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「才能あるから、美大を目指せ」と言った先生 50代のいま思うこと
2度の受験、絵の世界は諦めたけれど…
「お前は才能があるから、美術部に入って美大を目指せ」。高校1年生のとき、美術部の顧問に背中を押された男性。美大への夢はかないませんでしたが、50代になった今でも「絵を描くことが好きなのは、先生のおかげかもしれない」と感じています。
青い空、青い海、ぽつんとたたずむ1匹の黒猫。
福島県に住むごまらーめんさん(@gomaramen888)は、気の向くままツイッターに水彩画を投稿しています。その多くは、青を基調に1匹の黒猫が登場する作品です。
「寂しげなほうが落ち着くというか、描いていて自分らしい感じがするんですよ」
幼い頃からよく新聞広告の裏に絵を描いて遊び、高校時代は美術部に入っていました。「青を使うことや、ひとりでぽつんとしているような絵は昔から多かったですね」と話します。
あるとき、こんなツイートをしました。
「先生との出会いは、人生を変えますね」「良い出会いですね」などとコメントが寄せられ、8万近い「いいね」がつきました。
卒業してから接点もなく、ほとんど思い出すことはなかった当時30代の男性教諭。そういえば美術準備室には先生が制作途中の彫像があった……なぜか先生のことが頭に浮かび、つぶやいたといいます。
やんちゃだった高校1年生の1学期、原付きバイクで一時停止違反をしたことがありました。そもそも校則でバイクの免許取得は禁止されていたため、夏休み明けから3日間の自宅謹慎処分に。
美術部の顧問にスカウトされたのは、その謹慎中のことでした。
「先生がわざわざ家にやってきて、私と両親に『美大を目指してはどうか』と言ってくれたんです。謹慎中に父の顔を描く課題も出されました」
1学期、先生が担当する美術の授業を受けていて、油絵やデッサンを褒められたことはありました。同級生の中でも絵はうまいほうと自負していたものの、まさか自宅へ「スカウト」に来てくれるなんて。
美術部に入ると決めたごまらーめんさんでしたが、悩みもありました。経済面の不安です。
「父が勤めていた会社が廃業になり、共働きだった母も体を壊して働けない状態でした。高校の授業料を滞納して事務職員に怒られたこともあります。そんな家庭だったので、美大は難しいだろうと思っていました」
先生に誘われたことはうれしくも、当初、美大への熱はそこまで高くありませんでした。ただ、美大を目指す先輩と一緒に絵を描くうちに、自分も美大に入って油絵の画家になりたいと真剣に考えるようになったそうです。
熱心に「スカウト」してくれた先生でしたが、その後は「ほったらかし」だったとごまらーめんさんは振り返ります。
「技術的な指導はほとんどなく、おおらかというか……きっと『絵は教えるものではない』という考えがあったのだと思います」
部活では受験を意識したデッサンや油絵を描くようになりましたが、自由に描いていたこれまでとは違い、頭の中でイメージするように表せないもどかしさがありました。そんなときは、たまに先生がアドバイスをしてくれたそうです。
絵の勉強と並行して、受験費用や入学金を稼ぐため年末年始は郵便局のアルバイトをし、奨学金の情報も集めました。経済的なことを考えると、選択肢は公立に絞られます。希望する学科の競争倍率は30倍以上でした。
「受かったとしても行かせられない」「就職も考えたら?」という両親の気持ちに応え、公務員試験も受けました。しかし、結果は不合格。
「受かれば親戚一同も本気になって、お金を貸してくれるかも」と期待して臨んだ美大受験も、厳しい結果となりました。
同級生たちが進学、就職する中、ごまらーめんさんは美大の予備校へ行く余裕はなく、コンビニやファストフード店でアルバイトをする日々でした。
親元でお金をためながら絵を勉強して、また美大を目指そうーー。そう考えていましたが、現実は思うようにいきませんでした。
バイト後に絵を描こうと思っても、疲れて集中できる状態ではありません。貯金をしようにも、友達から遊びに誘われてはお金を使ってしまいます。
その年の入学試験でも花開くことはできませんでした。
浪人生活2年目、バイトをしながら美大を目指して絵を描きました。しかし、「このままではいけない」と進学は諦め、再び公務員試験を受けて公務員の道へ進みました。
絵は趣味で続けるつもりでしたが、勤めてみると仕事を覚えることで手いっぱい。残業や飲み会も多く、次第に絵から離れていきました。
再び絵を描き始めたのは、3年ほど前のことです。
40代で公務員を辞め、現在は自営業を営んでいます。独立して落ち着いたころ、元気をなくしていた知人を励ますために漫画を描いてツイッターに載せ始めました。
その後、散歩中に見た風景を色鉛筆で描いて投稿すると、たくさんの「いいね」がつくようになりました。初めは実際の風景を描いていましたが、いつからか頭の中に浮かぶイメージを表現しています。
青を基調とする作品が多いのは、あるとき青を使って描いた水彩画に「青がきれい」とコメントがあったからです。
「水彩紙に青がきれいににじんでいく様子を見ることが好きで、自分の癒やしも兼ねています。乾いたあと別の青を乗せると、深みのある色になるんです」
「パレットに青の絵の具を溶かしてペタペタ塗り始めるんですが、そのときはまだ何を描くか決まっていません。半分くらい塗ってから、青が濃くなったから建物の影にしようかなとか、いいにじみになったから道路にしようとか、あとからイメージに寄せていきます」
再び筆を持つようになり、絵は息抜きであるとともに、自身の強みである実感がよみがえってきました。
「絵の世界には進めませんでしたが、『自分は絵が得意だった』と言えるのは、かつて高校の先生が認めてくれたからです。今また描いているうちにうまくなってきたのか、『いいね』の数も増えてきました。当時、先生が教えてくれた『絵はたくさん描くしかない』ですね」とごまらーめんさんはほほえみます。
ツイートする絵に対して、「癒やされました」「さわやかな気分になれた」と言われることもあります。
「少しでも見た人の癒やしになるとうれしいです。絵は自分の楽しみですし、社会の役に立てる分野なのかもしれません」
若き日の経験や挫折が絵にもにじみ出ている。あの経験がなければ今のような絵にならなかったーー。そう感じることもあります。
「今後も誰かが見てくれて、『いいね』『ほしいです』と言ってくれる間は続けていこうかなと思います。細々とでも絵を続けてこられたのは先生のおかげ。もしも会える機会があれば、まずお礼を伝え、最近描いている絵を見てもらって感想をお伺いしたいです」
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