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連載

#7 記憶をつなぐ旅

「福島の人の声を伝える」ツアー開催 原発事故を人ごとにしないため

被災地のイメージを変える現地への旅

ノットワールドが昨年9月に開催したオンラインツアーのようす。JR双葉駅を降りると出迎える「FUTABA Art District」は観光スポットにもなっています=ノットワールド提供
ノットワールドが昨年9月に開催したオンラインツアーのようす。JR双葉駅を降りると出迎える「FUTABA Art District」は観光スポットにもなっています=ノットワールド提供

目次

東京電力福島第一原発の事故で被災したエリア約30kmを、訪日外国人向けにガイドツアーで案内してきた旅行会社ノットワールド代表の佐々木文人さん。しかしコロナ禍で、国内外をターゲットにしたオンラインツアーもリアルとあわせて開催するようになりました。事故が人ごとになっていないか――。そう指摘する佐々木さんに、被災地のツアー開催に込める思いを聞きました。

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記憶をつなぐ旅※クリックすると特集ページに移ります。

連載「記憶をつなぐ旅」:戦争や災害、公害・環境破壊といった近現代の人々の悲しみ・苦しみの記憶を巡ることで、未来につなげていく〝旅〟を紹介します。このような旅は「ダークツーリズム」とも呼ばれ、実際に現地を訪れて感じたことや、次世代に受け継ぎたいことを考えます。

沿岸部を訪れた訪日外国人たち

東京駅から3時間ほど。マイクロバスに乗って向かったのは、福島県沿岸部。東京電力福島第一原発から30kmのエリアです。

コロナ禍の直前の2020年1月、筆者はオーストラリアやアメリカ、ヨーロッパなどから来た訪日観光客とともに、ガイドツアーに参加していました。

津波に遭った浪江町の請戸小学校。このときはフェンスの外から、ガイドに被害の様子を解説してもらいました。現在は震災遺構として一般公開されています=2020年1月、水野梓撮影
津波に遭った浪江町の請戸小学校。このときはフェンスの外から、ガイドに被害の様子を解説してもらいました。現在は震災遺構として一般公開されています=2020年1月、水野梓撮影

津波の被害に遭った浪江町の請戸小学校を訪れたり、いまだに立ち入り禁止のフェンスが立ち並ぶ国道6号を走り抜けたり……。

ノットワールドのガイドが、福島で起きた事故の影響や現在の避難エリアなどについて英語で解説します。

浪江町の仮設商店街でのお昼ごはんの様子。オムライスが珍しかった参加者もいて、店主に英語で話しかけていました=2020年1月、水野梓撮影
浪江町の仮設商店街でのお昼ごはんの様子。オムライスが珍しかった参加者もいて、店主に英語で話しかけていました=2020年1月、水野梓撮影

海外から訪れた人びとは、動画サイトで廃墟のように紹介されていた負のイメージが強かったそうです。

富岡町から避難した語り部さんが「福島のことをまた思い出して訪ねてほしい」と訴えるのを聞き、建て替えが進むなど変わりつつある街の様子を目の当たりにした参加者たち。

帰りのバスでは、「イメージが変わった」「時間が経って福島の姿は変わってきている」と感想をシェアしました。

「帰るかどうか迷っている避難者の話が心に残った」「地震・津波・原発とトリプルの被害にあったところ。全て回復させてほしい」というコメントもありました。

富岡町の語り部さんが津波の被害や原発事故で避難した時の思いを語ってくれました。「避難指示が解除されても、周りには何もない。帰るかどうか悩んでいる今の方がつらい」。そう聞いて胸が詰まりそうになりました=2020年1月、水野梓撮影
富岡町の語り部さんが津波の被害や原発事故で避難した時の思いを語ってくれました。「避難指示が解除されても、周りには何もない。帰るかどうか悩んでいる今の方がつらい」。そう聞いて胸が詰まりそうになりました=2020年1月、水野梓撮影

現地を訪れ、そこに住む人たちと交流したり、自分の目で見たりすることで、被災地に抱いていたイメージが大きく変わるんだと実感した出来事でした。

被災地に「観光の力を生かせないか」

このツアーを2018年2月に始めたのは、旅行会社ノットワールド(東京都)です。

それまで東京・築地市場や京都などでインバウンド向けのガイドツアーを開催していましたが、代表の佐々木文人さんは、父が宮城・登米の出身で、妻が福島・白河の出身というバックグラウンドがあります。

