連載
#33 AV出演強要問題
有名AV女優が引退後「本番全面禁止」を訴える理由「業界の怠慢です」
元有名女優で世界初となるDVDでのアダルトビデオ(AV)作品に出演した小室友里さん(43)は、古巣のAV業界に危機感を抱いています。強要問題の裁判を傍聴したほか、11月に開かれた第三者委員会の報告会にも足を運びました。業界への提言として「おんぶに抱っこになっている本番行為の全面禁止」を掲げる彼女にその意図や、今後の業界への関わり方について聴きました。(朝日新聞記者・高野真吾)
――11月16日にはAV業界がつくった第三者委員会の活動報告会にも出ています
「この委員会は、AV作品の削除請求の窓口になっています。委員会の理事の1人が次のように言っていました。『古いやつは消して欲しいかもしれないと言っても、はっきり言ってモザイクはでかいし、画像も粗いし、現在の商品価値はないので、わざわざ(女性が)手を挙げなくてもいいかもしれないという、そういう時代のものまで含まれている』と」
「ここ女優の立場と食い違っているのですよね。子どもの学校でPTAの会長をやっている元女優は、お父さんのPTA役員と話をするとドキドキするという。見られていたらどうしようと。バレて、子どもがあんな子と付き合ったらダメよと言われるかもしれないと。切実なのです。そういう人には、私はこの削除制度を知らせるようにしています」
――この会見では、AVメーカーとプロダクションのアンケート結果が配られました。プロダクションの調査の中で「説明を聞きに来る女性は自ら応募、スカウトからの紹介どちらが多いか?」の問いに、半数近くがスカウトを挙げています。しかし、スカウトは委員会の管轄外です
「スカウトは昔から問題があります。AVと言わずに、プロダクションに連れてくれば金になるとの感覚の人もいます。以前はAVのスカウトはAVのみ、風俗のスカウトは風俗のみとのしきたりが強かったようですが、いまは一緒です。難しい問題ですが、AV業界が今後、何十年も生き残るためには精査しないといけません」
――同様にアンケートでは「総ギャラの開示」についても聴いています。AV制作会社から女優が所属するプロダクションにいくら入ったか教えることです。女優に開示していないプロダクションは2割、女優によっては開示するが半数で、完全に開示しているは25%に過ぎません
「私はもちろん開示してもらっていたし、プロダクションは全面的に開示すべきです。女優の疑問、ハテナを一つ一つ消していく作業が必要になります。また、開示することで女優は自分の価値を把握しやくなる。自分の価値が分かれば、そろそろ引退だなという判断基準になるかもしれません」
――この第三者委員会が10月に出したAV女優のHIV感染の判明が大きなニュースになりました。11月の報告会でも話題になりました
「HIVは薬でコントロールできるようになっています。さらに、この女優は撮影経由での感染でないとされています。その二つを前提にしても、もっと早く開示すべきでした。9月に判明し、10月22日の発表は遅すぎます」
「私は名古屋にある風俗グループのイメージキャラクターをしています。そこの社長が名古屋の風俗に出稼ぎにくるAV女優が性病検査をしてくれないと話していました。ちょっと知識があるからと、自分に関係ないと思っているとのこと。危ないです」
――AV業界に提言したいことはありますか
「本番の全面禁止です。本番行為に業界がおんぶに抱っこになっています。本来、本番はオプションの一つだったはず。AVはピンク映画に出演していた映画女優さんがセックスを見せる流れから始まった。それがいつの間にか本番が当たり前になった。それで演技をしているのでしょうか。エンターテイメントといえるのか」
「本番がなくても、十分に興奮させる作り手、出演者がセックスを扱うエンターテイナーのはずです」
――AV業界が本番に走ったのは、女性が演技ができなかったからと聴きます
「演出家が何とかすべきことで、女性のせいではありません。そもそも素人を連れてきているのですから。本番で解決するのは、業界の怠慢です」
「私は本番と疑似本番、両方を織り交ぜながらの撮影でしたが、疑似の方が心身共に楽でした。日本の性文化、性教育の中では、セックスをすることに対する女性のハードルは高い。自分の一番大切なものを『あげる』感覚が強いからです」
「女性が自らは明確に分かっていなくても、深層心理のなかでは、仕事で出会った男優との本番を重荷に感じます。大切なものを切り売りしながら生きている自分をダメだとする思いが蓄積されます」
――業界人は本番禁止をすると売り上げが減ると言います
「売り上げ減はみんなで一回、痛み分けをするしかありません」
「本番禁止は『AVの教科書化』問題の解決にも役立ちます。本来はフィクションであるはずのAVを信じ、AVみたいなセックスをし、男性が女性に乱暴な行為を傷つけている。疑似だと分かれば、まねないでしょう。女の体を守れるし、男の心も守れます」
――これからAV業界とはどう関わっていきますか?
「女優のセカンドキャリア支援をしたい。女優は引退後の生活に困ります。現役時代はお金が下手に入ってしまう。短時間で高収入の仕事に慣れると、一般企業でのお勤めがしんどくてしょうがない。それで業界に戻るとか、また女優だったのがバレて居づらくなって戻ってくる」
「女性としての生き方の再教育をしながら、仕事を紹介していく。いま私は講演活動などで色々な経営者とお付き合いがあります。女優のセカンドキャリアの話をすると、うちは女優だという過去は気にしない、紹介してくれたら面談をすると言ってくれます」
――女優のセカンドキャリア支援では、2年前にも動きがありました。とある元女優が中心になり団体を立ち上げ、クラウドファンディングでお金を集めました。しかし、成果は全くと言っていいほど出せずに組織を衣替えしています。彼女は一部の関係者にあいさつメールを送っただけで、この問題の表舞台から消えました
「難しいのは承知です。誰でもいいというのでなく、女優を選ぶことになるでしょう。確実な人を会社に送り込み、社会の信頼を勝ち取っていく。それを見れば現役女優も、次の道があるかもしれないと思える。とんでもない長い道のりだとは覚悟しています」
「お金を動かしている経営者に幅広くロビー活動ができるのは、おそらく元女優では私だけです。経営者とAV業界をつなぐ『レジェンド女優』。自分でいうのも何ですが、この活動は画期的です。そのパイオニアになります」
「世界初のAVのDVDを出した私がやらなくて誰がやるのだという気持ちでいます」
本番問題について、AVメーカーなどで構成する「知的財産振興協会」(IPPA、本部・東京)に所見を聴いたことがある。2016年夏のことだ。同年3月、国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」が報告書を出し、AV強要問題に関心が高まっていたころだ。
「本番の性交渉をしない」ことを求めたHRNに対し、IPPAは「慎重に検討する」と回答していた。
IPPA幹部はその理由を「制作サイドは、SEXの営みを撮っていく中で、本番がないとリアリティーにかけてしまうと言っています」などと説明した。
この意見は小室さんからすると「演出家が何とかすべきこと」だ。さらに小室さんが発する、本番ありきで「エンターテイメントといえるのか」という問いは重い。
そもそも「リアリティー」では、少人数の組織や個人で撮影する同人AVの「生々しさ」「素人臭さ」に勝てないとの意見を業界内部から聞く。事実、同人AVは勢いを増しているとされる。
第三者委員会の指導下にあるAV業界は、AV強要問題を直視すると同時に、自分たちが作るAVについても議論し、撮影手段、撮影内容を高めていくしかない。
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