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日本人が知らない…アメリカ「差別の闇」 自宅前に「縛り首の縄」

アメリカ・テネシー州の農家のはりにぶら下げられた縛り首の縄を見せる白人至上主義団体の男性=2015年7月
アメリカ・テネシー州の農家のはりにぶら下げられた縛り首の縄を見せる白人至上主義団体の男性=2015年7月 出典: ロイター

目次

 アメリカで人種差別のない社会の実現を説いた、マーチン・ルーサー・キング牧師の暗殺から4月で50年になりました。アフリカ系の大統領も生まれ、日本から見ると差別はなくなったように思えますが、実は最近になって、黒人を狙った不気味なヘイトクライムが増えているといいます。使われているのは「縛り首の縄」。いったい何が起きているのでしょうか?(朝日新聞アメリカ総局・香取啓介)

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「これは、殺しの脅迫です」

 東部ペンシルベニア州ピッツバーグの住宅街。

 昨年10月24日の夜、夕食を終えたダスティン・ギブソンさん(29)がアパートの前に止めた車に忘れ物を取りに出たところ、街路樹にひものようなものがぶら下がっているのに気づきました。

 近づいてみると、黒いUSBコードで作った「縛り首の縄」でした。

2017年10月、米東部ピッツバーグの住宅街のアフリカ系米国人カップルの自宅前で見つかった縛り首の縄。USBケーブルを街路樹にくくりつけている
2017年10月、米東部ピッツバーグの住宅街のアフリカ系米国人カップルの自宅前で見つかった縛り首の縄。USBケーブルを街路樹にくくりつけている 出典: ジャメリア・モーガンさん提供

 「何かの偶然じゃないか。たまたまうちの前に冗談で置かれただけだ」

 しかし、すぐに考え直しました。この場所は自分がいつも車を止める場所で、地域に住んでいる黒人は自分たちだけだ。

 部屋に戻ったギブソンさんは、同居している恋人のジャメリア・モーガンさん(33)を「ちょっと見せたいものがある」と連れ出しました。

 モーガンさんは「彼は一目見ただけで分かるほど、ショックを受けている様子でした。口に出して言うこともできなかったんだと思います」と振り返ります。二人は口をそろえました。

 「これは、殺しの脅迫です」

150年前にさかのぼる歴史

 ロープの端を輪状にした「縛り首の縄」(noose)は、猟のわなや罪人の首を絞めるため、古くから使われてきた道具です。

 しかしアメリカ人、特にアフリカ系の黒人にとっては、特別な意味を持ちます。

 アメリカを二分した南北戦争(1861~65年)で、南部連合は奴隷制存続を掲げて戦い、敗れました。奴隷だった黒人は解放されましたが、南部諸州を中心に、公平な取り扱いを求める黒人への激しい迫害が相次ぎました。

 白人至上主義団体KKK(クー・クラックス・クラン)ができたのもこのころです。

 罪を犯したとされた黒人は裁判にもかけられず、白人に銃で撃たれ、拷問され、街中の木や電柱につるされて見せしめに。警察や自治体も黙認しました。

 こうしたリンチに使われたのが縛り首の縄でした。

バージニア州で、十字架に火をつける白人至上主義団体KKKのメンバー=2014年10月
バージニア州で、十字架に火をつける白人至上主義団体KKKのメンバー=2014年10月 出典: ロイター

 貧困や人種問題に取り組む非営利団体「イコール・ジャスティス・イニシアチブ」によると、犠牲になったのは1877年から1950年までに確認されるだけで4075人に上るといいます。

 「我々は歴史的意味を知っています。この国で黒人が台頭しようとすると、差別や弾圧で押し戻されてきた。縛り首の縄はそのシンボルです」とギブソンさん。

 「権力に盾突いてはいけない。盾突けばおまえもこうなる」という脅しだと言います。

「誰かが見ているかと思うと外出も怖くなった」と、事件について話すギブソンさん(左)とモーガンさん。事件を知った住民から励ましの手紙や折り鶴が届けられたという=昨年11月、ピッツバーグ、香取啓介撮影
「誰かが見ているかと思うと外出も怖くなった」と、事件について話すギブソンさん(左)とモーガンさん。事件を知った住民から励ましの手紙や折り鶴が届けられたという=昨年11月、ピッツバーグ、香取啓介撮影

