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IT・科学

「ラーメン二郎」が偽物検知AIに一役!? あの「全店分類」技術が…

ラーメン二郎とAIの関係とは……
ラーメン二郎とAIの関係とは……

目次

 インターネットオークションの悩みの一つは、偽物をつかまされることではないでしょうか……。この難しい問題を解決するため、瞬時に偽物か本物かを見抜くAIが登場しました。最先端の技術開発の裏には、大盛りの麺や肉、濃厚な味で熱狂的なファンがいる「ラーメン二郎」の存在があったそうです。ネットオークション最大手の「ヤフオク!」を運営するヤフー株式会社を取材しました。(朝日新聞西部報道センター記者・竹野内崇宏)

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出典: ヤフーへの取材に基づき朝日新聞が作成

1千万件以上のデータを学習

 常時6千万件超の出品を抱えるヤフオク。運営上、重要な業務のひとつが偽ブランド品などの出品を見抜いて排除することです。

 利用者からの通報などを端緒にしながら、24時間365日、コンピューターの自動検出と人の目でパトロールしてきました。偽物だと見抜けば出品情報を削除し、資格停止などの対策を取ることもあります。ただ、写真など限られた情報の中で偽物を完全に見抜くことは難しいといいます。

ヤフオク!上でも機械学習による不正検知の取り組みを紹介
ヤフオク!上でも機械学習による不正検知の取り組みを紹介

 昨年11月、ヤフーはこれまでの対策に比べて3倍の精度で偽物を見抜く「偽物出品検知AI」を導入した、と発表しました。

 ヤフーが独自に開発したもので、コンピューターが自ら学習して賢くなるディープラーニング(深層学習)という手法を導入。実際に偽物が出品されてしまったケースも含めた1千万件以上のデータをAIに学習させることで、出品後、数秒以内に品物が偽物である確率を判定する仕組みです。

土井賢治さんが開発に携わった、ヤフオクの偽物出品探知AIのイメージ=ヤフー提供
土井賢治さんが開発に携わった、ヤフオクの偽物出品探知AIのイメージ=ヤフー提供

「二郎全店分類器」きっかけでヤフーに

 開発に携わったのは、ヤフー天神オフィス(福岡市)に勤める土井賢治さん(36)。AI開発の技術力を見込まれ、昨年4月にヤフーに転職した人材です。

 「AIも自分も、ラーメン二郎で学習したノウハウが生きています」と土井さんは言います。土井さんは別会社の技術者だった一昨年、「ラーメン二郎全店分類器」と呼ばれるAIを趣味で作成。ネット上に無料で公開し、AI業界でも話題になりました。

 二郎といえば、大盛りの肉や野菜、濃厚な味付けに加え、「ジロリアン」と呼ばれるファンの存在で知られるラーメンチェーン。東日本を中心に約40店が展開されていますが、土井さんのAIはラーメンを食べた人がネット上に投稿した写真だけを頼りに、どの店舗で提供されたものかを9割の精度で見分けられる、というものでした。

ヤフオク!に出品された偽物と、ラーメン二郎を見抜くAIを開発した土井賢治さん=福岡市中央区
ヤフオク!に出品された偽物と、ラーメン二郎を見抜くAIを開発した土井賢治さん=福岡市中央区

各店の二郎「AIなら見分けられるのでは」

 きっかけは東京勤務だった2年前、ジロリアンの同僚が「二郎5店舗を見分けるAI」を作ったことです。当時、二郎を食べたことがなかった土井さんには「どの店も同じラーメン」に見えましたが、「高機能なAIを作れば、全ての店を見分けることができるのでは」と思いつきました。

 ツイッターやインスタグラムに投稿されていた大量の二郎の写真と、その店舗のデータを収集。店ごとの違いをAIに学習させ、約2カ月で「二郎分類器」に育て上げました。

 「AIが見抜いているのは肉の大きさや形、野菜などの盛り付けに加え、テーブルや食器入れの色など店ごとのわずかな特徴です。こうした特徴をつかむ技術開発が、人の目で見ただけでは判断できない偽ブランド品を見抜く技術にも生きています」と話します。

