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2018年04月05日

金正恩氏を追え! 北京を駆け回った記者の24時間 駅か?それとも…

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北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)と中国の習近平国家主席。朝鮮中央通信配信

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)と中国の習近平国家主席。朝鮮中央通信配信

出典: ロイター

 北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長が中国を極秘で訪れ、習近平国家主席と会談しました。北京駅に「ミステリートレイン」が現れたのは3月26日午後3時半、手元にあった情報は「乗っていたのは、おそらく北朝鮮の要人」のみ。一体誰がやって来たのか。この目で確かめるべく、追跡が始まりました。世界を揺るがす国際政治の舞台裏で、記者がしているのはこんなことです。(朝日新聞中国総局・冨名腰隆)

遅れた出足、既にゆるかった駅の警備

北京駅にやって来た特別列車

北京駅にやって来た特別列車

出典: ロイター

 出足は遅れました。「北京駅周辺が何だかおかしい」と聞きつけて飛び出したのは、列車が到着して数時間後のこと。それも後から知ったことですが。

 駅に着くと、普段と変わらぬ様子。大きな荷物を持って駅から出てくる人に「深緑色の列車を見ましたか?」と聞いても、要領をえません。

2011年に丹羽宇一郎駐中国大使(当時)がチベット自治区を訪問。「緑皮車」はとりわけローカル線でよく見かける

2011年に丹羽宇一郎駐中国大使(当時)がチベット自治区を訪問。「緑皮車」はとりわけローカル線でよく見かける

出典: 共同代表撮影

 当然です。緑色の列車は中国国内でよく見かける存在で、「緑皮車」と長く親しまれています。日本の新幹線にあたる高速鉄道を除けば、今も目にする列車です。よほどの鉄道ファンか、注意して見る人でなければ、北朝鮮から来た特別列車との差に気付くことはありません。

 中国では電車に乗る人しかホームに行けませんので、入場券で入るということも不可能です。そもそも、このゆるい警備状況ではもはや要人はいないだろうと考え、違う場所をめざすことにしました。

人民大会堂に近付けず、釣魚台国賓館へ

 向かったのは、駅からほど近い人民大会堂。中国が要人を迎える場所といえば、ここです。

 ところが、普段なら通れるはずの手前の道が封鎖され、近づけなくなっていました。手ごたえを感じつつ、車の出入りすら見えないのではどうしようもないので、国外の来賓が宿泊することの多い「釣魚台国賓館」に先回りすることにしました。

釣魚台迎賓館前の交差点。26日夜は、まだ近くを歩けた=冨名腰隆撮影

釣魚台迎賓館前の交差点。26日夜は、まだ近くを歩けた=冨名腰隆撮影

 釣魚台国賓館には、車で15分ほどで着きました。警備は……おお、いるいる。すでに夜のとばりが下りていたのですが、数十台のパトカーのランプがまぶしく、異様な光景でした。ここに来ると確信して、少し遠くに車を止め、歩いて近づくことにしました。

 ここも規制があるかもしれないと少し不安だったのですが、すんなり門の前まで来ることができました。ただ、立ち止まっていると「止まるな、行け」と促されます。

 中国では夕食後に散歩したり公園で踊ったりする人が多く、歩いている限りではふつうの一般市民です。私は「街の人」を装い、カメラをリュックに忍ばせて、歩いて観察することにしました。

警察官「俺が知るわけない」

26日夜、警備にあたっていた警察官

26日夜、警備にあたっていた警察官

出典: ロイター

 国賓館の前にはベンチを設置した小さな広場があるのですが、そこに入ると、見かけた顔がチラホラ。北京駐在の日本や韓国メディアの記者たちでした。みな考えていることは同じです。

 近くにいた警察官が仲間同士で談笑していたので、話しかけてみました。

私「国賓館の中に要人がいるのですか?」
警察官「そんなこと俺が知ってるわけないだろ」
私「この警備は何時まで続きますか?」
警察官「何時だろうなあ……ま、遅くなるよ。仕方ないね」

門前から排除され、開き直って撮影態勢に入る記者たち(私もです)=冨名腰隆撮影

門前から排除され、開き直って撮影態勢に入る記者たち(私もです)=冨名腰隆撮影

 隣の同僚に(早く帰りてえなあ)と顔で訴える警察官。

 ところが午後10時過ぎ、そんな和やかなムードが一変しました。「さあ、ここから出て行け」と我々も本当の一般市民も一斉に排除。あっという間に50メートルほど遠ざけられてしまいました。

