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2019年06月15日

<金正男暗殺を追う>どんどん上がった報酬 家賃5カ月分の「仕事」


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事件前、ホテルのロビーで支払いをする「ミスターY」(左)とフォン(右)を捉えた監視カメラの画像=関係者提供

事件前、ホテルのロビーで支払いをする「ミスターY」(左)とフォン(右)を捉えた監視カメラの画像=関係者提供

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 金正男(キム・ジョンナム)氏に毒を塗ったとされるベトナム人のドアン・ティ・フォンさん(31)は、事件の2日前、北朝鮮の工作員とみられる男と現場を下見していた。防犯カメラには、まるで恋人のように寄り添う2人の姿が映っていた。(朝日新聞国際報道部記者・乗京真知)

金正男暗殺を追う

9日前に現地入り

 「ミスターYから航空券を受け取り、(ベトナムの首都の)ハノイからマレーシアに向かいました。機内ではミスターYとは別々の席で、会話することはありませんでした」。フォンの供述調書によると、フォンとカメラマン役のミスターYが、同じ飛行機でマレーシア入りしたのは、2017年2月4日。正男氏暗殺事件の9日前だった。ミスターYはマレーシア警察が「北朝鮮工作員」とみる犯行グループの1人だ。

 フォンは、撮影用の衣装や所持金1800ドルを、青いキャリーバッグやショルダーバッグに詰めて運んだ。マレーシアのクアラルンプール国際空港に着くと、すぐに携帯電話ショップに立ち寄った。現地で携帯電話を使うためのSIMカードを、65リンギ(約1800円)で買った。

 ミスターYとフォンは、クアラルンプール市内の中級ホテルにチェックインした。ホテルの防犯カメラの映像によると、ミスターYはフォンのキャリーバッグを運んだり、チェックアウト時に部屋まで迎えに来たりと、身の回りの世話に余念がなかった。屋内でも帽子を目深にかぶっていた。

 ミスターYはロビーで宿泊費を払う際、「事後精算」のためだとして律義にレシートをもらっていたという。

髪を明るく染め、自分で切りそろえて「いたずら撮影」に臨んだフォンの、事件直前の自撮り写真=関係者提供

髪を明るく染め、自分で切りそろえて「いたずら撮影」に臨んだフォンの、事件直前の自撮り写真=関係者提供

板に付いた演技

 2月7日午後、この遠征で最初の「いたずら撮影」があった。場所はクアラルンプール国際空港第1ターミナルの到着ホール。フォンとミスターYはホールを見て回り、喫茶店で休んだ後、午後7時から撮影を始めた。

 フォンが警察に説明したところによると、撮影の際、あたりを見渡したミスターYは、ホールにいる東アジア風の旅行客を標的に選んだ。いたずらを仕掛けるよう指示し、携帯電話のカメラで動画を撮り始めたという。

 フォンは指示通り、旅行客の背後から、手早くベビークリームを塗りつけた。2、3歩、後ずさりしながら「ごめんなさい」とだけ告げ、去った。落ち着き払った演技に、ためらいの色はなく、一連の動作が体に染みついているような、手際の良さだった。その様子を捉えた監視カメラ映像が、後の捜査で確認されている。

 2月11日朝、2回目の撮影があった。場所は、やはりクアラルンプール国際空港。第2ターミナルにある出発ホールだった。出発ホールで落ち合ったミスターYは、ホールにいる西洋風の男性を標的に選んだ。フォンの手にベビークリームを垂らし、いたずらを仕掛けるよう指示した。

 フォンは言われるがままに、いつもの動作に移った。旅行客に背後から近づき、ベビークリームの付いた手で顔を触った。「ごめんなさい」と謝り、逃げた。タクシーの乗車券を使い、空港を後にした。

フォンが事件前に泊まっていたマレーシアの空港近くのホテル=乗京真知撮影

フォンが事件前に泊まっていたマレーシアの空港近くのホテル=乗京真知撮影

家賃5カ月分の報酬

 2回連続で撮影に成功したフォンの出演料は、これまでで最高の計300ドルに上った。フォンにとっては、ハノイの家賃5カ月分に相当する額だった。

 ミスターYは、次の撮影予定についても説明した。2日後の2月13日に、同じ出発ホールで、同じ時間帯に、3回目の撮影をするとのことだった。ミスターYは、こう告げたという。「次は大事な撮影だ。動画をユーチューブに投稿する」

 フォンはこの時点で、13日の標的が正男氏だということを知っていたのだろうか。「知らなかった」と言うフォンの主張を、覆すような証拠は見つかっていない。「いたずら」を装った暗殺事件は、ミスターYの思惑通りに、秒読み段階に入っていった。

     ◇

【フォンのホテル】捜査資料によると、フォンはマレーシアに着いた2017年2月4日から事件当日の2月13日までに、ミスターYの指示でホテル5軒を転々とした。ホテルを変えた4回のうち、1回は予約がいっぱいで延泊できなかったためだが、残りの3回は「いたずら」の撮影日と重なっている。「いたずら」のたびに宿泊先を変えることで、フォンの足取りをつかみづらくする狙いがあったと、マレーシア警察はみている。

フォンが事件当日まで泊まっていたマレーシアの空港近くのホテル=乗京真知撮影

フォンが事件当日まで泊まっていたマレーシアの空港近くのホテル=乗京真知撮影

<お断り>事件発生前から裁判までを振り返る連載「金正男暗殺を追う」(https://www.asahi.com/special/kimjongnam/3/)では、フォンさんの呼称(容疑者や被告など)の変化による混乱を防ぐため、呼称を省いています。フォンさんは4月1日にマレーシアの裁判所から禁錮刑を言い渡され、刑期を終えた5月3日に出所、ベトナムに帰国しました。

金正男暗殺を追う

ナイトクラブではダンスも 農村の少女が「実行犯」にされるまで……
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ハノイ市内のナイトクラブで接客係として働いていたフォンとみられる女性(中央)=ナイトクラブのフェイスブックから
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