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AV撮影現場に同行 本番前、25分かけ説明「誰かに強制、ないですね」
AV出演強要問題は、政府が5月19日に今後の対策をまとめるなど健全化への取り組みが進む。AVの撮影現場とは、いったい、どのような場なのか。4月下旬、ある「大がかりな撮影」に同行、取材をした。現場で体調管理などに関する出演確認書を読み込む女優。そこには「強要」に関する項目そのものが含まれた。(朝日新聞経済部・高野真吾)
「はいっ、スタート!」
演出を務め、カメラで映像も撮る安達かおる監督(65)の力のこもった声が、スタジオ内に響く。照明、音声の2人の男性が表情を引き締めると同時に、AD役の女性も身動きをとめた。
少し前まで談笑していた女優2人が、一気に演技の世界に没頭する。カメラとつながるモニターには、女優の苦悶(くもん)の表情が映し出された。
4月下旬、甲信越地方の民家をスタジオにし、安達監督が創設したAVメーカー「V&Rプラニング」の撮影が行われた。
撮る側は安達監督や同社の女性社員2人を含む男女合計9人。出演するのは20代のAV女優2人だ。安達監督によると、「久々の大がかりな撮影」だ。
AV出演強要問題を受け、2017年4月、業界団体は新組織をつくった。その組織は、作品を審査する審査団体を経た映像製品のみを「適正AV」と呼びはじめた。
一方、規制を嫌い審査団体に加盟せず、AVメーカー独自の審査で流通させる会社もある。「V&Rプラニング」は、独自の審査で作品をつくっており、新たな取り組みの定義からすると「不適正AV」の撮影現場になる。
この1年、私はAV出演強要問題について記事を書いてきた。若い人への問題の周知が必要だと考え、まずは被害者や被害者支援団体からの話をもとに記事を出し始めた。
次第に問題を多角的に捉える材料を読者に提供したいと、AVメーカーなどで構成するNPO法人「知的財産振興協会」(IPPA)幹部のインタビューや、AVファン感謝祭のルポも出した。
そうした中、「現場取材」は課題だった。
昨夏、あるAVメーカー社長に複数回直訴したが実現はかなわなかった。AVファン感謝祭でAVメーカー10社の社長、社員らに取材依頼書を渡したが、同行取材どころか、インタビューですら受けてくれるところはなかった。
安達監督は今年2月、withnewsが企画したAV出演強要問題を考えるイベントに来て、業界側からの意見を語った。この問題の報告書を3月にまとめた、内閣府男女共同参画会議の専門調査会の傍聴でも一緒になった。
接点が増える中、現場取材について話すようになった。
「V&Rプラニング」は、過激な作風で物議を醸してきた。1990年、当時社員だったバクシーシ山下氏が監督デビュー作として撮った「女犯」が、女性人権団体から抗議を受けるなど社会問題化した。
昨年出たネット記事は「女犯」を「AV史上最大の問題作」と表現しているが、同様の指摘をする業界関係者は複数いる。その後、「V&Rプラニング」は日本ビデオ倫理協会(通称・ビデ倫)から自主退会した。その理由の一つが「表現の自由」だったこともあり、90年代前半に話題を集めた。
取材をしたのは、男女間の絡みがあるAVの定番とは異なるフェチズムをテーマにした現場だった。
事前に安達監督から、次のような説明を受けた。
今回の撮影は定番とは異なり「出演者との信頼関係が助成されなければ撮れない危うさがある」こと。そして、記者の受け入れ方針は、その現場を「生に近い状態で見ていただき、現場にいる人たちと自由な交流ができることが望ましいと考えています」。
事実、この通りに現場取材ができた。
4月下旬の平日の午前7時半、都内山手線のJR大塚駅北口で安達監督と待ち合わせた。
通勤、通学に慌ただしい人々を眺めながら立っていると、少し離れた場所に同じようにしている20代と見られる女性を見つけた。通勤、通学にしてはカジュアルな服装だ。
「もしや」。程なく安達監督が車で迎えに来ると、勘があたったことが証明された。
