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連載

#10 #半田カメラの巨大物巡礼

「巨大観音のマスク」に集まった批判 企画した住職が今、思うこと

「純粋な人が批判、考えることが大切」

福島県会津若松市に建つ、高さ57メートルの「会津慈母大観音」。この巨大仏に「マスク」を取り付ける試みが、ネット上で賛否両論を巻き起こしています。一体、なぜ?背景事情について、写真家・半田カメラさんが取材しました。
福島県会津若松市に建つ、高さ57メートルの「会津慈母大観音」。この巨大仏に「マスク」を取り付ける試みが、ネット上で賛否両論を巻き起こしています。一体、なぜ?背景事情について、写真家・半田カメラさんが取材しました。 出典: 会津村提供

目次

福島県内に、天を突くほど大きな観音像がそびえています。この仏像に「マスク」をつける取り組みが最近、ネット上で賛否両論を集めました。実施のタイミングや方法を疑問視する声が寄せられたのです。企画した住職は今、何を思うのか? 大きな物を撮り続けてきた写真家・半田カメラさんが、住職を取材。意外な形で起きた批判の意味について、つづってもらいました。

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テレビに映る「マスクをつけた巨大観音」

「巨大観音にマスクをつける様子が中継されていますよ」

今年6月15日の昼過ぎにもたらされたこの一報に、ちょうど外出しようとしていた私の目は、テレビに釘付けになりました。飛び込んできたのは、「会津慈母大観音」の姿です。

福島県にそびえる磐梯山のふもと、6万坪の広大な敷地を誇る庭園施設「祈りの里 会津村」(会津若松市)。そのシンボルとして、世界平和を祈念し1986年に建てられた、高さ57メートルの巨大観音像です。マスクは、新型コロナウイルス終息への願いを込め、準備されたものだといいます。

テレビ画面には、会津慈母大観音をまるでロッククライミングするようにロープをつたい上下する、4人の高所作業員の方の姿が映し出されていました。観音さまのお顔が規格外に大きいため、作業する人があまりに小さく見え、スケール感が狂わされます。

マスクは縦4.1メートル、横5.3メートル、重さ約35キロの特注品。高所作業で強い風が吹き付ける中、ロープをつたいながら作業する4人の様子には手に汗握り、約1時間半の作業の末、魔よけの意味を持つ朱色のマスクが無事つけられたときには、思わず拍手を送りました。

朱色のマスクを身につけた会津慈母大観音。高所作業員たちが、ロープを使い上り下りしている。
朱色のマスクを身につけた会津慈母大観音。高所作業員たちが、ロープを使い上り下りしている。 出典: 会津村提供

「なぜ今マスクなのか?」集まった批判

折しもその前日の6月14日、淡路島にある高さ約100メートルの巨大観音像、淡路島世界平和大観音(兵庫県淡路市)の解体工事が始まったと報道されました。

淡路島世界平和大観音は1982年に建てられ、完成当時は一日に4千人もの観光客が訪れるほどの人気でした。ところが所有者が亡くなり、2006年以降は放置されてしまいます。老朽化の影響で外壁が崩落するなど、周囲に危険が及ぶ可能性が高まったため、とうとう解体が決まったのです。

この報道に少なからず寂しさを感じていた私は、テレビに映る会津慈母大観音の変わらぬ姿にホッと胸をなで下ろしました。

ところが、会津慈母大観音のマスク装着の報道に、ネット上の反応は「観音さまは絶対的な存在だろう、なぜマスクが必要なのか」「どうして今、マスク設置なのか」など否定的なものが少なくありませんでした。

これらの疑問について、全国各地の巨大仏を撮影してきた経験も踏まえ、私なりに考えてみようと思います。

兵庫県内に建つ淡路島平和大観音。
兵庫県内に建つ淡路島平和大観音。 出典: 半田カメラさん提供

「笠地蔵」と共通する思いやり

まず、「絶対的な存在」であるはずの仏様にマスクを着けるという行為についてです。

特に寒い東北地方などでは、冬場にお地蔵様に着物を着せたり、帽子をかぶせたりする姿を多く見かけます。お地蔵様の正式名称は「地蔵菩薩(ぼさつ)」、観音様は「観音菩薩」。双方とも「菩薩」という階級に属する仏様です。

「仏様であっても寒かろう」とお地蔵様に笠をかぶせる、昔話「笠地蔵」の場面を思い出してください。仏像に着物を着せるのは、昔ながらの日本人の優しい思いやりと、「石ころにも魂が宿る」というような考えが根付いているためだと思います。マスクを着けるのも、この延長線上にある行為と考えていいでしょう。

