連載
#9 金正男暗殺を追う
<金正男暗殺を追う>4日前の密会「スパイと接触」消えたUSBの行方
金正男(キム・ジョンナム)氏は殺害される4日前、マレーシアの離島にいた。正男氏が訪ねたのは、ビーチでも、スパでもない、ホテルの一室。そこで待ち受けていたのは、米国のスパイと目される人物だった。(朝日新聞国際報道部記者・乗京真知)
2017年2月8日、正男氏はマレーシアの首都クアラルンプールから、国内線で北部のランカウイ島に移動した。周囲に行き先は告げていなかった。
空港に着いた正男氏は、長袖の上着をはおり、頑丈な黒のバッグを抱えていた。海風がそよぐリゾートには、およそ似つかない格好だった。
シルバーのタクシーをひろった正男氏は、島の南端へ。向かったのは、オレンジ色の瓦屋根が、白壁に映える王宮風の五つ星ホテル。目の前には白砂のビーチが広がっていた。
ホテルでは、ある男性が正男氏の到着を待っていた。眼鏡をかけた半袖半ズボン姿の中年男性。口にたばこのようなものをくわえていた。正男氏よりも1日早くホテルにチェックインしていたという。
ホテルの監視カメラの映像によると、男性と正男氏は9日午後1時ごろ落ち合い、ホテルのスイートルームに入っていった。そこから2人は、約2時間にわたって密談していた。
注目されるのは、これと相前後して、正男氏のノート型パソコンにUSBメモリーが差し込まれたらしい、ということだ。
USBメモリーは正男氏の身辺から見つかっておらず、男性が持ち去った疑いがある。つまり、正男氏が口頭では伝えきれない量の情報を、男性に渡していた可能性を示唆している。
こうした情報は、パソコンを解析したマレーシア警察のサイバー捜査で判明した。
男性は、いったい何者だったのか。
現地調査したマレーシアの捜査幹部は、男性の素性について「バンコクを拠点に活動しているコリア系米国人」だと説明した。男性は過去にも、正男氏とマレーシアで複数回、接触していたという。
さらに捜査幹部は「米国のスパイ機関のエージェントとして動く彼と正男氏との接触を、入国のたびに監視してきた」と明かし、こう付け加えた。
「監視していたのは、我々だけではないはずだ。北朝鮮当局も、正男氏の足取りを追いかけていたのだから」
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【金正男氏と外国機関】正男氏は生前、知人に「半年に1回くらいのペースで、クアラルンプールの米大使館に行っている」と話していた。また、クアラルンプールの仏大使館ともつながり、欧州を旅するためのビザを取っていた。マカオの自宅は中国政府の監視下にあった。日本の外務省職員と連絡を交わしたことがあると公言していたほか、韓国の情報機関と接触していたと伝えられた。北朝鮮の指導者一家に生まれた正男氏は、好むと好まざるとに関わらず、生涯を通じて諜報の世界と無縁ではいられなかったようだ。なお、ランカウイ島での「米国のスパイ機関のエージェント」との密会は、朝日新聞が捜査幹部の話として2017年5月13日の朝刊で写真とともに初めて報じた。
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