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「リボンの我慢」なくていい 性差で悩まない制服、デザイナーの思い
男子も女子も、スカートとスラックスの好きな方を選べます……。この春開校する千葉県の公立中学校が性別にこだわらない制服を採用しました。小中高とスカート一択の制服生活だった記者にはとても新鮮な話題。取材をすると、多様な背景を持つ人々が気持ちよく着ることができる制服を作ろうというメーカーの模索が見えてきました。(朝日新聞岡山総局・国米あなんだ)
学生服出荷額の全国シェアが、約7割を占める岡山県。岡山市に本社を置く業界大手の「トンボ」は、今年4月に千葉県柏市で開校する市立柏の葉中学校に、心と体の性が一致しないトランスジェンダーの生徒にも配慮した制服を納めます。
「さまざまな思いを持つ方の選択肢を増やすことに意味がある。どれを選んでも大丈夫だよ、と伝えられるような社会になれば」とデザイナーの奥野あゆみさん(28)は期待を込めて語ります。
制服の上着はブレザーで、下はスラックスとスカート、ネクタイとリボンはグレーと紺色の同じ柄で、性別に関係無く自由に選択できます。市の教育委員会によると、「トランスジェンダーだけでなく、だれでも自由に選べる制服がいい」という保護者や児童の提案を受けて採用が決まりました。
トンボがトランスジェンダーに対応した制服の検討を始めたのは2015年です。この年に、文部科学省が性的少数者の児童や生徒の学校生活に配慮を求める通知を出しました。公立の中学や高校から、トランスジェンダーの生徒も着ることができる制服について相談が増えたことに対応してのことでした。
デザインをする上で参考にしたのは、当事者へのヒアリングで挙がった「男女共用のデザインなら抵抗がない」といった意見だと奥野さんは言います。
男女で同じ色のチェック柄や、女子向けのスラックスなど、性差を感じさせない制服を研究。学校から相談があった場合に提案するほか、昨年の展示会には専用ブースを設置しました。
奥野さんは、ヒアリングで「自認する性と別の制服を着るのが苦痛だった」という話を聞き「ショックだった」と話します。
「快適に、楽しく学校生活を送るための制服で苦しんでいる人がいたというのは重い事実でした」
問い合わせは徐々に増えており、「新設校やモデルチェンジを考えている学校での採用は増えていくのでは」と見ています。
ただし、男女差のない制服の認知度は高くありません。着用した生徒が不本意な形で目立つ恐れもあります。「本当に悩んでいる当事者の方が『バレてしまうかも』と不安になることもあるかもしれません」
この課題ともつながるのですが、体が男性、心が女性の生徒のためのスカートやスラックスはまだできていません。
「女性がズボンを履く姿は一般的になったけれど、今の状況では、男性がスカートを履いていると過剰に目立ってしまうのではないでしょうか……」
見た目がスカートに近いスラックスもデザインしましたが、商品化には至っていません。「『制服らしさ』とのバランスに悩みます」と苦悩を語ります。
「かわいい」制服、「かっこいい」制服など、生徒たちにはデザインに「女性らしさ」や「男性らしさ」を希望する声も強くあり、その期待にも応えてきたいと話します。
「トランスジェンダーの当事者にも、ユニセックスではなく自認する性に合った制服が着たいという思いがある。ユニセックスの制服を提案すれば終わり、という訳ではないと思います」
制服に対するこうした企業の動きは、トランスジェンダーの当事者も歓迎しています。
「プラウド岡山」は、性的少数者の当事者たちの団体で、教員や保護者を対象に研修を開いています。そのメンバーで、岡山県内に住む高校2年生(17)は、性別に関係なく自由に選択できる制服が中学時代にあれば「制服を正しく着ることを楽しめたかも」と言います。
体は女性だけれど、心の性は女性とも男性とも決められません。中学時代はスカートにリボンの制服で「女子生徒であることを押しつけられているようで息苦しかった」と語ります。ジャージーのズボンをはき、リボンを外して反抗していました。
「先生の言うことを聞いて、素直にスカートの制服を着ればトラブルにならないのは分かっていたけどできなかった」と振り返ります。高校進学時に制服のない学校を選びました。今はファッションとしてスカートを楽しめるようになったと話します。
プラウド岡山のメンバーで、トランスジェンダーの会社員(25)は、制服メーカーの取り組みについて、「自分たちは経験を語って社会の理解を進めてもらうソフトのアプローチしかできない。企業が制服というハードを改革してくれるのは、すごく大切」と評価します。
メーカーに招かれて、自分が高校生だった時の体験などを社員向けに話すこともあります。体は女性で、心は男性。当時はブレザーにリボン、スカートの制服を着ていました。「スカートをはいている自分がイヤで、ガラスや鏡に映る自分を見ないようにしていました」
校則は厳しく、リボンの着用は必須でしたが、ある日、地域の人から「夏にリボンをするのは暑そうでかわいそう」という声が学校に届き、着用が自由になったそうです。「自由って言われた瞬間にリボンを取りました。その瞬間に少し楽になった」と笑います。「リボンなんてちょっとしたこと。でもそのちょっとの我慢が苦しかった」
代表の鈴木富美子さん(54)にも話を聞きました。トランスジェンダーの生徒への配慮について話し合う機会があると、「制服を廃止すればいい」という意見が必ず出るそうです。
「多様性と制服って相いれない関係。私服を採用すれば解決するでしょ、という意見が出ます」
ただ「当事者は制服を無くして欲しいと思っているわけじゃないんです」と鈴木さん。「自認する性に合った服が当たり前に着られる環境になることがゴールです」。
いまの動きは、生徒だけでなく制服メーカーにとっても大切だといい「企業の危機感が、教育現場の意識改革を牽引してくれるのでは」と期待しています。
その名も「ボーダーレス」と題した制服を、菅公学生服(本社・岡山市)も16年から展示会などで提案しています。
男女共通のブレザー、体のラインが出ないふんわりとしたシャツ、女子向けのスラックス、ピンク色のシャツ……。トランスジェンダーへの配慮だけでなく、宗教上の理由で肌の露出などを避ける、イスラム教徒の生徒の増加を見据えたものです。
「性的少数者や、宗教、身体に障害がある人も含めて、様々な背景を持つ人が快適に着用できるデザインを考えています」と同社スクール学校提案課の川井正則課長(44)。
デザインの研究は続いています。「今後は、当事者の意見や反応を調べながら検討していきたい」と川井さんは言います。
東京都の世田谷区教育委員会は、19年度の新入生向けの制服説明資料から、男女別の表記を無くす予定です。区教委の担当者は、こう話します。「多様性を尊重する姿勢を、示していきたい」
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