新型コロナウイルスについて、今ほどよく知られていなかった昨年前半、仏像にマスクを設置する取り組みが、何度も報じられました。六地蔵、阿弥陀如来像、観音菩薩像。果ては、大きな岩肌に彫られ、岩ごとマスクをつけた仏像まで登場し、例を挙げればきりがないほどです。

その理由は、大きく三つに分けられるように思います。一つ目が、ウイルス禍の終息を願いマスクを設置するという「祈願」。マスク着用を人々に促す「呼びかけ」。そして、コロナ禍で暗い話題が多い中、人々に笑顔になってもらいたいという「癒やし」です。

マスク姿の会津慈母大観音。
マスク姿の会津慈母大観音。 出典: 会津村提供

地震で亀裂、補修工事がきっかけに

ウイルスの流行から1年以上が経過した現在、マスク着用は既に当たり前となっています。なぜ今、このタイミングで会津慈母大観音はマスクをすることになったのか。会津村の管理者・池田真理雄住職に伺いました。

今年2月13日、最大震度6強の地震が福島県を襲いました。この地震の後、会津慈母大観音には、明らかに目で見てわかる亀裂が複数発見されました。とき既に、淡路島世界平和大観音の解体について報道されていた頃です。

「このまま亀裂を放置すると、淡路島の観音様のような、外壁の崩落という事態も起こり得る」。ご住職はそう思い、修復作業を決意したのだそうです。

観音様の修繕工事は5月23日から始まりました。作業を担当したのは、特殊高所工事を専門とする企業クライミング・ワークス(神奈川県平塚市)。足場を組まず、構造物の上部から垂らしたロープをつたいながら作業を行うことにより、コストを抑える工法が特徴です。

その同社から、工事を機に、「観音様にマスクをつけてみてはどうか」という提案がありました。このタイミングでの出来事に、ご住職は「ある種、仏様からの啓示ではないか」と捉えたそうです。

高さ57メートルの観音様は、遠くからでもよく見えます。マスクをつけることを強制するのではなく、「他者への思いやりの持ち、お互いに助け合っていくべきだ」という、観音像に元来込められたメッセージを発信できたらいい。そんな思いが背景にあったのだと話してくださいました。

感染予防のため、長期にわたり外出自粛といった我慢を強いられる社会情勢の中、少しでも人々に笑顔になってもらいたい。そんな思いも少なからずあるのではないか、と考えながら、私はご住職の話に耳を傾けていました。

会津慈母大観音にマスクを付けるプロジェクトの説明書き。東日本大震災からの地域再生と、新型コロナウイルス流行の早期収束を願う趣旨が明記されている。実施に合わせ、会津村の敷地内に、同じデザインの看板も設置された。
会津慈母大観音にマスクを付けるプロジェクトの説明書き。東日本大震災からの地域再生と、新型コロナウイルス流行の早期収束を願う趣旨が明記されている。実施に合わせ、会津村の敷地内に、同じデザインの看板も設置された。 出典: 会津村提供

「批判も重要な意見」住職の考え方

そして思いきって、「ネット上には、観音像にマスクをつけることに対する批判の声も見られますが、どうお考えですか」と伺ってみました。すると、こんな答えが返ってきました。

「批判も大変重要な意見です。観音様は万能であるのに、なぜマスクが必要なのかと否定的に捉える人は、とても純粋な人だと思います。クレームも考えるための一つのきっかけであり、考えるということが大切だと思います」

ご住職の言葉を聞き、一つひとつの批判コメントに反応してしまう自分が小さく感じられました。

淡路島世界平和大観音や、会津慈母大観音のような巨大仏が、日本国内に今後建設されることは、恐らくないだろうと思います。巨大仏は仏像でありながら建築物でもあり、美しさを追求した高度な技術は、とても興味深いものだと思います。

淡路島世界平和大観音は間もなく失われてしまいますが、会津慈母大観音のように現存する巨大仏は長く存続してほしい。そして広く人々に癒やしや笑顔を与え続けてほしい。そう願っています。


・半田カメラ:大仏写真家。フリーカメラマンとして雑誌やWebなどの撮影の傍ら、大好きな大仏さまを求め西へ東へ。現在まで国内200カ所、300尊近くの大仏さまを撮影。 著書に大仏ガイド本「夢みる巨大仏 東日本の大仏たち」「遥かな巨大仏 西日本の大仏たち」(ともに書肆侃侃房)がある。

【連載・#半田カメラの「巨大物」巡礼】
大仏、橋、モニュメント。存在感抜群なのに、なぜそこにあるのか、よく分からないモノの数々。誕生の歴史をひもとくと、関係者の熱い思いがあふれてきます。全国各地を回り、そんな「巨大物」をフィルムに収めてきた写真家・半田カメラさんに、イチオシの一体について語り尽くしてもらう連載です。異世界への扉、そっと開けてみませんか?不定期連載です。(記事一覧はこちら

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