大がかりで過激な体当たり・ドッキリ企画の常連という存在から、『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)を始めとする番組で子どもの人気にも火がつき、今や幅広い年齢層から支持されるリアクション芸人・出川哲朗。来年還暦を迎えるベテラン芸人が、キャリアを重ねるごとにスターとなっていったのはなぜか。時代的な潮流から、今の出川人気について考える。(ライター・鈴木旭)
ベテランの芸人・出川哲朗が、年を追うごとにスター性を増してきている。
今年9月、レギュラー番組の1つ『出川一茂ホラン フシギの会』(テレビ朝日系)が深夜帯からゴールデン帯に昇格。来年1月には、横浜アリーナで開催される『男・出川哲朗 還暦祭り』の先行チケットが早々に完売するなど、人気の高さをうかがわせる。
かつて女性誌の「抱かれたくない男ランキング」で5年連続首位を保持した彼は、いつの日からかもっとも好感度の高い売れっ子となった。ここでは時代的な潮流など外的要因を軸に今の出川人気について考えてみたい。
そもそも雑誌の「XXランキング」は認知度の高さを表している。例えばビートたけしや明石家さんまは「好きな芸人ランキング」でも「嫌いな芸人ランキング」でも上位だった。目立つ存在だからこそランキング上位に入るという面はある。
しかし、出川のケースはそれだけではないニュアンスがあると思われる。まるでグラデーションのように、90年代~2010年代と時間をかけて“出川”は“出川さん”へと変化していったように感じるのだ。
出川の転機は、1990年末の『ウッチャンナンチャン & ダウンタウンスペシャル SHA.LA.LA.の使いやあらへんで!!』(日本テレビ系)だった。
それまでは出川やウッチャンナンチャンらで結成された「劇団SHA・LA・LA」の小柄で人の良さそうなメンバーという印象だったが、この特番の“ジェットコースターに乗りながら地上のカンペを読む企画”で見せたリアクションの面白さがダウンタウンの2人にハマった。
これを起点として出川は、1990年代~2000年代にかけて『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』や『進め!電波少年』(ともに同)、『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)などの大がかりで過激な体当たり・ドッキリ企画の常連となっていく。
とはいえ、テレビと視聴者との間に距離があった時代、滑稽なリアクションはMCや仕かけ人によって面白くなる“笑われる芸”という見方が強かった。それを額面どおり受け取れば、視聴者は「カッコ悪い」「ダサい」となって当然だろう。逆に、だからこそ同業者だけが知るカッコ良さがあったとも言える。
他方、2010年代中盤、ある大御所の作家が「リアクションは芸じゃない」と持論を述べる姿を直接、見たこともある。こうした業界内外の板挟みによって、なかなかリアクション芸は正当な評価を受けにくかったのではないか。
お笑いの道を歩み始めたタイミングも、出川の芸風に大きく影響を与えたとみられる。
1990年前後は、バブル経済のピークと崩壊を迎えた時期に当たる。大がかりなセットを組み、爆破やカーチェイスなど派手な演出も目立った。『痛快なりゆき番組 風雲!たけし城』や『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』の特番では、制作費1億円が投じられたとも言われる。
コンプライアンス重視という言葉もない時代だ。1980年代からの勢いを感じさせる前述の『お笑いウルトラクイズ』や『電波少年』では、今では考えられない体当たり企画が実施されている。まさに出川は、そんなバラエティー全盛の時代に登場した。
しかし、バブルが崩壊し、1990年代中期に阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件が立て続けに起こり、飯島直子ら“癒し系女優・アイドル”が支持され、いよいよテレビ局にも不況の色が見えると、バラエティーは「リアリティー」と「ゆるさ」の両面が交差し始めた。