一緒に車で現場に向かう出演女優の1人だった。もう1人の女優もほどなく合流する。後部座席に2人が乗り、記者が助手席に座って、車は首都高を走り出した。
車中の女優2人はハイテンションだった。ともに前夜、興奮からかほとんど眠れなかったという。自己紹介もそこそこに作品の主テーマを楽しそうに話し始めた。
心理的な距離が近づくと、若い女性たちらしく恋愛話も出てくる。「好きな人がいてね」。
パーキングエリアでの休憩を挟み、午前10時、無事にスタジオに着く。広い庭があり、複数の車が止められる。隣家との間に木々があるのも外部からの目を遮り、撮影には便利だ。
一息つくと、安達氏の指示で、スタッフの自己紹介が始まった。女優に向かい、名前と仕事の担当を説明していく。
立っていた順番で4人目に話をした。出演強要問題について取材をしてきた記者であること。「被害者から聞いているだけではないAVの世界」を知りたいことを伝えた。
「初めての現場ですので、もし邪魔であるならば、はっきり言って」とも加えた。男性ADは「キャラ濃いめです」と語り、女優たちの笑いを誘った。
次に安達監督が女優2人に出演内容を確認し、出演確認書にサインをもらう手続きに入った。
台本を示し、1ページ目から順に女優がやることを話していく。理解しにくそうなシーンについては「よろしいですか?」と聞き、女優の「大丈夫です」との返事をもらってから進んでいく。一通り終わった後、次のように続けた。
「ポーズがきついシーンが出てくるかと思うのですけど、その時は遠慮なく、カットと言って下さい。もし、カットを言えない状況だと、これ(片手で何かをたたく)が合図になります。これをやることによって、撮影の方は中止して、ケアをしますので。頑張って欲しいのですけど、自分の体の限界を超えないようにお願い致しますね」
「僕はカメラが回っている時に、もしかしたら思いついたことを言うかもしれません」
「もし無理なことを僕がお願いしてしまったケースの場合には、遠慮なく『できません』『カット』とか言って下さい」
「結論としては、何かできないことを無理やりして頂くことはないので、安心して撮影に臨んで下さい」
出演確認書は、安達監督が多岐にわたる項目順に意味するところを説明した。2番目は、「強要」に関する項目そのものだった。
「出演者は出演者の自由意思で、この作品に出演するものである」。安達監督が女優に確かめた。「誰かに強制されていたり、出たくないけれども無理やり出されちゃったりというのはないですね」。
その後の項目の一つは「社会通念上、合理的な理由に基づく場合」は「一回やりますよと言ったことでも」「いつでも変更可能です」。8番目は、「傷害、ケガとかのリスクを自分の判断で回避して下さい」「自分の体を管理して下さい」。
出演内容確認と確認書の説明には、約25分をかけた。
午前11時から、DVDのパッケージ表紙に使う写真の撮影が始まった。男性カメラマンが複数の照明を駆使し、40分ほどかけて撮った。体が汚れた女優がシャワーを浴び、正午すぎから映像の撮影が始まった。
セーラー服姿で、庭を歩くシーンから始める。安達監督が細かい演出の指示を出しながら、ワンカットごと進めていった。スタッフはテキパキと機材を動かし、小道具類をそろえていく。女優も安達監督の指示を忠実に守り、カメラが回り始めると大胆な演技を続けた。
午後7時40分、ハートマークのカバーをしたベッドを置いた和室での撮影が終わった後、2人の女優に話を聞いた。
実は行きの車中で女優たちが、今日の撮影内容をきちんと把握していないトラブルに出くわしていた。プロダクションのマネジャーからの連絡ミスだった。女優の1人は、プロダクションとの意思疎通の課題を詳しく明かした。それは、4月に発足した新組織がうたう「AV出演者の自己決定権」に関係し、強要問題につながる大事な要素を持っていた。
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