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連載

#3 #withyouインタビュー

「ばい菌」と呼ばれ…サヘル・ローズさん「心の傷」との向き合い方 

俳優のサヘル・ローズさん=いずれも山本和生撮影
俳優のサヘル・ローズさん=いずれも山本和生撮影

目次

 イラン生まれのサヘル・ローズさん(32)は、中学校でひどいいじめを経験しました。「学校が全てではないです。本当の友達は、30代や40代で会うかもしれない」と語るサヘルさん。「心の傷」との向き合い方について聞きました。(聞き手 朝日新聞社会部記者・張守男)

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全部読めなくてもいいです、これだけ覚えておいて

サヘル・ローズさんのメッセージ
・全然強くなる必要も、すぐにはい上がる必要もない
・いっぱい寄り道してごらん。無駄な時間ほど財産
生きていく意味はたぶん誰にもわからない。見つけるのが人生

「『おしん』がいない……」

<サヘルさんはイランの孤児院にいた時に、養母になる女性と出会い、養女になった>

 母と私は生活に困り、日本で生活をしていた知人を頼って来日しました。1993年で私は8歳でした。最初に思ったのは「『おしん』がいない……」。NHKのテレビ小説「おしん」は、イランでも放映されていて大人気でした。でも、来てみると着物を着た人もいないし、大根も干されていなくて、驚き、少し悲しかったです。

 埼玉に住み、小学2年から学校に通い始めました。習慣や文化の違いに戸惑い、日本語が全くわからない私を救ってくれたのは、校長先生でした。毎日朝から夕方まで、校長室で日本語を教えてもらいました。昼の給食だけ他の子たちと同じ教室で食べていました。

「子どもって、なんでも我慢しちゃう」

 ところが、様々な事情が重なり、母と私は2週間ほど公園で生活せざるを得ない状況になりました。

 私は毎日同じ格好で学校に行っていて、たぶん悪臭もしていたと思うんですけど、みんなは私が公園で生活をしていたことは知らなくて。でも給食のおばちゃんは見て見ぬふりをせずに、私が帰ろうとした時に、私でもわかる日本語で声をかけてくれました。

 「ねぇ大丈夫なの? なにか困っていたら言ってね。おばちゃん助けるよ」

 おばちゃんは食事や洋服、自転車をプレゼントしてくれて、日本に住めるようにビザのことや工場勤務だった母にペルシャじゅうたんを販売する会社の仕事まで紹介してくれて。おばちゃんのおかげで公園生活を抜け出すことができました。

 子どもって、聞かれないと何も言わない。悪いことか正しいことか判断できないから、なんでも我慢しちゃう。だから、子どもが神妙な顔をしていたら、大人が「どうした?大丈夫?」と一言をかけてほしいです。モールス信号に気づいてくれた給食のおばちゃんのように。

男女両方からのいじめ

<サヘルさんは3回ほど引っ越しをし、小学校高学年から中学時代を過ごした東京では、深刻ないじめの被害に遭ったという>

 違和感を感じたのは、小学5年の時でした。誕生日会に友達を招待した時に母が出したバナナロールがきっかけです。うちは貧しかったので、母はスーパーで夜半額になったものを買ってきてくれた。

 振る舞われたのは1人一口くらいのサイズで、バナナの色も変色していたものでした。私にとっては十分でしたが、みんなに嫌な顔をされて。あの頃から「この子の家お金ないんだ。なんか違うんだ」って。

 中学に行くと、元々外国人で目立つ上に、リンスも買えなかったので癖毛が膨張した髪形で。当時イラン人による事件報道がたまたま多く、男女両方からいじめられました。「ばい菌ゲーム」が始まり、肩がぶつかっただけで「腐る」「サヘル菌」ってみんなに笑われて……。

「母が安心するサヘルちゃん」演じる日々

 授業中に両側の子が下敷きを顔の横に立てて、私が振り返ると「なんでこっち向くんだよ、顔が腐る。下敷きも使えなくなった」と言われました。後ろから蹴られて階段から落ちたこともあるし、上履きを目の前で捨てられたこともありました。先生も守ってくれなくて、見て見ぬふり。どんどんエスカレートしていきました。

 2週間くらい別の子がいじめられていた時期もありましたが、すぐまた私に戻ってくる終わりの無い生活。言葉や態度で無視されたり、そこにいないように扱われたり。心はすり切れていき、どんどん自分の存在価値が薄れてしまった。

