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ネットの話題

「生きてるチョウは〝あの形〟はしてない」衝撃の投稿、真実を聞いた

見慣れているはずの「チョウの形」、実は……

同僚に「チョウを描いて」と頼んで集まった〝チョウ〟たち
同僚に「チョウを描いて」と頼んで集まった〝チョウ〟たち

目次

「チョウを描いて」と言われたら、どんなチョウを描きますか? 実は、多くの人がイメージしているチョウの形を、〝生きている〟チョウはしていないーー。そんな投稿がSNSで話題になりました。それってどういうこと? チョウに詳しい方に話を聞きました。

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だいたい「あの形」

筆者のXのタイムラインに、こんな趣旨の投稿が流れてきました。

「よくイメージされるチョウの形は、実は標本の姿」「本当に生きているチョウはそういう姿はしていない」

衝撃を受けました。

多くの人がチョウといって想像するのは、だいたい羽を大きく広げた「あの形」ではないでしょうか。絵本や服の柄、スマホの絵文字でも、世の中に溢れているチョウの表現は羽を大きく広げて飛んでいます。

試しに同僚たちにも「雑でいいので、チョウの絵を描いてみて」と声をかけたところ、うまい下手は抜きにして、みんな羽を大きく広げた「あの形」を描きました。

「何も見ないでチョウチョの絵を描いて頂けないでしょうか! 雑な手描きでかまいません」と同僚に募ったところ、集まったチョウの絵
「何も見ないでチョウチョの絵を描いて頂けないでしょうか! 雑な手描きでかまいません」と同僚に募ったところ、集まったチョウの絵

「自然ではない」

チョウに詳しいアマチュア愛好家からプロ研究者らが構成する「日本蝶類学会」に問い合わせました。学会のロゴは、もちろん「あの形」です。

運営委員長の伊藤勇人(はやと)さんが答えてくれました。

日本蝶類学会のウェブサイト。ロゴマークも「あの形」
日本蝶類学会のウェブサイト。ロゴマークも「あの形」

伊藤さんは、九州大学大学院でチョウの研究をし、今は中学高校で生物を教える傍ら、チョウの採集や研究を進めています。

伊藤さん、私たちが普段見ているチョウのイラストは、「標本」の形なのですか?

「確かに、はね(羽)がきれいにバランス良く開いて、模様が見えているのは、標本の形ですね。自然界では、はねがばらばらに開くことはあまりないです」と伊藤さん。

チョウの体の構造

チョウには、片側に大きい前翅(ぜんし=前ばね)と少し小さい後翅(こうし=後ろばね)があり、計4枚のはねがあります。

「チョウの前ばねと後ろばねは、飛ぶときにばらばらにならないようになっています」

伊藤さんは実際の「カラスアゲハ」を見せてくれました。このチョウは死んだばかりで力が抜けた「リラックスしている」姿とのことでしたが、はねが八の字のような形に下がり、後ろばねは、前ばねの下に半分隠れています。

ZOOMで「カラスアゲハ」を使い、体の構造を説明してくれた伊藤勇人さん
ZOOMで「カラスアゲハ」を使い、体の構造を説明してくれた伊藤勇人さん

イラストで描かれるチョウは、後ろばねが上に大きく開いているものが多かったのですが、それは標本のために人の手で広げた状態。

伊藤さんは「チョウが自ら、止まったり休んだりしている時に、後ろばねを上に持ち上げることはありません。生き物なので例外はありますが、生きている時に標本のような形になることはほぼあり得ないです」と言います。

飼育中の「カラスアゲハ」。スポーツドリンクやカルピスを薄めたものを飲んで「リラックス」している時の様子
飼育中の「カラスアゲハ」。スポーツドリンクやカルピスを薄めたものを飲んで「リラックス」している時の様子 出典: 伊藤勇人さん提供