 ギブソンさんは自立支援センターで働き、モーガンさんは人権派の弁護士です。二人はそのことが標的にされた原因かもしれないと考えています。

 警察と連邦捜査局(FBI)に通報しましたが、犯人はいまだ分かりません。

縛り首の輪が見つかった街路樹の脇に立つギブソンさん(左)とモーガンさん。事件を聞き、連帯を示そうと近所の住民や子どもたちが結びつけた折り紙や飾りがあった=昨年11月、ピッツバーグ、香取啓介撮影
縛り首の輪が見つかった街路樹の脇に立つギブソンさん(左)とモーガンさん。事件を聞き、連帯を示そうと近所の住民や子どもたちが結びつけた折り紙や飾りがあった=昨年11月、ピッツバーグ、香取啓介撮影

博物館、職場…昨年から急増

 縛り首の縄による脅しは、今に始まったことではありません。

 ただ、縛り首の縄の歴史について著作のあるデニソン大学のジャック・シュラー准教授は、昨年から全米で急激に増えているといいます。報道されたものだけでも昨年3月以降、30件以上は確認できます。

アメリカの首都ワシントンに立つ黒人指導者マーチン・ルーサー・キング牧師の像=2018年4月
アメリカの首都ワシントンに立つ黒人指導者マーチン・ルーサー・キング牧師の像=2018年4月 出典: ロイター

 たとえば首都ワシントンでは昨年5月、アメリカン大学でバナナを縛った輪が見つかりました。

 翌月には前年開館したばかりの国立アフリカン・アメリカン歴史文化博物館で、黒人分離政策を説明する展示室に縛り首の縄が置かれました。

 キング牧師の記念碑近くでも見つかりました。

 10月にはニューヨークのメトロポリタンオペラの上演直前の楽屋でも見つかり、警察が捜査に乗り出しました。

 職場や建設現場、学校などで見つかり、ハロウィーンの飾りとして人形を縛って庭先につり下げた家が、通報される騒ぎも起きています。

 フロリダ州の消防署では、黒人の同僚の家族写真に縛り首の縄を置いたとして、消防士6人が解雇されました。

2017年11月、マイアミの消防当局が提供した写真。職員の家族写真に性的ないたずら書きとともに、縛り首の縄が置かれていた
2017年11月、マイアミの消防当局が提供した写真。職員の家族写真に性的ないたずら書きとともに、縛り首の縄が置かれていた 出典: ロイター

 FBIの2016年の統計によると、人種や民族を理由にしたヘイトクライムの約半数が黒人に対するものでした。

 ヘイトクライムを調査する南部貧困法律センターは、黒人を差別するために最も広がっている方法の一つが縛り首の縄だとしています。

 「私は誰も差別するつもりはありませんでした。私は人を憎んだりする人間ではありませんし、両親からもそう教わっていません」

 メリーランド州の中学校に縛り首の縄を置いたとして、ヘイトクライムなどの容疑で執行猶予付きの有罪になった19歳の男は、120時間の社会奉仕活動を課され、こう弁明しました。

 シュラーさんは「権力にある人間、つまりトランプ大統領とその支持者たちが、ヘイトに走ることを許しています。たとえ歴史や深い意味が分からなくても冗談では済まされません」と話します。

ハリケーン「ハービー」の被災者が集まる避難所に設けられた理髪所。ボランティアが運営する=2017年9月1日、ヒューストン、香取啓介撮影
ハリケーン「ハービー」の被災者が集まる避難所に設けられた理髪所。ボランティアが運営する=2017年9月1日、ヒューストン、香取啓介撮影

 私は昨年秋、特派員としてアメリカに赴任しました。恥ずかしながら、黒人差別がここまで根深いものだとは、思いもしませんでした。

 しかし、当地で過ごす時間が長くなるにつれ、格差を目の当たりにすることが増えています。

 たとえば、アメリカでは住む地域で子どもが通う学校が決まっています。

 学校を比較するサイトが人気で、生徒1人あたりの先生の人数や学力テストの成績のほか、人種構成や、ランチ無料券を使う所得の低い世帯の生徒の人数も公表されています。

 調べると低所得の生徒が多い学区は黒人比率が高い傾向が分かります。

 また、昨年秋にハリケーンの直撃を受けた南部テキサス州のヒューストンを取材したときは、避難所に集まっているほとんどが黒人でした。タクシー運転手は、夜中に黒人を乗せるのを嫌がるという話も聞きます。

あの人が憎悪あおる?