ラーメン二郎を見抜くAIのツイッター画面。開発した土井賢治さん自身が品川店で食べた際の画像を送ると、AIは「品川店です」「(確率)100%」と正解をはじき出した=ツイッターから
ラーメン二郎を見抜くAIのツイッター画面。開発した土井賢治さん自身が品川店で食べた際の画像を送ると、AIは「品川店です」「(確率)100%」と正解をはじき出した=ツイッターから

二郎の識別技術を不正検知に応用

 当時は大量のデータを処理する数万円のサーバーレンタル費も自腹でしたが、AI開発を本業とする転職につながりました。

 「開発中に私も『学習』し、写真だけでだいたいどの店か見分けられるようになりました」と土井さん。「AIブームの波に乗り、趣味だったAI開発が仕事の中心になりました。ラーメン画像の集め方のちょっとした工夫で、AIの能力はダメになったり、良くなったりします。その経験が生きています」

 ヤフーによると、偽物出品検知AIの導入後は偽物とみられる出品が減り、「取引の健全化が進みました」と言います。広報担当者は「(土井さんの)強みが十分に発揮され、素晴らしい改善につながった。今後も活躍してもらいたい」と話しています。

「ラーメン二郎全店分類器」の経験が生きていると語る土井さん
「ラーメン二郎全店分類器」の経験が生きていると語る土井さん

機会あれば博多ラーメンでも

 土井さんは情報処理専攻の大学生時代からプログラミング一筋で、大手の情報通信企業に入社して技術を磨いてきました。

 広島県出身の土井さんは、妻の出身地、長崎県との中間である福岡で働きたいと考えていたところ、ヤフーがAI開発拠点を福岡に立ち上げると聞いて、手を挙げたそうです。

 自身は転職前に一度だけ、勤務先近くにあったラーメン二郎品川店を訪れました。「初めて入って、初めて食べたのに、盛り付けやどんぶりも懐かしく感じました。おいしくいただきました」

 福岡で暮らす今、「機会があれば多くの種類がある博多ラーメンでも、自動分類に挑戦してみたいですね」と話しています。

二郎AIの精度、納得の結果

 最後に、「ラーメン二郎にまなぶ経営学」の著作もある名古屋商科大学ビジネススクールの牧田幸裕教授に、二郎AIについて話を聞きました。

     ◇

 ラーメン二郎は店舗ごとに盛り付けや見た目が違うので、AIで見抜けることは納得の結果です。

 各店の店主は三田本店で修行しますが、そこで受け継ぐのは「お客さんにおなかいっぱいになってもらいたい」という哲学。その表現方法は店主によって異なっており、スープの濃さや麺の太さ、豚肉もバラや腕肉などバラエティに富んでいて、店主の哲学を表現した芸術作品と言えます。

 ラーメンを工業製品のように思っている人にとっては、店ごとに味や盛り付けが違うことはおかしいと感じるかも知れませんが、コアなファンにとっては、自分にフィットする二郎に出会える可能性があるから、各店を巡礼します。

 それぞれ強烈なインパクトのある各店の二郎の写真をファンがブログやSNSでアップするので、それが拡散していきます。SNSとの親和性も高いため、ネット上のコミュニケーションが盛んになった2000年代、二郎の人気や店舗も急増していきました。

 私も普段通っている二郎の店舗であれば写真だけで見分けることができます。AIは写真を何度も見て学習していきますが、人間も対象物への愛があれば細かいところも見分けられます。ラーメンのどんぶりの中だけでなくカウンターや食べたときの様子、空気を覚えているわけです。

 一卵性双生児の親が、子どもの顔を間違えないのと同じで、人間は記憶力ではAIにかなわずとも、愛情がそれを補っていくのかも知れませんね。

牧田幸裕教授
牧田幸裕教授

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