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ひとりじゃない、希少疾患の悩みに向き合う【PR】

WEB市民公開講座シリーズレポート 主催:日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社 2022年5月14日(土)開催

オンラインで登壇した東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎准教授(右)と、一般社団法人 INSPIRE JAPAN WPD乾癬啓発普及協会 事務局長/NPO法人東京乾癬の会 P-PAT 副代表理事 添川雅之さん
オンラインで登壇した東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎准教授(右)と、一般社団法人 INSPIRE JAPAN WPD乾癬啓発普及協会 事務局長/NPO法人東京乾癬の会 P-PAT 副代表理事 添川雅之さん

目次

皮膚の病気について理解を深めるWEB市民公開講座シリーズ「みんなで考える市民公開講座―皮膚の病気、患者さんの笑顔のために(主催:日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社)」が2022年5月14日、オンラインで開催されました。

最終回となる第4回は、「ひとりじゃない、希少疾患の悩みに向き合う~乾癬患者さんとスティグマについて~」と題し、皮膚の病気の一つ、乾癬(かんせん)へのスティグマについて、「当事者研究」を専門とされている医師と乾癬の患者さん、それぞれの立場から考えました。

乾癬とは、私たちの体を守る免疫システムが過剰に活性化することで引き起こされる慢性的な皮膚の病気です。病名の音の響きや、皮膚が赤く盛り上がり(紅斑)、鱗屑(りんせつ)というフケのようなものがついた皮疹が生じることから、乾癬の患者さんに対し、見た目や「うつる(感染する)のではないか」「不潔にしているから」などの誤解に基づく言動がぶつけられることがあります。

このような周囲の行動は、患者さんのQOL(クオリティー・オブ・ライフ:生活の質)を著しく低下させることが知られています。誤解や偏見を含むスティグマがなぜ生じるのか、どうすればスティグマを減らせるのか、またどのように向き合っていくのがいいか、それぞれの視点からお話しいただきました。

スティグマによって、患者さんのQOLは低下する

最初に、東京大学先端科学技術研究センター准教授の熊谷晋一郎先生が、今回のテーマであるスティグマについて、講演しました。熊谷先生は、ご自身も脳性まひという身体障害があり、障害当事者、医学研究者という二つの立場から、研究活動をされています。
 
熊谷先生によれば、スティグマは「ラベリング」「隔離」「ステレオタイプ」「偏見」「差別」に分類できるそうです。障害者などの似た属性のある人々を十把一絡げにひとつのカテゴリーとして見てしまうラベリング、生活や仕事の場などからその人を遠ざけようとする隔離、カテゴリーの中の多様性を無視して「●●(というカテゴリー)に属する人間は、みな一様にこうである」といった決めつけをするステレオタイプ、一部のカテゴリーに対して「劣っている」という認識を持つ偏見、違いを無視して自分たちに同化させようとしたり、逆に違いゆえに排除しようとしたりする差別、この五つからスティグマは構成されています。
 
他にも公的スティグマ、自己スティグマ、構造的スティグマと分類することが可能です。公的スティグマはある属性を持つ人以外(非当事者)が抱くスティグマで、公的スティグマをその属性のある人本人(当事者)が内面化することで、自己スティグマが生じます。いわば自分で自分の属性を差別してしまうのです。乾癬患者さんに置き換えると、患者さん以外の人が患者さんに対して抱くのが「公的スティグマ」、患者さんが自身に、または同じ乾癬の患者さんに対して抱くスティグマが「自己スティグマ」になります。構造的スティグマは社会や法律など制度にあるスティグマです。
熊谷晋一郎(くまがや・しんいちろう)先生。1977年生まれ。東京大学医学部医学科卒。小児科医として病院勤務を経て、東京大学先端科学技術研究センター准教授。「当事者研究」に取り組む。脳性まひで車いす使用。著書に「リハビリの夜」など
熊谷晋一郎(くまがや・しんいちろう)先生。1977年生まれ。東京大学医学部医学科卒。小児科医として病院勤務を経て、東京大学先端科学技術研究センター准教授。「当事者研究」に取り組む。脳性まひで車いす使用。著書に「リハビリの夜」など
「自己スティグマは非常に厄介です。自分自身のことを劣った、価値のない存在だと、自尊心を切り崩してしまうだけではなく、こんな価値のない自分は、困っていても他者に援助を頼む価値もないと感じ、SOSを出すことを困難にさせることも知られています。さらに自分と同じカテゴリーの仲間に対してもネガティブな感情を向けることが起きやすく、仲間同士の分かち合いや連帯というものを阻害するという意味でも、自己スティグマは非常に重大です」

さらに、熊谷先生は最近注目されているスティグマの概念として、日常生活に現れている「マイクロアグレッション」についても丁寧に説明しました。これは、“意識的であれ、無意識的であれ、様々なカテゴリー、あるいはグループの帰属に基づいて、他者をけなすような、短く、ときに微妙な日々のやりとり”と定義されるものです。