震災時には親戚に連絡がつかなかったり、放射能の影響に不安を抱えた親戚が実家に身を寄せたり……といったこともあり、震災や事故は身近なものでした。

「縁のある地域のために、観光の力を生かせないか」という思いが始まりだったといいます。

世界一周をしたあと、ノットワールドを立ち上げた佐々木さん
世界一周をしたあと、ノットワールドを立ち上げた佐々木さん 出典:佐々木さん提供

「観光で福島を盛り上げたい」と入社した担当者が、半年ほどをかけて何度も足を運び、地元の人とつながりを作って、ツアーを形づくっていきました。

同時に、佐々木さんたちがガイドを育成し、事故や放射線のことを学んで英語で伝えられるよう、台本を練り上げていったといいます。

福島沿岸部の津波の被害について解説する佐々木さん。「福島に行ってみたい」と話す知人たちとも福島をたびたび訪れています=2020年1月、水野梓撮影
福島沿岸部の津波の被害について解説する佐々木さん。「福島に行ってみたい」と話す知人たちとも福島をたびたび訪れています=2020年1月、水野梓撮影

都心から北上すると、福島は東北地方の入り口でもあります。

「福島が立ち上がっていくことが、東北の観光全体を考えても大事になる。『ノット(結ぶ)』という会社名の通り、日本各地をつなぎたいという思いでした」と振り返ります。

立ち上げ当初は、モニターツアーで口コミを増やし、有名YouTuberとコラボして知名度を上げるといった施策も功を奏して、着実に参加者が増えていきました。

コロナ後はオンラインツアーも開催

ところが、さらに弾みを付けようとしていた2020年、コロナ禍に見舞われます。

佐々木さんたちは、飲食や宿泊、お土産購入といった地域に消費で貢献する機会を増やすため、宿泊ツアーの開催も企画していました。しかし、日本のインバウンド客は前年比99.9%に。ほかのツアーと同様に中止に追い込まれました。

そこでリアルとの両輪として「オンラインツアー」の開催(https://homusubijapan.com/online-tour/)を増やしていきます。

国内客もターゲットに入れて、現地の人と交流したり、特産品が届いたりするオンラインツアーを企画・開催しました。
福島・双葉出身の高崎丈さんが声をかけてつくったクラフトジンが届くツアー
福島・双葉出身の高崎丈さんが声をかけてつくったクラフトジンが届くツアー 出典:ノットワールド提供

福島でも、双葉町を案内するオンラインツアーや、作られたばかりの「クラフトジンふたば」が届くオンライン交流ツアーなどが好評を博しました。

双葉町の山根辰洋さんが、現地から案内したオンラインツアーのようす
双葉町の山根辰洋さんが、現地から案内したオンラインツアーのようす 出典:ノットワールド提供

オンラインツアーの参加者からは「現地に行ってみたい」という感想も寄せられているそうです。

事故を「人ごと」にしないために

東京を含む首都圏の電気をつくっていた東京電力福島第一原発の事故。本来は、東京に住む筆者も「当事者」ですが、11年が経とうとするなか、友人たちと話していても事故の深刻さが風化しつつあるように感じることもあります。

双葉町に開館した「東日本大震災・原子力災害伝承館」。原子力広報のパネルが展示されていました=2021年3月、水野梓撮影
双葉町に開館した「東日本大震災・原子力災害伝承館」。原子力広報のパネルが展示されていました=2021年3月、水野梓撮影

そう問いかけると、佐々木さんは「人ごとになってしまっていますよね」と答えました。

「心に響いたことじゃないと、人はすぐに忘れてしまう。事故を忘れず、人ごとにしないためにも、現地に足を運ぶ意義は大きいと思います。まずはオンラインツアーでも、地域とのつながりを作ってほしい」と話します。

筆者も参加した2020年1月のインバウンド向けツアー。国道6号沿いにあったゲームセンターは、海外の動画で有名になっていました。「これを見たい」と訪れた人も。現在は取り壊されています=水野梓撮影
筆者も参加した2020年1月のインバウンド向けツアー。国道6号沿いにあったゲームセンターは、海外の動画で有名になっていました。「これを見たい」と訪れた人も。現在は取り壊されています=水野梓撮影

時間の経過とともに、被災した建物が更地になるなど、被害の深刻さが伝わりづらいことも出てきています。

双葉町にできた東日本大震災・原子力災害伝承館で伝えていくだけでは不十分なのではないかという危惧もあるそうです。

「被災した建物を見たくない気持ちも分かります。でも30年後の気持ちはまた変わっているかもしれない。そんな長いスパンで記憶の伝え方や、復興に観光をどう生かしていくかを考えなければならないと思います」

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