 こうなったら市民のふりをしたところで同じこと。10数人の記者がカメラを構えて待ち続けました。

 警察官が数人やって来て、全員の身分証をチェックしましたが、「撮影するな」とは言われませんでした。

ついに車列登場、カメラに写っていたのは…

 緊張が張り詰める中、30分後、人民大会堂がある南側の道路から20台以上の車列が、釣魚台国賓館の中に吸い込まれるように入っていきました。

 私も300ミリの望遠レンズを付けたカメラで、ひたすらシャッターを切り続けました。約1分で車はすべて敷地内に消え、門は閉ざされました。

 さあ、ここに金正恩朝鮮労働党委員長が写っていたら「勝負あった」です。期待して自分の撮った写真を見返しました。

釣魚台国賓館に入る車列。儀仗兵の姿も見えた=冨名腰隆撮影

釣魚台国賓館に入る車列。儀仗兵の姿も見えた=冨名腰隆撮影

 しかし、黒塗りの車の中をとらえた写真はなし。北朝鮮大使館が普段使う車があればと、ナンバーもチェックしましたが、それらしいものはありませんでした。

 ただし、国家元首や高官を警護する儀仗兵が門にずらりと並んでいるのが確認でき、やはり地位のかなり高い人物が来ていることは分かりました。

 もう1時間ほど待ちましたがそれ以上動きはなく、2日目にかけることにしました。

市民のふりをして近付こう

 翌27日は午前7時半に再び釣魚台国賓館前に来ました。まずは車で門へ。

 警察官が車の中までのぞき込み、車内からの撮影まで警戒していました。

 前日のこともあり、まずは再び市民のふりをして近づこうと、200メートルほど離れた所に停車し、手ぶらで歩いて行きました。

一気に厳戒体制

一気に厳戒体制

出典: ロイター

 警察官は道路両側の歩道に10メートルごとに配置されていました。通勤時間帯で、まわりには通勤中であろう中国人もたくさんいました。

 やや緊張しながらも、私は少し自信がありました。日本でも、政治家の出勤などを待ち伏せる「夜討ち・朝駆け」取材を長年やっていました。こうした街の風景に自らを同化させるのは得意です。もともと存在感が薄いとの指摘もありますが……。

警察官「お前記者だろ」 なぜばれた?

 ところが、です。門まであと100メートルというところで、警察官に突然「おい」と呼び止められました。

警察官「身分証見せろ」
私「ん?持ってません」
警察官「何言ってんだ、お前記者だろ。記者証出せ」

 万事休す。中国政府が発行する記者証を出すと、スマホでパシャリと撮影され「ここから先は進んじゃダメ。写真も撮るな。見てるだけだ、いいな!」ときつく言われました。

釣魚台国賓館前の道を行き交う一般市民。奥に見えるのが私を呼び止めた警察官=冨名腰隆撮影

釣魚台国賓館前の道を行き交う一般市民。奥に見えるのが私を呼び止めた警察官=冨名腰隆撮影

 それにしても、歩く人の流れに逆らったわけでもなく、なぜばれたのか。

 悔しくなって「どうして記者だと分かったのか?」と聞くと、警察官は私の足元を指さし、得意げにこう言いました。

 「お前、靴がきれいすぎるぞ。こんな市民はいない」

 ……失敗しました。今年2月に上海から北京に転勤してきた私は、心機一転とばかりに靴を新調していたのです。

 ただ、やっちまったなあと天を仰いでいたら、私を「捕獲」した警察官は、中国人も片っ端から身分証チェックしていました。要は、仕事に忠実なマメな人だったようです。

 いずれにせよ、この道を選んで歩いたのが運のつき。私と同じように釣魚台国賓館前から排除された他の記者とともに、100メートル手前から出発を見守ることになりました。

人民大会堂とは逆の方向へ

天安門広場の前を横切る車列。21台のバイクが先導したという。朝鮮中央通信配信

天安門広場の前を横切る車列。21台のバイクが先導したという。朝鮮中央通信配信

出典: ロイター

 車列は午前9時半に釣魚台国賓館から出てきました。制止を無視してカメラを構えましたが、この日は大気汚染もひどく、かすんでしか見えませんでした。

 ただ、人民大会堂とは逆の、北方向へ車列が走るのが見えました。

 同僚たちに連絡を入れ、ただちに追いかけることにしました。しかし、車列一行が通る道はすべて封鎖されます。後方につけるとかえって動きにくくなるため、行き先を予測しながら違う道を使うしかありませんでした。

北駅か、「北京のシリコンバレー」か

 SNSをチェックすると、「道が止められて前に進めない」「誰が来てるの?仕事に遅れる~」などの嘆きが次々に投稿されていました。

 そんな情報を集めながら、目的地を二つに絞りました。一つは北京北駅。もう一つがIT企業や研究所が集積し、「北京のシリコンバレー」と呼ばれる中関村地区です。

金正恩氏が乗っていたとされる黒色のリムジン。至近距離でもやはり中は見えない

金正恩氏が乗っていたとされる黒色のリムジン。至近距離でもやはり中は見えない

出典: ロイター

 北京北駅には、要人一行が来た時と似た列車が待っているとの情報がありました。一方、中関村には正恩氏の父・金正日総書記が2011年に訪中したとき、視察に訪れた大手IT企業がありました。

 悩みながらも、距離の近い北京北駅を目指すことにしました。道路は大渋滞でしたが、5キロの距離を40分かけて到着。

 この駅は6年前の留学時代に何度も乗り降りしていたため、よく知っています。ホームの見える近くのビルへ入り、階段を上って見下ろすと、停車している列車はゼロ。ここに来ていないことはすぐに分かりました。

