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連載

#10 罪と人間

「親の万引きが止まらない…」犯罪〝なんでも〟相談窓口が必要なワケ

「親の万引きが止まらない」「子どもが自宅で暴れて手がつけられない」――。そんな相談が次々と寄せられる電話窓口があります
「親の万引きが止まらない」「子どもが自宅で暴れて手がつけられない」――。そんな相談が次々と寄せられる電話窓口があります 出典: Getty Images

目次

「親の万引きが止まらない」「子どもが自宅で暴れて手がつけられない」――。そんな相談が次々と寄せられる電話窓口があります。その名も「犯罪お悩みなんでも相談」。取材をすると、この相談事業だからこその〝ニーズ〟が浮かんできました。

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万引き、暴力、痴漢……

「犯罪お悩みなんでも相談」の実施主体は東京都です。

祝日や年末年始を除く、火曜日と木曜日の午前9時から午後5時まで、電話相談を受け付けています。電話代はかかりますが、相談自体は無料。匿名でも問題ありません。

都のHPには、こんな記載があります。

万引きや暴力、痴漢などの犯罪行為をしてしまうご本人やそのご家族、関係者の方などを対象にあらゆる犯罪に関する相談を電話で受け付けます
「犯罪お悩みなんでも相談」のチラシ
「犯罪お悩みなんでも相談」のチラシ 出典:東京都のホームページ

「高齢者万引き相談」として開始

元々は「高齢者万引き相談」として2018年にスタートしました。

都が前年にまとめた「高齢者による万引きに関する報告書」によると、65歳以上の万引き被疑者の場合は、窃盗を繰り返す人の割合が5割を超えていました。

その後は、名称や相談日、受付時間などが変わりつつも、毎年実施。現在に至ります。

都の担当者は、「当初は、万引きについて高齢者の割合が増加しているという現象にフォーカスしました。より広く相談を受け付けるために、罪種や対象年齢を拡大して、現在の『犯罪お悩みなんでも相談』」となりました」と話します。

都の担当者は、「当初は、万引きについて高齢者の割合が増加しているという現象にフォーカスしました。より広く相談を受け付けるために、罪種や対象年齢を拡大して、現在の『犯罪お悩みなんでも相談』」となりました」と話します
都の担当者は、「当初は、万引きについて高齢者の割合が増加しているという現象にフォーカスしました。より広く相談を受け付けるために、罪種や対象年齢を拡大して、現在の『犯罪お悩みなんでも相談』」となりました」と話します 出典: Getty Images

経験豊富な相談員

実際に相談を受けるのは、都が委託する団体の相談員です。

今年度の委託先は、一般社団法人「社会支援ネット・早稲田すぱいく」(東京都)。メンバーは社会福祉士や精神福祉士の資格を持っています。

少年院の元法務教官や、知的障害者の入所施設の職員など、背景はさまざまですが、共通する点も。メンバー全員が、障害などで福祉的なフォローが求められる被疑者、被告人への支援の実務経験が豊富ということです。

「親の万引きが止まらない」

今年度の相談件数は、半年で170件ほど。増加傾向にあると言い、都は「相談事業の周知、浸透がより進んだため」としています。

特徴的な相談の一つが、万引きだそうです。

「親の万引きが止まらない」と家族から相談があるほか、「やめたいのに、やめられない」と本人からの相談もあるそうです。依存症の傾向があれば医療機関につなげたり、未成年の場合は専門の公的機関を紹介したりするそうです。

早稲田すぱいくの代表理事で、相談にも応じている小林良子さんは、「相談への対応が適切か、ほかに提示できる選択肢はないか、弁護士や医師の助言を得ながら進めています」と話します。

小林良子さん=本人提供
小林良子さん=本人提供

「こんなはずじゃない」

高齢者の万引きについては、生活困窮や認知機能の低下などが要因として挙げられます。小林さんは、こうした点も踏まえつつ、別の要因も指摘します。

「経済的に余裕があり、認知機能がしっかりしていても万引きをする人がいます。身勝手に聞こえますが、例えば、会社勤めの頃と比べ、『俺は、私は、こんなはずじゃない』という気持ちを吐露する人もいるのです。そうした人たちの感覚を『不全感』と表現しています」

東京都の「高齢者による万引きに関する報告書」にも、研究者の見解として「自分の現状への不全感や将来への不安感、自分を守ってくれない社会に対する不信感が犯行の背景にあると思われる」と触れられています。

高齢者の万引きについては、生活困窮や認知機能の低下などが要因として挙げられます
高齢者の万引きについては、生活困窮や認知機能の低下などが要因として挙げられます 出典: Getty Images

「〝予防的〟な支援」

「犯罪お悩みなんでも相談」に寄せられるのは、もちろん、万引き事案だけではありません。他人に暴力をふるってしまった。お金を着服してしまった。盗撮した――。匿名相談が可能であるがゆえに、さまざまな相談が寄せられます。

都によると、2021年度の電話(143件)では、20代~80代以上まで幅広い年齢から相談が寄せられました。罪名では、万引きを含む窃盗がおよそ半数を占めたものの、性犯罪や傷害など多岐にわたります。


こうした幅広い電話相談について、小林さんは、「より〝予防的〟な支援」と位置付けるようになっています。再び罪を犯すことの抑止になったり、犯罪を未然に予防したりすると、考えています。

例えば、「親の万引きが止まらない」と子どもから相談が寄せられた場合、公的な相談窓口である「地域包括センター」や、認知症に特化した医療機関などを紹介するそうです。こうした支援も、さらに罪を重ねさせないという視点では予防的な意味合いを持つとしています。

「負の回転ドア」を止める

罪を犯した人へ、つまりは司法の領域に、「どう福祉的にアプローチするのか」は、社会にとって重要なテーマとなっています。

2006年にJR下関駅で発生した放火事件で逮捕された男性には、軽い知的障害がありました。「行く場所が無く、刑務所に戻りたかった」と動機を語った男性は、この事件を含め11回の実刑判決を受けていました。

放火事件の判決では、「軽度の知的障害があり、高齢でありながら刑務所出所後に支援もなく、社会に適応できなかった事情は酌むべきだ」と指摘されています。

同じ頃、元衆院議員の山本譲司さんが「獄窓記」「累犯障害者」を著し、刑務所の一部が福祉の代替施設化していると訴えました。

こうした背景もあって、福祉的支援の重要性も説かれるようになりました。司法の力だけでは再犯を防げず、「負の回転ドア」を止めるための施策が求められたのです。

連携の「前倒し」

こうした声を受け、国は、2009年度から「地域生活定着支援センター」の整備を始め、全国に展開。孤立したり、障害があったりする受刑者のサポートを始めました。

「出所後」の支援は、「出口支援」とも呼ばれます。一方、万引きなどで起訴猶予になったり、刑の執行を猶予されたりした人たちに対する取り組みも広まります。こちらは「入り口支援」と呼ばれています。

司法と福祉の連携は、「前倒し」されるように進んできています。

「犯罪お悩みなんでも相談」に取り組む小林さんは、「出口支援」も「入り口支援」も実務経験があります。その経験の上に「より〝予防的〟な支援」の必要性を実感してもいるのです。

支援の網の目は重層的であれば、その分、「漏れ」を防ぐことができます。電話相談の取り組みも、支援の一つとして定着していくことを期待しています。

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