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<金正男暗殺を追う>どんどん上がった報酬 家賃5カ月分の「仕事」

事件前、ホテルのロビーで支払いをする「ミスターY」(左)とフォン(右)を捉えた監視カメラの画像=関係者提供
事件前、ホテルのロビーで支払いをする「ミスターY」(左)とフォン(右)を捉えた監視カメラの画像=関係者提供

目次

 金正男(キム・ジョンナム)氏に毒を塗ったとされるベトナム人のドアン・ティ・フォンさん(31)は、事件の2日前、北朝鮮の工作員とみられる男と現場を下見していた。防犯カメラには、まるで恋人のように寄り添う2人の姿が映っていた。(朝日新聞国際報道部記者・乗京真知)

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金正男暗殺を追う

9日前に現地入り

 「ミスターYから航空券を受け取り、(ベトナムの首都の)ハノイからマレーシアに向かいました。機内ではミスターYとは別々の席で、会話することはありませんでした」。フォンの供述調書によると、フォンとカメラマン役のミスターYが、同じ飛行機でマレーシア入りしたのは、2017年2月4日。正男氏暗殺事件の9日前だった。ミスターYはマレーシア警察が「北朝鮮工作員」とみる犯行グループの1人だ。

 フォンは、撮影用の衣装や所持金1800ドルを、青いキャリーバッグやショルダーバッグに詰めて運んだ。マレーシアのクアラルンプール国際空港に着くと、すぐに携帯電話ショップに立ち寄った。現地で携帯電話を使うためのSIMカードを、65リンギ(約1800円)で買った。

 ミスターYとフォンは、クアラルンプール市内の中級ホテルにチェックインした。ホテルの防犯カメラの映像によると、ミスターYはフォンのキャリーバッグを運んだり、チェックアウト時に部屋まで迎えに来たりと、身の回りの世話に余念がなかった。屋内でも帽子を目深にかぶっていた。

 ミスターYはロビーで宿泊費を払う際、「事後精算」のためだとして律義にレシートをもらっていたという。

髪を明るく染め、自分で切りそろえて「いたずら撮影」に臨んだフォンの、事件直前の自撮り写真=関係者提供
髪を明るく染め、自分で切りそろえて「いたずら撮影」に臨んだフォンの、事件直前の自撮り写真=関係者提供

板に付いた演技

 2月7日午後、この遠征で最初の「いたずら撮影」があった。場所はクアラルンプール国際空港第1ターミナルの到着ホール。フォンとミスターYはホールを見て回り、喫茶店で休んだ後、午後7時から撮影を始めた。

 フォンが警察に説明したところによると、撮影の際、あたりを見渡したミスターYは、ホールにいる東アジア風の旅行客を標的に選んだ。いたずらを仕掛けるよう指示し、携帯電話のカメラで動画を撮り始めたという。

 フォンは指示通り、旅行客の背後から、手早くベビークリームを塗りつけた。2、3歩、後ずさりしながら「ごめんなさい」とだけ告げ、去った。落ち着き払った演技に、ためらいの色はなく、一連の動作が体に染みついているような、手際の良さだった。その様子を捉えた監視カメラ映像が、後の捜査で確認されている。

 2月11日朝、2回目の撮影があった。場所は、やはりクアラルンプール国際空港。第2ターミナルにある出発ホールだった。出発ホールで落ち合ったミスターYは、ホールにいる西洋風の男性を標的に選んだ。フォンの手にベビークリームを垂らし、いたずらを仕掛けるよう指示した。

 フォンは言われるがままに、いつもの動作に移った。旅行客に背後から近づき、ベビークリームの付いた手で顔を触った。「ごめんなさい」と謝り、逃げた。タクシーの乗車券を使い、空港を後にした。

フォンが事件前に泊まっていたマレーシアの空港近くのホテル=乗京真知撮影
フォンが事件前に泊まっていたマレーシアの空港近くのホテル=乗京真知撮影

家賃5カ月分の報酬

 2回連続で撮影に成功したフォンの出演料は、これまでで最高の計300ドルに上った。フォンにとっては、ハノイの家賃5カ月分に相当する額だった。

 ミスターYは、次の撮影予定についても説明した。2日後の2月13日に、同じ出発ホールで、同じ時間帯に、3回目の撮影をするとのことだった。ミスターYは、こう告げたという。「次は大事な撮影だ。動画をユーチューブに投稿する」

 フォンはこの時点で、13日の標的が正男氏だということを知っていたのだろうか。「知らなかった」と言うフォンの主張を、覆すような証拠は見つかっていない。「いたずら」を装った暗殺事件は、ミスターYの思惑通りに、秒読み段階に入っていった。

     ◇

【フォンのホテル】捜査資料によると、フォンはマレーシアに着いた2017年2月4日から事件当日の2月13日までに、ミスターYの指示でホテル5軒を転々とした。ホテルを変えた4回のうち、1回は予約がいっぱいで延泊できなかったためだが、残りの3回は「いたずら」の撮影日と重なっている。「いたずら」のたびに宿泊先を変えることで、フォンの足取りをつかみづらくする狙いがあったと、マレーシア警察はみている。

フォンが事件当日まで泊まっていたマレーシアの空港近くのホテル=乗京真知撮影
フォンが事件当日まで泊まっていたマレーシアの空港近くのホテル=乗京真知撮影
<お断り>事件発生前から裁判までを振り返る連載「金正男暗殺を追う」(https://www.asahi.com/special/kimjongnam/3/)では、フォンさんの呼称(容疑者や被告など)の変化による混乱を防ぐため、呼称を省いています。フォンさんは4月1日にマレーシアの裁判所から禁錮刑を言い渡され、刑期を終えた5月3日に出所、ベトナムに帰国しました。
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