 直ちに車へ引き返して、中関村へ向かいましたが、やはりタイムロスは否めません。焦りがつのりました。

たのもしい協力者、実は…

金正日氏が視察したIT企業が入る建物=冨名腰隆撮影

金正日氏が視察したIT企業が入る建物=冨名腰隆撮影

 さらに50分かけて、中関村のIT企業に到着。まだ午前中でしたが、昼食に出かける人がチラホラ見えます。片っ端から声をかけました。

「ここで黒塗りの立派な車の車列を見ませんでしたか?」

 良い反応はありません。すると、学生らしい若い男性が「何か探しているのですか?」と、向こうから声をかけて来てくれました。

 (協力者現る!)と心が弾むのを抑えつつ、事情を説明すると、「それはすごいですね。私も聞いてあげますよ」とたのもしい返事がありました。

私が走り回っている間に正恩氏は視察を終えて、釣魚台国賓館に戻り、習氏と昼食を共にしていました。朝鮮中央通信配信

私が走り回っている間に正恩氏は視察を終えて、釣魚台国賓館に戻り、習氏と昼食を共にしていました。朝鮮中央通信配信

出典: ロイター

 ところが、彼は「その前に私の話も聞いてください」とチラシを差し出しました。手に取ると、カギの救急サービスを請け負うというアプリの宣伝でした。

 「僕たちが開発したんですよ。家のカギをなくしたら困りますよね。これを使えば、30分以内に最寄りのカギ屋さんが駆けつけて……」

 さすがに聞いている余裕はありませんでした。「ごめん、また今度!」

 私がその場を離れた時、手分けして探してくれていた助手から連絡がありました。「たぶんここだ、という場所が見つかりました。でも、一行の姿はありません。もう離れたようです」

 では、どこへ移動してしまったのか。目撃情報があれば手がかりが見つかるかもしれません。要人一行の「残り香」を探ることにしました。

行き先は「中国の科学図書館」

中国科学院文献情報センター。緑色の柵が残っていた=冨名腰隆撮影

中国科学院文献情報センター。緑色の柵が残っていた=冨名腰隆撮影

 一行が来たのは、中国の科学図書館と呼ばれる「中国科学院文献情報センター」。駆けつけると、急ごしらえの柵が建物周辺を囲んでいました。門番に聞きました。

私「中に入れますか?」
門番「昨日と今日は改修で休みだ。いつもは無料で利用できるけどね」

 改修とは、分かりやすいうそをつくなあ。反対側の入り口で別の門番に聞き直しました。

私「この柵なんですか?」
門番その2「知らんよ。3日前に警察が来て、設置していった。今日は午前中は2メートル間隔で警察が立ってたんだぞ。俺らはここの関係者だけど、みんな外に出された」
私「黒塗りの車列を見ましたか?中に誰が乗っていましたか?」
門番その2「20台くらい、すごいのが来たな。でも遠すぎて中の人物までは見えなかった」

「屋上に狙撃手がずらりと並んでた」

視察の様子。この5年間の成果をアピールする展示会を見に来たそうです。朝鮮中央通信配信

視察の様子。この5年間の成果をアピールする展示会を見に来たそうです。朝鮮中央通信配信

出典: ロイター

 センターの向かいには、中小企業や商店が入る3階建てのビルがありました。しかし、銀行や小売店はすべて臨時休業の貼り紙。ひとつだけ営業していた食堂に入ると、従業員の女性はこう言いました。

 「うちも昨日の午後2時から今日の午前11時まで、臨時休業だったよ。3階に上がるのも禁止、窓を開けるのも禁止。商売あがったりだね」

 駐車場の男性は、興奮した様子で話しました。

 「俺、すごいの見ちゃった。隣の建物の屋上に、狙撃手がずらりと並んでたんだ。スマホで撮影しようとしたら、警察に叱られちゃった」

 車列の目撃者は複数いました。ただ、誰が乗っていたのかは確認できず。

 みんな「きっと習大大(習おじさん=習近平国家主席の意味)だ」と口をそろえました。

 日本ではすでに北朝鮮要人の北京入りが報道されていましたが、中国では政府が国内メディアに対し、関連の報道を控えるよう指導している段階。一般市民が何も知らないのは、無理もないことでした。

北京駅を出発する正恩氏。朝鮮中央通信配信

北京駅を出発する正恩氏。朝鮮中央通信配信

出典: ロイター

 もはや打つ手はないのか。ちょうどその時、同僚から連絡がありました。

 「午後3時半、特別列車が北京駅を出発。要人は現認できず」。ほぼ24時間の北京滞在でした。

 確かな情報はなにも得られなかったことに疲れ果てながらも、いったい誰が来たのかを特定する関係者への取材が深夜まで続きました。

 特別列車は翌28日午前6時過ぎ、中国と北朝鮮の国境の橋を通過(これも同僚が確認)。その1時間半後、中国国営の新華社通信が、訪中した要人は正恩氏であることをようやく報じました。

北京駅に到着したミスレリートレイン「あの要人」追跡24時間
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