呪いではなく、先人の努力の結晶

つまり、ちまたにあふれるチョウのイラストの多くは「標本」のチョウだったのです。

この真実に、SNS上では「これからチョウのイラストを見ても、『標本だ』と思ってしまう〝呪い〟がかかってしまった」などと嘆く声も上がりました。

一方で、伊藤さんは「『呪い』とは思わないでほしい」と話します。

というのも、前ばねと後ろばねが独立して広がっている「標本の形」は、「チョウが一番美しく、特徴がわかりやすく見える形」として、長い年月をかけて、昆虫学者や愛好家が技術を磨き、研究を重ねて完成させた形。

「だから、私も『チョウを描いて』と言われたら、あの標本の姿を描きます」と伊藤さん。

「カラスアゲハ」の標本を作る工程。羽を傷つけないように、左右バランス良く広げ、上から展翅(てんし)テープで抑える。見えづらかった後ろばねの青い模様などがはっきり見えるようになる。この状態で夏場は約1カ月ほど乾燥させると美しい標本になる
「カラスアゲハ」の標本を作る工程。羽を傷つけないように、左右バランス良く広げ、上から展翅(てんし)テープで抑える。見えづらかった後ろばねの青い模様などがはっきり見えるようになる。この状態で夏場は約1カ月ほど乾燥させると美しい標本になる 出典: 伊藤勇人さん提供

今後もし、チョウのイラストを見て「標本の形」だと思ってしまうことがあったら、「『呪い』というより『がんばって作ったんだな』と思ってほしいです」と願いを込めます。

もちろん「日本蝶類学会」のロゴも、「まさしく標本のチョウ」とのこと。こちらは「オウゴンテングアゲハ」の標本をモデルにしているそうです。

日本蝶類学会のシンボルマークは「オウゴンテングアゲハ」の標本がモデル。実物は、後ろばねが黄金色に輝き「チョウの女王」とも呼ばれる
日本蝶類学会のシンボルマークは「オウゴンテングアゲハ」の標本がモデル。実物は、後ろばねが黄金色に輝き「チョウの女王」とも呼ばれる

許せない違和感は

ちなみに、チョウの愛好家たちにとって、ちまたにあふれているチョウのイラストは、どのように見えているのでしょうか。

おそるおそる、私や同僚が描いたチョウのイラストを伊藤さんに見てもらったところ、「かなりファンシーな感じ」「学者では描けない絵だ」などと優しいコメントばかりで、ほとんどダメ出しされません。

「一般の人が描くイラストに目くじらを立てることは、一切ないです」と笑います。

たまに、アニメーションなどで〝あの形〟でチョウが飛んでいると「あ、標本が飛んでいる」と思うことはあるそうですが、イラストではほとんど気にならないと言います。

一方で、過去に伊藤さんがどうしても許せなかったイラストも。それは、生物の授業で使う教科書の挿絵でした。

きらびやかな「モルフォチョウ」と思しきチョウが花にとまっている姿が描かれていたのですが、はねの表と裏が同じ美しい青色になっていたのです。

「裏側は本来、地味なんです。はねを閉じた状態で、森に溶け込めるように」

見つけた瞬間「あーーー!」と叫んで、生物を教えている生徒たちにその違和感を熱弁してしまったそうです。

そんな〝例外〟はありますが、基本的にはアニメーションやイラストなどにチョウが描かれ、興味を持ってくれる人が増えることを喜んでいるという伊藤さん。

小さいながらも謎に満ちた生態がおもしろいチョウ。姿も「自然が作った芸術作品」のようで、「人間にはまねのできない美しさ」だと言います。

「SNSでバズったことをきっかけに、イラストのチョウを見たり、飛んでいるチョウもよく観察したりして、チョウの魅力を知ってもらえたらうれしいです」

展翅(てんし)しているのは「カラスアゲハ 八丈島亜種」。この亜種は伊豆諸島の八丈島、御蔵島、三宅島にのみ生息する。標本は御蔵島産の貴重なチョウだという
展翅(てんし)しているのは「カラスアゲハ 八丈島亜種」。この亜種は伊豆諸島の八丈島、御蔵島、三宅島にのみ生息する。標本は御蔵島産の貴重なチョウだという 出典: 伊藤勇人さん提供

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