 「事件を聞いたときは、友人としても人間としても本当に彼らを心配した。でも驚きはしなかった。この国ではありふれているから」。

 ギブソンさんの友人で、ピッツバーグの人権団体トマス・メルトン・センターのオーガナイザーを務めるガブリエル・マクモランドさんは話します。

ワシントンで就任式に臨むオバマ大統領(当時)とミシェル夫人=2009年1月
ワシントンで就任式に臨むオバマ大統領(当時)とミシェル夫人=2009年1月 出典: ロイター

 アメリカでは2008年、オバマ氏が黒人初の大統領に選ばれました。
 
 しかし、就任直後から保守派の「ティーパーティー運動」をはじめ、激しい反オバマ運動が始まります。「オバマ氏はイスラム教徒だ」などというデマが広まったのもこのころです。

 こうした動きの中から、白人至上主義を公然ととなえる「オルト・ライト」運動が生まれ、トランプ氏を支持しました。

 マクモランドさんは「(台頭する黒人への)恐れなのか、怒りなのかは分からないが、確実にオバマ政権誕生へのリアクションです」と話します。

集会でガッツポーズをするトランプ氏=2016年11月、バージニア州リースバーグ、ランハム裕子撮影
集会でガッツポーズをするトランプ氏=2016年11月、バージニア州リースバーグ、ランハム裕子撮影

 トランプ氏は2016年の大統領選で、自身を「あなた方が会った中で私は一番差別主義者ではない」と話し、黒人の支持者もいると胸を張りました。

 ですが、不動産事業をしていた1970年代に黒人にアパートを貸さなかったとして、人種差別で国から裁判に訴えられています。

 選挙戦で強く訴えたのはメキシコなどからの移民が犯罪を持ち込み、雇用を奪うということ。

 集会で抗議して白人の支持者に暴行された黒人に対しては「暴力を振るわれて当然」と話し、警察の差別的な取り締まりや行きすぎた捜査に対する黒人の集団抗議を「警察への戦争だ」と批判しました。

 KKKの元幹部の1票を断るかテレビ番組で聞かれた際には、「よく分からない」などと答え、断りませんでした。

 こうした姿勢は差別や暴力を許するものだとして共和党議員からも「悪魔を呼び起こした」(マーク・サンフォード下院議員)と激しい批判が起きています。

バージニア州シャーロッツビルで白人至上主義団体とそれに抗議する団体が衝突した=2017年8月
バージニア州シャーロッツビルで白人至上主義団体とそれに抗議する団体が衝突した=2017年8月 出典: ロイター

 懸念が現実になったのが昨年8月、バージニア州シャーロッツビルです。

 白人至上主義団体が南部連合の将軍の像の撤去に反対する集会を開き、それに抗議するデモと衝突。白人団体側の男が車で突っ込み、抗議デモにいた弁護士補助職員ヘザー・ヘイヤーさん(当時32歳)が亡くなりました。

 トランプ氏は「両者に非がある」などと語り、これまでヘイトクライムをはっきりと非難してきた歴代大統領と一線を画しています。

 

アメリカンフットボールプロリーグNFLの試合前、国歌斉唱中にひざをついて人種差別に抗議するマイアミ・ドルフィンズの選手=2017年9月
アメリカンフットボールプロリーグNFLの試合前、国歌斉唱中にひざをついて人種差別に抗議するマイアミ・ドルフィンズの選手=2017年9月 出典: ロイター

 人種差別に抗議して、試合前の国歌斉唱でひざをつくアメリカンフットボールのNFL選手に対しても、ツイッターや公式の場で何度も非難。差別感情を明らかに刺激しています。

 マクモランドさんは言います。

 「トランプは魔術を使ったのでも、洗脳をしたのでもありません。心の中にある差別感情を声に出してもいいんだ、差別に基づいて振る舞い、脅迫してもいいんだと人々に思わせたのです」

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