2000年代初頭は、『ガチンコ!』(TBS系)の「ファイトクラブシリーズ」、『¥マネーの虎』(日本テレビ)といったリアリティー番組が支持された一方で、オーバーオール姿のホンジャマカ・石塚英彦、アフロヘアのパパイヤ鈴木らによるグルメ番組『元祖!でぶや』(テレビ東京系)が人気を博した。
また、『アメトーーク!』(テレビ朝日系)が今も続く“ゲスト芸人たちによるプレゼン形式”になったことでさまざまな団体芸が生まれた。とくに「メガネ芸人」「ハワイ芸人」といったゆるい企画には、決まってマイペースな芸風で知られるおぎやはぎが登場している。
さまぁ~ずが再ブレークし、アンガールズが「ジャンガジャンガ」ネタで人気となり、サンドウィッチマンが「M-1グランプリ」で優勝した2000年代。切れ味の鋭い芸風から、味のある見た目やおおらかな芸風へと徐々にトレンドが移っていった。
この時期、すでに中堅となった出川は、相変わらずトークバラエティーでMCに転がされ、ドッキリ企画のリアクションで笑わせつつ、本人が自覚していないところで支持される芸風をまとっていたとも言える。
2010年代以降においては、遅咲きの芸人が台頭した影響も見逃せない。
『キングオブコント2012』でバイきんぐが、『R-1ぐらんぷり2016』でハリウッドザコシショウが、『M-1グランプリ2021』で錦鯉が優勝するなど、“おじさん芸人”の活躍が目立っている。
他方、2011年12月に発売された『おじさん図鑑』(絵・文なかむらるみ/小学館)が人気となり、別の分野でもおじさんの味わい深さや面白さにスポットが当たっていた。こうした中で、改めて出川の存在も大きくなっていったのではないか。
年齢を重ねるごとにフォルムがふっくらとし、ニコニコとした表情と髪型も相まって、その姿はまるで幸運の神様「ビリケン」のようになった。小柄で親しみやすい爆笑問題・田中裕二、ナインティナイン・岡村隆史、出川の3人が組んだ『SMALL3』(フジテレビ系)は、今年9月の放送で6回目を迎えた人気特番となっている。
そもそも『世界の果てまでイッテQ!』や『アメトーーク!』を始めとする番組で、リアクション芸や言い間違え、独特なワードの面白さが支持されていたところに“おじさん”の魅力が加わった。
そしてバラエティーの企画が“やらせ”だと叩かれる近年、ピュアで正直なタレントが業界内外を問わず信頼を得ているように感じる。
例えば『ザワつく!金曜日』(テレビ朝日系)のメイン出演者である長嶋一茂、石原良純、高嶋ちさ子は、いずれも奔放な発言ながら、育ちの良さからか嫌味を感じない。世代によって人気の差こそあるだろうが、そこに嘘がないことから支持されたと考えられる。
出川もまた、老舗海苔屋の“お坊ちゃま”として育ち、幼少期には「自分専用のお手伝いさんまでいた」という。そんな出川だからこそ、ある種の“汚れ役”であった時代も悲壮感を感じなかったのかもしれない。
過酷なロケ企画でたびたび出川は、「この番組ヤバいよ!」「ここのスタッフ、頭おかしいだろ!」と叫ぶ。これはリアクション芸の一環として視聴者を楽しませているのと同時に、そんなロケを企画・決行した番組スタッフへの最大級のほめ言葉でもあった。
計算であれどうであれ、こめかみあたりを指差す出川の姿は真剣そのものだ。だからこそ、こちらは何も考えずに笑ってしまうのだろう。9月16日に放送された『出川哲朗の充電させてもらえませんか?』(テレビ東京系)で共演した明石家さんまは、出川のリアクション芸についてこう語っている。
「俺すまん、若いうちに司会をやらしてもうてたんで。どうもすみません、自慢話。(中略)『さぁバナナボート乗りましょう』っていう立場やったから(笑)。出川はそこ(筆者注:リアクション)をメインにしたのがすごい」
そんなさんまもかつては、「タモリさんのように引き芸ではない自分が長くやっていくのは無理」という趣旨のことを語っていたことがある。しかし、誰もやってこなかったスタンスを継続したからこそ、今も第一線で活躍しているのだと感じてならない。
同じく出川も、盟友のダチョウ倶楽部・上島竜兵さんとともにリアクション芸を披露し続け、誰も真似できない道を歩み、時間を掛けてテレビスターとなった。代わりがいない以上、今後もその存在価値は上がり続けるだろう。