 でも、それを母には言えませんでした。多くの子がそうだと思うけど、心配をかけたくないし、いじめられていることって意外と恥ずかしいことですよね。家に帰るまで毎日泣いて泣いて泣いて。それでも母が帰る時には、笑顔でいられるように自分のスイッチを切り替えていました。

 勉強ができる子、友達がいる子、いじめられていない子。「母が安心するサヘルちゃん」を演じていました。成績もどんどん落ちていったけど、成績表の5段階評価は「1」が一番いいと母にウソをついていた。

「この人にわたしは何か恩返しをしたの?」

 でもガラスのコップの中に入る水は限られていて、水があふれ出てパリンと割れる時がきました。中3の夏前だったと思います。もう死にたい、と。学校を早退した日、何かに気づいたのか、母がすでに家に帰っていて、部屋の角でしゃがんで泣いていました。

 いつも明るく、お金が無くてもご飯が無くてもニコニコしていて、プラス思考。そんな母の涙を見たのは、初めてでした。母を抱きしめた時、体が二回りも小さくなっていることに気づきました。白髪交じりでしわくちゃで、「お母さんも疲れた、死にたい……」。

 ああ、お母さんも私の前で優等生の母を演じていて、私のために頑張ってくれて、でも見えないところで苦しんでいて、体の負担もあったんだな、って。

 その時、それが神様の声だったと信じていますが、「この人にわたしは何か恩返しをしたの?」という声がした気がしました。その時まで親に育てもらうことが当たり前と思っていた部分があったけど、そうじゃなくて、これからは母のために生きよう、必ずこの人に恩返しをして楽させるために頑張ろう、と。初めて生きる目標ができたんです。

「心の傷、完全に消化しなくてもいい」

<中学の卒業式を笑顔で迎えたサヘルさんは、中学時代に使った品は全て捨てた。高校に入ると、いじめはなくなり、個性を伸ばすことを応援してくれた先生との出会いも。在学中からラジオ番組などで芸能活動を始め、大学にも進学した>

 中学であれだけ苦しかった学校生活だけど、母のために仕事をするには知識が必要だと考え、高校に進学しました。「偉大な母」を歴史に刻むために、私が有名になろうと考えました。

 どこ生まれだろうか、どういう境遇だろうが、人間は生きてちゃんと立派になれることを証明したい。私の記事はイラン語でも掲載されて、イランの施設の子どもたちを勇気づけている、とも聞いています。

 成人式で、中学時代の級友たちが謝罪してきました。だれしも、いつかは自分の過ちに気づくものです。いじめられたことは、私自身、乗り越えたというより受け入れたんだと思います。心の傷は残っている。完全に消化しなくてもいいんじゃないかな、と思っています。

「自分の弱さも闇も、抱えたままでいいよ」

 私は、大人になって楽になりました。身長と同じで、高くなれば、違った視点から物事を見ることができる。そして、いろいろな人に出会える。

 今しんどい君に伝えたいのは、全然強くなる必要もなければ、すぐにはい上がる必要もない。疲れたら立ち止まっていいよ、っていうことです。立ち止まっている時ほど、インプットする機会。吸収して厚みのある人になってほしい。私は弱いですって言える大人になってほしい。自分の弱さも闇も、抱えたままでいいよ。

 学校が全てではないです。本当の友達は、30代や40代で会うかもしれない。社会に出てから会う人たちが、自分の教科書のような存在になってくれることもある。

 自分がしたいことがわからない時は、いっぱい寄り道してごらん。無駄な時間ほど財産になる。だから焦らなくていい。年齢なんて関係なく、自分の好奇心を探ってほしい。

「みんなわからないと思えば楽だよ」

 生きる意味もわからない子がいたら、ふと思ってほしい。今、地球の裏側で、あなたと同年代の子たちがもっともっと過酷な状況で、生きたくても生きられず、苦しんでいることを。

 たしかにつらいかもしれないけど、日本という安全な国で勉強ができて、親がいて食べられるものがあって着られる服があって。この恵まれた環境にいることを考えてみてほしい。生きているだけで意味があると思えるから。

 生きていく意味はたぶん誰にもわからない。それを発見するのが人生じゃない? みんなわからないと思えば楽だよ。


 ◇ ◇ ◇

 イラン生まれ。8歳で養母と来日。「探検バクモン」(NHK)などに出演中。出演する映画「西北西」は9月15日公開。舞台「恭しき娼婦2018」は10月10日から上演予定。32歳。

 

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