これも三つに分類することができるそうです。意識的に悪意を持って攻撃を向ける「マイクロアサルト」、悪気なく無意識に行われ、鈍感な振る舞いや無知によって起きる、個人のアイデンティティーを貶(おとし)めるようなコミュニケーションである「マイクロインサルト」、そして、最後に、最も意識するのが難しいとされる「マイクロインヴァリデーション」です。特にマイクロインヴァリデーションについて、熊谷先生は「自分もしてしまうことがある」としながら、どのように気をつけるべきか、わかりやすく話しました。

「マイクロインヴァリデーションは、しばしば善意によって行われることがあります。代表的なやりとりとしては、スティグマで困っている当事者に対して、励ますつもりで、『考えすぎだよ』『私はそんなふうにあなたを見ていないよ』と声をかけるということがあると思います。文脈によっては、それによってすごく助けられる場面もありますが、一方でこれほどリアルに感じている傷つきに対し、『そんなふうに感じるのは考えすぎだよ』と当事者が感じているリアリティーを否定してしまっています。傷ついた側の正確さや妥当性を疑問視することで、マイノリティー側の感覚の方が適切でないものとして切り捨ててしまう効果を発揮することもあります」

マイクロアグレッションはマイノリティーの人々だけでなく、マジョリティーとされる人々にも悪影響を及ぼすことが研究結果として知られているそうです。マイクロアグレッション、中でもマイクロインヴァリデーションをゼロにすることは容易ではないため、むしろ自分のコミュニケーションを振り返るためのツールとして捉えることが大事だと、熊谷先生は指摘しました。では、このようなスティグマを軽減するために、私たちは何ができるでしょうか。

スティグマを軽減する方法

もっとも重要な方法として、熊谷先生は、当事者のグループと非当事者のグループの接触を挙げました。しかし、ただ接触すればいいというものではなく、接触には欠かせない条件が三つあるといいます。
 
「難しいことですが、対等な関係にあること、何らかの共通の目標に協力して取り組むこと、そしてそれを組織的、法律的、制度的にバックアップする仕組みがあること。この3条件が揃(そろ)うと、スティグマが減っていくということが知られています。留意したいこととしては、個人対個人としてのみ接触するのではなく、乾癬患者さんや障害者といったその人の属する集団の背景にも意識を向けて接触していくことがあります。個人としてのその人だけではなく、乾癬患者さんや障害者のコミュニティーといった集団や歴史的な背景を意識していくことが大切です」
目の前の人を尊重しようとするだけでなく、その人のバックグラウンドにも目を向けていくことで、スティグマを軽減できるのだといいます。

乾癬を正しく知ってもらいたい

添川雅之(そえかわ・まさゆき)さん。1967年生まれ。14歳で乾癬を発病。1995年、会社員時代に汎発性膿疱性乾癬と診断され、2002年まで入退院を繰り返す。以降、乾癬の啓発活動に取り組む
添川雅之(そえかわ・まさゆき)さん。1967年生まれ。14歳で乾癬を発病。1995年、会社員時代に汎発性膿疱性乾癬と診断され、2002年まで入退院を繰り返す。以降、乾癬の啓発活動に取り組む
では実際に、どのようなスティグマが乾癬の患者さんに向けられているのでしょうか。一般社団法人INSPIRE JAPAN WPD乾癬啓発普及協会事務局長で、NPO法人東京乾癬の会 P-PAT副代表理事の添川雅之さんが登壇し、乾癬患者さんの当事者としての経験を交えながら、スティグマについての考えを話しました。
 
「症状が悪化し入院した20代の頃、病院へ向かうタクシーの中で運転手さんに暴言を浴びせられたことがあります。書店で『商品に触らないでください』と店主の方に言われ、逃げるように店を出た経験もしています」
 
乾癬の症状などについての説明の後、添川さんは過去に自分に向けられたスティグマについて、語りました。街の中で見ず知らずの人からスティグマを向けられるだけでなく、普段関わりのある、会社の上司や知人からも、乾癬を知らないことによる、無理解な言葉を向けられることがありました。
 
乾癬は寛解と再燃を繰り返す性質があるにもかかわらず、会社の上司に「いつになったら治るんだ。ちゃんと治療しているのか」と言われたり、細菌やウィルスが起こす病気ではないのに、知人から「菌を殺さないとね……」と見当違いのアドバイスをされたこともあったといいます。
 
添川さんは、現在、乾癬患者さんの一人として、乾癬を正しく理解してもらい、スティグマを軽減するための活動をされています。スティグマを向けられたことのある患者さんとして、理解啓発のための活動を行う一人として、添川さんはスティグマについて、こう語りました。
 
