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ラッパー椿が挑む社会の縮図「女性枠」への迎合「私は選びたくない」
ヒップホップの世界でも押し付けられがちな「女らしさ」や「男らしさ」に対して、疑問を投げかける女性のラッパーがいます。福岡県出身の椿さん(26)です。「フィーメールラッパー」とくくられることへのやりづらさ。そんな現場の文化を変えようともしている椿さんが向き合っているものは、「社会の縮図」なのだと話します。
椿さんに取材を申し込んだのは、2月に放送された番組「フリースタイルダンジョン」(テレビ朝日)がきっかけでした。この番組は、1対1で即興の言葉をぶつけ合いスキルを競う「MCバトル」を見せるものです。
この時のバトルは椿さんが、対戦相手と「同じにおいがする(似ているという意味)」と言われることが、「全然うれしくねえよ クソ加齢臭」と切り出した所から始まりました。
MCバトルにあまりなじみがなかった記者には、少し驚くような言葉の応酬が続く中で、対戦相手の「高い声でキャンキャンほえるそのものだ それはまるでヒステリックな女 そのものだ 自分を偽るな 俺が女だったらおっぱいを出すぜ」などの言葉に、椿さんは次のように返します。
椿さんには、ヒップホップの現場で感じてきたことがあります。
「女性MCのことを、『かっこいい!』と見ているのではなく、『誰がかわいいか』と見ている人は多い。社会の根深い問題として、女性は外見の美しさとか、『女性らしさへの評価』が人生に大きく影響する部分がある。女性MCに『女性ならではの』を求める声もある。そうやったら評価されるかというと、『女を利用している』と言われることも」
15歳の頃にラップを始めた椿さんは、「マッチョな土壌」に乗る選択をしてきた中で、「男のまねをしているだけ」と切り捨てられたこともあったといいます。
「自分の激しい部分を全開にしてラップをやっているから自然な姿なんですけど、普段の自分とのギャップもある。普段通りでマイクをにぎっても、なめられるだけなので。フィーメールラッパーとくくられることで、すごくやりづらく感じている人もいる」
社会的な「女らしさ」と「男らしさ」。どちらに寄せても、受け入れてもらえないもどかしさがあるようです。
椿さんによると、女性のラッパーに対する批判の中で、「すぐに下ネタに走る」というのがあるそうです。椿さんは「その子たちの中には、下ネタを言われてMCバトルで負けて、くやしい思いをし、免疫をつけようと自分で言うようになった人もいる。根深いものを感じます」と分析します。
ほかには、「女は有利だ。男性が通るヒップホップのたたき上げのプロセスを通過していない」という声もあるそうです。椿さん自身は地元福岡で過ごした10代の時、地元のグループの中で「女のくせに」と言う人を見返そうとラップを始め、型枠大工の道に進んだ過去があります。
大工時代には、新人の男性職人が「女(椿さんのこと)に負けて悔しくないのか」としかられているのを聞いたことも。「私は3~4年やってるんですよ。一緒にすんなと言いたい」。男性の生きづらさも感じると共に、対等に見てもらえないもどかしさがありました。
「むしろ、女性は対等に見てもらえず、たたき上げるステップを踏ませてもらえない面がある。ヒップホップシーンにあるのは、社会の縮図なんです」
そもそも、「フィーメールラッパー」とくくられることにもやりづらさがあると話します。
「『どうして女の子がラッパーになったの?』ってよく聞かれるんですけど、男性ラッパーはそうは聞かれないと思うんですよ。『どのフィーメールラッパーを聞いてきたの?』ともよく聞かれるんですけど、私はフィーメールラッパーじゃなくて、ラッパーになりたくて始めたんです」
ライブに呼ばれた際に、運営側から「女の子のラッパーが欲しかったんだよね」と言われたこともあったそうです。女性を飾りとしか思っていないのではないか……。そんな思いが椿さんをMCバトルに駆り立てたといいます。
「MCバトルなら、勝ったら正当な評価をされると思った」
2017年、椿さんは結果を残しました。レコード会社ライブラが主催する「ULTIMATE MC BATTLE」(UMB)の決勝大会に、女性で初めて進出したのです。都道府県予選の優勝者が集まる全国大会です。全国の総エントリー数が2千人を超える中で、ベスト16に入りました。
今、目標に掲げるのは、MCバトルで日本一のタイトルをとることです。それには理由があります。
「ベスト16になっても、『いや~フィーメールでは一番だよ』と声をかける人がいた。1位になって、女性枠に固執した見方を変えたい。誰かが目指し続けないといけない」
今まで、MCバトルの言葉の応酬の中で不当だと思うものに抗うと、愛想がないと批判されたり、女性から「それじゃきついだけ。女性なんだから、しなやかに生きようよ」と助言されたりすることもありました。椿さんにとっても発信し続けることはしんどいことだといいますが、それでも椿さんは「私は迎合を選びたくない」と話します。
椿さんは、昨年11月にリリースしたアルバム「美咲紫」に収録した曲の中で、こう歌っています。
椿さんは、弱い者の立場に立てて、影響力を正しく使うラッパーがかっこいいと考えています。「ラップには言葉で人を救う力がある。人生の陰の部分も表現しながら、誰かの生きる力になりたい」
椿さんは決して、女性の権利だけを大声で言っているのではありません。誰もが、持って生まれたものや、自分の努力でなかなか変えられないことを理由に差別されることはあってはならないという思いが伝わってきました。
椿さんがヒップホップの現場で感じるもどかしさを聞き、性別を理由に社会でくやしい思いをしている人、してきた人たちと共通するものがあると感じました。それぞれの場所で、個人が何かを変えようととる行動が、社会をつくる力になっているのだと、考えました。
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