穏やかなメロディーと美しい声、でも歌詞は徹底的な“元彼ディス”――2021年に発表されたそんな楽曲がTikTok経由で約700億再生まで広がり、グラミー賞にノミネートされ、テイラー・スウィフトのライブで演奏されるなど、世界を席巻している。歌うのはメジャーデビューを果たしたばかりで、当時17歳だったシンガーソングライター・GAYLE。5月31日に初の来日ライブを控える彼女に、オンラインでインタビューを実施。この2年を振り返ってもらった。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
柔らかいメロディーラインに伸びやかな歌声。BGMとして日本でも至る所で流れるこの曲自体は、おそらく多くの人が耳にしているだろう。しかし、その歌詞に注目してみると、特に恋人との後ろめたい別れを経験したことのある男性は、思わず固まるかもしれない。
おまえの母親も/おまえの妹も/おまえの仕事も/おまえのダサい車も
おまえがアートとか言っちゃってるものも/くそくらえ
おまえの友達も/二度と会うことはないだろうけど
おまえの犬以外の全員/消え失せて
(訳はワーナー・ミュージック・ジャパン公式チャンネルによる)
これは米テキサス州ダラス出身、2004年生まれのシンガーソングライター・GAYLE(ゲイル)の楽曲「abcdefu」。GAYLEが17歳だった2021年8月に発表されたメジャーデビューシングル曲だ。
リリース前にTikTokで音源の一部を弾き語りで公開、タイトルの“fu”から“f*ck you”の略語という徹底的な“元彼ディス”がフックになり、あっという間に100万再生を突破した。TikTokでの楽曲の再生回数は現在700億に迫ろうとしている。
SNS経由で広がった「abcdefu」は、次第に親和性の高い音楽配信サービスを席巻した。Spotifyでは日本でもチャート1位を獲得、同年12月にはグローバル・チャートで1位を獲得し、世界で最も聴かれている曲となった。
そんな現代的な“サクセス・ストーリー”を経て、本人は今も「毎日、自分で自分をつねって、『私の人生は本物?』と問いかけて」いると話す。
「今でも『これってビデオゲームみたいじゃない?』って(笑)。とてもラッキーだったと思うし、いまだに信じられないと感じる。努力とチャンスがセットになって、今の自分になる機会を得られたことが、やっぱりとても幸運だった。
歌手になるのは人生の夢だった。それを、スマホのアプリが実現してくれた。アプリは他の人のスマホに私の歌を届けて、どんどん広がっていった。そうなればいいなとは思っていたけど、当然、保証はなかったから」
最初に「abcdefu」を投稿した直後は「再生回数は100とか200とかだった」。それまでに何度も動画を投稿しては「何カ月も何も起こらないことも多かった」と明かす。
だから、「abcdefu」のときも「家の中で子どものようにうずくまって、ただ良いことが起きてほしいと願っていた」。そんな一つの投稿が、世界に彼女を知らしめた。
米Billboardの「グローバル 200」で9週連続1位を記録、グラミー賞の「年間最優秀楽曲」にもノミネートされ、「Z世代の歌姫」となったGAYLEは、自身が憧れる Taylor Swiftのライブツアーのオープニングアクト(前座)にも抜擢された。
きっかけは2022年のナッシュビル・ソングライター・アワードの授賞式。GAYLEはそこで演奏をし、Taylorはそこに「ソングライター/アーティスト・オブ・ザ・デケイド(この10年のソングライター/アーティスト)」として招かれていた。その場で二人はセルフィーを撮影した。
後日、Taylorサイドから連絡が入り、GAYLEはTaylorの2022年のライブツアーに出演。そんな経験を、GAYLEは「彼女は完全に私の人生を変えた」と振り返る。
「私は子どもの頃にTaylorの姿をテレビで観て、Taylorの歌をラジオで聴いて育った。彼女は私がシンガーソングライターであることに情熱を持つ理由。彼女ほど“アーティストである”ということを体現する人がいなかったら、私が自分の人生において、楽曲制作をこんなに優先することはなかったと思う」
どうしても“元彼ディス”の歌詞に注目してしまうが、ヒットチャート上位や著名アーティストライブへの出演は、その音楽性への高い評価の表れだ。自身の経験を楽曲に反映することについて、GAYLEは「楽曲制作は自分を理解すること」だと言う。
「つらい経験をすると、感情を認識したり処理したりが難しいことがあるけど、曲を書くとき、私は自分の考えをすべて紙の上の一つの場所にまとめることができる。それが合理的だったり健康的だったりするとは限らないけど(笑)。
私は自分の音楽にある種の“弱み”を取り入れてみることが重要だと思う。聴いてくれた人がもし、それに共鳴してくれれば、それは私たちにとって、難しいことを一緒に乗り越えていく、意味のある経験になると思うから」
そうして制作された楽曲が同世代の共感を集め、「abcdefu」の世界的ヒットから2年。それはGAYLEにとってどんな時間だったのだろうか。
6月に20歳になる彼女は「私はこの2年で17歳から19歳になって、もうすぐ20歳になろうとしている」「この年代の多くの人が迎える大きな変化を、私も迎えた」と振り返る。その上で、アーティストとしての変化をこう表現する。
「これまでアメリカを離れたことがなかった自分が『abcdefu』のおかげで光栄にも世界中を周り、訪れたことがないところに行き、これまでに会ったことがない人に音楽を届けられるようになった。自分に余裕を持つことができるようになったし、成長したと感じる」
5月31日には「(MY FIRST TIME) IN ASIA 2024」として、東京・渋谷のduo MUSIC EXCHANGEで初来日ライブをする。
「そこにあるものすべてを見るのがとても楽しみ。私はそこで、私の音楽を聴いている人、または私の音楽を聴いていない人に会って、自分を紹介できることに興奮しています。みんなに会って、楽しい時間を過ごして、時には人生の苦労を忘れて、ただライブを楽しみたいです」
▼初来日ライブ「(MY FIRST TIME) IN ASIA 2024」
2024年5月31日(金)
duo MUSIC EXCHANGE(東京・渋谷)
開場18:30、開演19:00
チケット料金(税込)スタンディング:7,500円
上演時間1時間半(予定)