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手紙でしか予約できない宿なのに…コロナ後もお客が途切れない理由

「パソコンよりも便利なんです」

苫屋の坂本久美子さん(左)と充さん=岩手県野田村、関根和弘撮影
苫屋の坂本久美子さん(左)と充さん=岩手県野田村、関根和弘撮影

目次

新型コロナウイルスで世の中が揺さぶれる中、以前と変わらない暮らしを続けている場所があります。岩手県野田村にある宿「苫屋(とまや)」は、電話もインターネットも使わず、手紙でしか予約ができないことで知られています。そんな、一見、不便と思われる「苫屋」ですが、コロナ後も変わらず宿泊客が訪れているといいます。私たちにとって、本当に必要なものは何か? 2020年12月、オンラインでつないだ「苫屋」の囲炉裏を囲みながら、考えました。

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テーマ「苫屋」とは?

テーマ「コロナ」と観光

テーマ「地方」の自活力

テーマ「コロナ」と「地方」の伝え方

【後編はこちら】「村八分のままがいい」ネットも通じない宿で考えた本当の地方移住
イベント「手紙で予約する宿・苫屋から考える本当のノーマル」

12月17日(木)の夜、以下の4人と視聴者をオンラインでつなぎました。
・「苫屋」の坂本充さん久美子さんの夫妻
・地方への移住などに詳しい「ソトコトオンライン」編集長の北野博俊さん
・朝日新聞盛岡総局で「#ゆるり脱デジ旅」担当の御船紗子記者(司会)
※中継は、苫屋と、東京の北野さん、盛岡の御船記者の3カ所からです。

見学に来ていた地域おこし協力隊の山口光司さんも急きょ一部だけ参加。
野田村は、岩手県の北部の山の中にあり、時折中継が途切れることも。
当時の気温はマイナス5度ほど。囲炉裏の周りだけが暖かい空間でした。

テーマ①「苫屋」とは?

色々な人と縁ができていく場所

〈新型コロナウイルスの影響で、外出自粛やソーシャルディスタンスなど、これまでの便利で快適な社会を根底から揺さぶるようなことが起こっています。一方、そこまでの影響が出ていないという苫屋は一体どんな宿なのか。まずはその前提知識の説明から始まります〉

御船紗子記者(以下、御船記者):苫屋は、手紙でしか予約ができない宿という、インターネットで好きな時に好きなサービスが受けられる現代には、珍しい営業スタイルなのですが、宿泊客が絶えることはありません。囲炉裏を囲んだソーシャルディスタンスであったり、自給自足の暮らしの強さであったり、そういう苫屋の営みを手がかりにしながら、ウィズコロナそしてアフターコロナの時代の生き方を探っていこうと思います。

私自身も10月から11月にかけて泊まり、その時の体験をリアルタイムで発信する「#ゆるり脱デジ旅」という企画をやりました。取材の経験を踏まえて、一緒に考えていきたいと思います。まず、苫屋がどういうところなのか説明いただけますか。

坂本久美子さん(以下、久美子さん):あまりにも普通の宿なので、私は言いにくくて…。

〈見学に訪れていた地域おこし協力隊の山口光司さんが、代わりに説明してくれました〉

山口光司さん(以下、山口さん):苫屋は、一言でいうと、出会うはずのなかった人たちが出会う場所です。全国各地、中には海外から、たくさんの人が来て、つながっていく中で、色々な人と縁ができていく場所だと思います。
イベントは囲炉裏の前で開かれた。右端が山口光司さん=関根和弘撮影
イベントは囲炉裏の前で開かれた。右端が山口光司さん=関根和弘撮影
御船記者:宿泊客の食事は、囲炉裏を囲んで一緒に取られるんですよね。宿自体が築160年以上経つ「南部曲り家」と言って、北東北にある独特の造りのかやぶき屋根の家です。

苫屋(の付近)は、電話もインターネットもつながりますが、設備がなく、ゆっくりした過ごし方ができるのかなと思います。そういうスタイルの宿は全国にあるのでしょうか。

ソトコトオンライン編集長の北野博俊さん(以下、北野さん):そうですね。数としてはそこまであるわけではないですが、特徴的な宿は、少しずつ増えてきているかなあという感じがしています。
【関連記事】予約は手紙、時が止まった宿「今以上の文明って必要?」

宿のバーチャルツアーも

〈ここで一度、現地から宿の内部を紹介するバーチャルツアーの時間がありました。電話もインターネットもない宿からの中継、少し不思議です。オンラインイベントの利点を生かし、その場で視聴者からの質問を読み上げる時間も。まずは窓の外に見えた雪についての質問です〉 

