マンガ
「代わりなんかじゃない」ペットロスに悩む漫画家を救った愛犬の物語
お別れの後「2代目」を迎えた理由
愛情を注いだペットを亡くし、途方に暮れる状態を「ペットロス」と呼びます。経験者の一人が描いた、立ち直りの過程にまつわるエッセー漫画が、ツイッター上で好評です。愛犬を失い、「2代目」をお迎えするストーリー。つらい別れを経験しても、なお小さな命に寄り添い続けたいと考えたのは、なぜか。作者に聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)
主人公は、新人漫画家の男性と、その愛犬です。マルチーズとトイプードルのミックス・マルプーの男の子、フクは3歳。昨年6月、男性の家にやってきました。物語は、その前日譚から始まります。
2019年12月。男性は先代の愛犬で、柴犬の女の子・リーフを、18歳11カ月で亡くしました。7歳の頃、保護施設から引き取って以来、共に過ごしてきた家族です。
学生時代は、友人と過ごす時間を減らしてまで、散歩といった世話をこなしました。晩年、リーフは心臓弁膜症や認知症、脳溢血(のういっけつ)を発症し、つきっきりで介護にあたることになります。
いつか訪れる最期に備え、男性は本を読むなどして、生き物との別れにまつわる情報を集めました。やがて看取り、火葬を済ませて、4カ月ほど。漫画の商業連載を続けていた頃、体調に異変が生じます。突然、涙があふれてきたのです。
病院に行くと、抑うつ状態と診断されました。ペットロスです。気力を失い、順調だった連載も、休止を余儀なくされてしまいました。
ある日、父が思わぬ提案を持ちかけてきました。「新しい犬(こ)を迎える気はない……?」。男性は戸惑います。「リーフの代わりになんてならないよ……」。里親募集のサイトを確認しても、罪悪感に襲われるばかりです。
更に数日が経ち、母の知人が飼っている犬を見に行くことに。「引き取ることが、その子にとって本当に幸せなのか」。重苦しい気持ちで、家の扉を開いた途端、体に衝撃を感じました。
「ワン!! ワン!!」。目の前には、一匹の犬が立っています。しかし毛や爪が伸び放題で、わずかに異臭も放ち、適切なケアを受けているように見えません。飼い主に里 親を募った理由を尋ねると、予想外の答えが返ってきました。
「最初は家族みんなでかわいがってたの。けどだんだんと面倒をみなくなっちゃって」「ウチの家族はみんな猫派。よそ飼ってもらった方が幸せだと思うの」
「命を……この子をなんだと思っているのか」。湧き上がる怒りを抑えつつ、気分転換を兼ね、一緒に散歩してみることにしました。男性を先導するように、全速力で前へと進む様子に、リードを持つ手に力が入ります。
「リーフの代わりなんかじゃない」「この子はこの子なんだ」。自分の手で育てることを決めた男性は、犬をフクと名付けました。リーフから一字もらい、今後の幸せを願う気持ちを込めたのです。
そしてフクから希望を授かり、漫画の連載を完結させるまでの日々が描かれます。「家族になってくれてありがとう」。ラストに示されるメッセージにも共感が集まり、一連の投稿には、2.4万を超える「いいね」がつきました。
「物心ついた頃から、動物が大好きでした。犬を飼いたいと、両親に何度も頼んでいたんです」
漫画の作者で、幽霊の少女との日々を描いた『いろはと僕と』(小学館)などの著書がある漫画家・アキサワリョウタさん(@aki3wa)は、幼少期を振り返ります。
動物への恋しさは、日に日に強くたぎっていくばかりでした。しかし、なかなかお迎えする機会がなく、小学生の頃は犬を飼うゲームで遊んでいたそうです。
そんなとき、父の知人から一匹の犬を紹介されます。それが先代の愛犬・リーフです。
「家に来たときから、無駄吠えや粗相をしない、本当に良い子でした。近所の皆さんからも愛されていた。中高時代、僕があまりに『リーフが可愛い』と言い続けるので、『会いたい』とクラスメートが自宅に来てくれたこともあります」
「毎年桜が咲き始めると、リーフと二人で、お花見がてら近所を散歩をしていました。その時の写真が、今でも一番気に入っています。もちろん、一緒に過ごした時間の全てが、大切な思い出です」
「リーフは今も人生において最も大切な存在、家族です」と、屈託なく語るアキサワさん。しかし年月を経て、老いゆく愛犬に寄り添うのは、並一通りの体験ではありませんでした。わけても、亡くなる直前の出来事は忘れがたいといいます。
2年前のある夜、リーフが何を口にしても、戻してしまう状態に陥りました。食べることすらままならず、翌朝一番にかかりつけの獣医を訪ねます。
点滴を受け、水すら飲めず動けず、横たわったまま。自宅に連れ帰った後も元気がなく、アキサワさんは仕事をしつつ、傍らで見守ることにしました。
日が暮れてから、ふと、リーフが自らに向けた視線に気付きます。「抱っこして」。そう言っている気がして、抱き上げました。
「みんなを呼んできて」。続けざまに読み取れた感情は、愛犬の最後の願いであると感じられたそうです。気付けば、食事中だった父母に泣きながら声をかけ、一家総出で励ましていました。
「クゥ~ン」
2019年12月2日、午後9時15分頃。リーフは声を振り絞って一鳴きすると、尻尾を2回振り、息を引き取りました。
その後、アキサワさんがペットロスになった背景には、喪失感や虚無感がありました。
毎朝、起床時に頭をよぎる「何でリーフがいない世界で生きているのか」という思い。床につくと、胸に去来する「翌朝起きたら、また同じことを思うのか」との不安感。眠れぬ日々が続き、次第に心が蝕まれていったのです。
複雑に絡まった感情をほどいてくれたのが、他ならぬフクでした。うまく言えないけれど、なぜか惹き付けられる――。初めて写真を見たときから、不思議な縁を感じました。
「初対面の段階で、『こんなに歓迎してくれてうれしい』と思えるほど、尻尾を振ってくれました。引き取るまで、当時の飼い主さんと色々なお話をしたのですが、後半になると、僕の後ろにぴったりくっつくほど懐いたのです」
同居し始めて、およそ1年半。フクはもうすっかり、家族の一員です。散歩へ行き、ひとしきり満足すると、自宅方面へときびすを返します。そしてアキサワさん自身、家でくつろぐ姿を目にするたび、胸が温まるといいます。
新たな出会いは、リーフの不在に対する悲しみをも、緩やかに和らげてくれました。「たくさんの思い出をくれてありがとう。よくがんばったね」。いつしか、自然に感謝できるほど、立ち直れていたのです。
今回の漫画には、たくさんの読者がコメントを寄せています。現在進行系でペットロスにさいなまれている人。ペットの最期をどう迎えるべきか惑う人。それぞれの声に耳を傾けつつ、アキサワさんは「描いて良かった」との思いを深めました。
「ペットへの思い入れや考え方は、人それぞれだと思います。ペットロスの度合い、乗り越え方も同じです。自分のペースでゆっくり受け入れればいい。漫画が、そのきっかけや、背中を押せるような作品になっていたなら、うれしいです」
昨今、新型コロナウイルスの流行を期に、ペット需要が高まったと言われます。だからこそ、アキサワさんは祈るのです。かつてフクが味わったであろう、つらい思いをする動物が、少しでも減って欲しい、と。
「元々の飼い主様への過度は発言は控えて頂けたらと思います。その上で人間もペットも、命あるものはいつ、どこで、どう亡くなるかわかりません。大好きな人、大好きなペットとの一日一日を大切に過ごしてもらいたい。そう考えています」
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