「不用意にスティグマからくる発言をしてしまう人たちが皆悪い人かというと、そうとは限らないです。ある療養型の温泉病院に入院した際に、『あんたみたいなのと一緒に風呂に入りたくない』と同室の患者さんに言われたことがありました。そのときはとても傷つき、暗い気持ちになりましたが、徐々にお互いを知るうちに、私の退院のときには、涙ながらに見送ってくれるほどに親しくなりました。そういうこともある一方で、ふいの一言が許せなくなる気持ちもわかります」
時にはスティグマを向けられた経験がありながらも、乾癬とともに生きてきた添川さんの言葉には重みがありました。その上で、添川さんはスティグマを軽減するために、乾癬の理解啓発に向けた活動をされています。
 
「患者会の活動の中で、皮疹を誰かに見られた際のぎこちない態度や視線が不快だという話はよく聞きます。でも、その人が、今までほとんど皮膚疾患のある人と会ったことがなければ、それはある意味、人として当然の反応であるかもしれないと私は思います。次の瞬間に、患者さんが病気や障害を抱えて暮らしている中での苦悩や悲しみを理解して、その気持ちに寄り添えたときに、初めて心の中から、優しさという感情が溢(あふ)れ出てくる、それが人間という生き物ではないかと私は思います。だからこそ、「乾癬」という病気を、より多くの人に正しく知っていただく啓発活動が必要だと思い、その活動をしています。私自身も日常的に人と接する際に、あまり乾癬を隠さずにいて、瞬時に自分の病気を理解できなかったり、ちょっと間違った解釈をしてしまったりした人も許せる気持ちでいようと思っています。そういった気持ちで、乾癬の理解啓発のための活動をしています」
最後に、熊谷先生と添川さんが参加者の質問に答えてくださいました。
Q.日常の中でスティグマを低減するように努めたいと思いました。一方で、思わぬところで、相手を傷つけてしまわないか、同時に不安にもなりました。普段は意識が及ばないけれど気を付けたい事例などあれば教えていただきたいです。
 
A. 熊谷先生:マイノリティーの人々の感じていることや考え方を否定し、マジョリティー側の感覚がより正しいとしてしまう、マイクロインヴァリデーションですね。これは私もしてしまうし、しばしば周りからされることもある、スティグマのわかりにくい一例かもしれません。相手を励ますつもりで、「あなたを個人として尊重していますよ」「私は差別していませんよ」「考えすぎではないですか」というように声をかける場面は実際にありますし、それが適切な場合もあるかもしれません。常にそういう声かけがいけないのではなく、文脈によって様々です。スティグマに限らずコミュニケーションの難しさそのものの問題です。人と違うところを過大評価するのが差別と思いがちですが、当事者の側には、違いもまた尊重してほしい場合もあると思います。失敗を恐れる必要はありません。コミュニケーションは失敗の連続なので、それを振り返らずにやり過ごしてしまうことの方が問題です。もし傷つけてしまったと思うことがあれば、丁寧に、その後、自分の発言は「マイクロインヴァリデーションだったかな?」と振り返る、そうしたアフターのコミュニケーションが大事なのかもしれません。

Q.偏見を減らすには対等な関係にあることが大事と言われていました。皮膚に症状があることで少し引け目を感じてしまうのですが、これはどう捉えればよいでしょうか。
 
A. 熊谷先生:なかなか難しいと思います。私自身も障害を持っている中、仕事や生活の場面で、引け目を感じることは今でも毎日のようにあります。それを解決するのは簡単なものではないと思います。大事なのは、引け目に感じていることをシェアできる相手を増やしていくことでしょうか。引け目に思っていることを、ただただ「そうなんだね」と聞いてくれる相手を増やしていくことで、徐々に対等な関係というものは築かれてきます。また、案外そういう話をすると、実は相手にもコンプレックスがあったり、多数派に見えている相手にも弱さがあると開示してくれたりといったことに繋(つな)がってきます。皆完全な存在として対等なのではなくて、皆不完全な存在で、引け目を感じながら、膝(ひざ)を突き合わせて協力している存在として対等になっていくイメージがとても大切だと考えています。
 
添川さん:私も乾癬の患者の一人ですので、そういう気持ちは非常によく理解できます。先ほど私は乾癬を隠さないと言いましたけど、それでもやはり出ていると隠したくなる気持ちは当然あるわけで、そこをクリアするのは難しい問題です。しかし、私たちにある乾癬という病気は自分の中での一部でしかなくて、それ以外に素晴らしい価値をたくさん持っていると思います。病気は一人の人間の中の一つの部分でしかありません。質問いただいた方には乾癬以外にいいところがたくさんあると思うので、自信を持ってほしいですね。
皮膚の病気は、患者さんにとって、大きな負担となるかもしれません。しかし、皮膚の病気は、患者さんのすべてではないのです。皮膚の病気だからこうだろうと決めつけるのではなく、目の前にいる方、そしてその人の背景を尊重しようと試行錯誤を続けることが、スティグマを低減するために大切だとわかるお話でした。

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