 

視聴者:苫屋の周りの雪は、多い時どれくらい積もるんですか。

 

坂本充さん(以下、充さん):一晩で60センチくらい積もるのが、1シーズン3回くらいあるのが普通でした。ここのところ温暖なのか、すごく減っていますね。この季節にこの寒さは珍しいくらい寒いですよ。靴下3枚履いてます。

苫屋のバーチャルツアー。ぼんやりと中の様子が分かります=オンラインイベントから
苫屋のバーチャルツアー。ぼんやりと中の様子が分かります=オンラインイベントから

〈苫屋内のツアーを終えて、イベントに戻ります〉

 

御船記者:北野さん、バーチャルツアーをご覧になっていかがですか。

 

北野さん:個人的にはすごく懐かしいなと。私の祖父母の家が鹿児島の中山間地域で、雪の降るようなところなんです。私が子供の頃ですと、練炭のこたつがあるような家で、冬になると、他の部屋に行くと寒くて寝られないということがありました。そういう感じだったので、ホッとするんだろうなあという感じがします。

 

御船記者:北野さんのお話で、少し前の日本であれば同じようなおうちもたくさんあったのではないかと思うのですが、当時の暮らしを今も自然体で続けていらっしゃるような感じなんでしょうか。

 

充さん:まあ、そうですね。こういう経験をしたことがないようなはずの小さな子供でも、懐かしさを感じることもあるみたいです。

久美子さん:人間のDNA に火が組み込まれているのかもしれない。

苫屋で開かれたバーチャルツアー。撮影の裏側=影山遼撮影
苫屋で開かれたバーチャルツアー。撮影の裏側=影山遼撮影

どうして予約は手紙だけ?

御船記者 :予約する方法が手紙だけというのが特徴的かなと思いますが、どうして手紙だけなのかを改めて伺えますか。

久美子さん :(宿が)できた時に、電話がなかった。だからそのまま手紙で良くて。私にとって手紙は、1番便利。

御船記者 :取材させていただいた時に、自分のペースで読めて、自分のペースで返せるとおっしゃっていましたが、リズムを崩されないということですか。

久美子さん :うちはポストも7キロ以上行かないと無いから、郵便屋さんが毎日郵便物を届けに来てくれるので、右手で受け取って、左手でお願いしますと(新しい手紙を渡す)。パソコンは起動のボタンを押すじゃないですか。私の場合、それさえなく手紙のやりとりができるから、何と言っても便利なんです。

司会を務めた御船紗子記者=オンラインイベントから
司会を務めた御船紗子記者=オンラインイベントから

〈ここでまた、視聴者から質問が〉

 

視聴者:客室の2部屋と、ランチ(営業)の時にテーブルを置いている部屋で計3部屋あると思うんですが、それで経営的に成り立つのでしょうか。

 

久美子さん:十分暮らせています。

 

御船記者:充さんが畑をお持ちで、たくさん栽培されているんですよね。

 

充さん:そうですね。使うお金が少ないのもあるかも分からないけれど、でも冬に遊びに行くこともありますから。それなりの暮らしができていますよ。

充さんの畑。極力耕さない不耕起栽培でダイコンや大豆など60種類ほどを育てている=2020年11月、御船紗子撮影
充さんの畑。極力耕さない不耕起栽培でダイコンや大豆など60種類ほどを育てている=2020年11月、御船紗子撮影 出典: 朝日新聞

別の視聴者:充さんは、岩手のご出身ですか。関西弁が交じっているような気がして。

 

充さん:兵庫県の神戸出身です。

久美子さん:私は栃木県です。

 

御船記者:二人は野田村に来るまで、トラックを改造したキャンピングカーで日本中を巡っていたという話でしたね。旅の最北端が野田村で、そこで今、定住されています。

手紙でやりとりするのが新しい

御船記者:北野さんは、苫屋にどういう魅力があると思われますか。

 

北野さん:囲炉裏があって、部屋を変えると寒いというのは、今の暖房が充実している居住空間では、なかなかないです。でも、昔を考えると当たり前。だけど、その当たり前を経験できる宿は少ないので、貴重ですし、原体験をくすぐる良い宿なのかなと思います。

 

別の観点で、実は、手紙でやりとりするのが新しいのではないか、と思っています。デジタルになればなるほど、色々なお客さんが来ます。手紙という風にした時点で、本当に行きたい人じゃないと書かないと思うんです。ある意味、新しいやり方なのかなと考えました。

ソトコトオンライン編集長の北野博俊さん=オンラインイベントから
ソトコトオンライン編集長の北野博俊さん=オンラインイベントから

〈次のテーマに移る前にもう一つ質問が〉

 

