日本人の子どもと同じぐらいの成功の可能性を持てるようになれば、成人して納税者として日本を支える人材になります。加えて、日本国内に多様な文化が形成され、日本がこれまで関係を持っていなかった国や地域との新たなビジネスチャンスが広がる可能性があります。人口減少によって危機的状態を迎えつつある地域経済にとっても、活性化の起爆剤になるかもしれません」

外国から来たばかりの子どもが、学校に転入する前に、日本語や学校生活の知識を集中的に学ぶ「初期教室」が、全国の自治体に広がっている。団地の空き店舗を改装した愛知県豊明市の初期教室=玉置太郎撮影
外国から来たばかりの子どもが、学校に転入する前に、日本語や学校生活の知識を集中的に学ぶ「初期教室」が、全国の自治体に広がっている。団地の空き店舗を改装した愛知県豊明市の初期教室=玉置太郎撮影 出典:朝日新聞

「お互いさまの気持ち」で

――私たちが心がけるべきことは何でしょうか?

「多数派である私たちと、少数派である定住外国人の間の共通言語として、『やさしい日本語』が使われるようになれば、これまでとは様々な点で異なる言葉が使われるようになるでしょう。そのときに大切なこととして、『公平な耳』という理念を唱えている研究者がいます」

――「公平な耳」とは?

「例として、タイから日本に来た人が、『わたチ』と話しているのを聞いて、日本人が馬鹿にしたというエピソードがあります。これは単に、タイ語では『し』と『ち』を区別しないが、日本語にはその区別があるというだけの話なのに、つい差別的な見方をしてしまう。いくらでも逆の例があることは、外国語を習った人なら理解できるでしょう。『わたチ』という発音を笑いそうになった時、一歩立ち止まって、自分が同じことをされたらどう感じるだろうか、と考える。それが『公平な耳』という理念です。多文化共生はそうしたところから始まると私は考えます」

「『やさしい日本語』はある決まった形のものではありません。最も重要なのは、相手の立場に立って考えられる『お互いさまの気持ち』なのです。外国人を受け入れるために、私たちはどのような『覚悟』が必要なのか。外国人の受け入れを、自分自身の問題として考える必要があるのではないか。そうした議論をせずに、日本語教育のことだけが論じられることは、むしろ危険だと私は思います」

 

伝えたい情報を、なるべくシンプルに、誰にでも分かりやすい「やさしい日本語」にして届けます。
本当に「やさしい」のか、日本に暮らす外国出身の人や、専門家にもアドバイスをもらいながら、本当にやさしいニュースを作っていきます。

毎週土曜日に配信予定です。

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