視聴者:ひっきりなしに予約が入るとのことでしたが、広報はどのようにされているのですか。

 

充さん:別に何もしていないというか、村の観光協会のホームページでは出ているでしょうけど、それも見たことがないからよく知らないですね。

久美子さん:お客さんが広報してくださる。

 

御船記者:口コミでどんどん広がっていくという感じですね。

 

充さん:ネットでなんとなく調べていたら出てきたという若い人も増えていますね。

テーマ②「コロナ」と観光

〈苫屋がある岩手県は、7月まで新型コロナウイルスの感染ゼロが続いていた都道府県としても注目されていました。コロナ禍における観光がどうなっているのかを考えていきます〉

 

御船記者:岩手県は唯一、感染が確認されていない県と全国から注目を集めていました。その分、県内の1例目として確認されてしまった患者に関しては、一時期、誹謗中傷のようなものも寄せられました。ただ、そういう誹謗中傷は良くないねという動きが活発になり、患者の元へ、花や励ましのメッセージが送られることもありました。

【関連記事】「感染ゼロ県」で1例目に 中傷の嵐の後に届いた赤い花
岩手県内1例目として発表された男性のもとに届いた手紙(文面をモザイク処理しています)
岩手県内1例目として発表された男性のもとに届いた手紙(文面をモザイク処理しています) 出典: 朝日新聞

御船記者11月になって初めてクラスターが確認され、そこから全国の流れと同じように増加傾向になっています。北野さんにお伺いしたいのですが、ソトコトオンラインで編集長をなさっていて、地域の観光は影響をどのように受けているのでしょうか。

 

北野さん:大変だと思います。その一方で、変わった動きも出てきてます。例えば、通信販売が活発になったり、SNSでの発信が活発になったり。地域への思いや良さをどう伝えるか、というところに関しては、ある意味、コロナがきっかけとなって、活性化したんじゃないかな、次のステージに進んだのではないかな、と思っています。

 

御船記者:調べていると、一部の宿でオンライン宿泊がありました。コロナ禍で観光は少しアップデートしているのかもしれません。

 

北野さん:まさに和歌山の熊野でやってらっしゃる「Why Kumano(ワイ クマノ)」ですね。ソトコトのオンラインサロンでもオーナーに来ていただきました。来ていただいてと言っても、zoomなんですが、現地とつないで対談しました。コロナがきっかけになって、世界中からお客さんがオンラインで来るようになったと。何が起きるかというと、宿を知ってもらう、また訪れたいなというきっかけが加速したとおっしゃられていて。まさにコロナが生んだ次のステージと言いますか、工夫の結果かなと思っています。

 

〈ここで、「ロックダウン中のドイツからだという視聴者から参加しています」というメッセージが届きました。実際に苫屋でも次のステージに進んだような気分です〉

身の回りの美しさにもう一度気づけた

御船記者:苫屋ではどうだったんでしょうか。何か新型コロナウイルスの影響を受けたことがあれば伺ってもよろしいですか。

 

充さん410日から5月いっぱいは休んでいました。岩手で(感染者が)出るまでの方が、東京の常連さんたちは来にくいと遠慮していましたね。その時に、さっきの話のように、オンラインで宿泊できていれば、喜ぶ人もいたでしょうね、多分。

 

久美子さん:でも、どうやって?お手紙宿泊。緊急事態宣言の時は、お客さんに苫屋の絵はがきを送って、遊んでいましたよ、私たち。28年岩手にいて、初めて連休をとったので、初めてお花見しましたからね。きれいだなと思って。野田村の美しさを改めて知らせてもらった感じ。コロナが私たちにくれたのは、身の回りにある美しさにもう一回気がつけたこと。あと、自分の時間をもう一回見つめ直す機会をくれたことかなと思います。

オンラインイベントに参加する坂本さん夫妻=関根和弘撮影
オンラインイベントに参加する坂本さん夫妻=関根和弘撮影

〈次のテーマの前に、また質問が〉

 

視聴者:来られるお客さんに共通することってありますか。例えば、感性とか求めていることとか。

 

久美子さん:何か楽しいこと探しているのかな。

充さん:何というかな、単純な本物を求めているということじゃないかな。この火が本物、とかね。

久美子さん:自然の美しさも、岩手にいたら当たり前だけど、都会の人には本当にびっくりするぐらい、きれいだろうし。お水の冷たさもそうだし。空の青さもそうだから。きっと今まで見られなかった自然というか、そういうものを探される人かなあ。

充さん:時間の流れも、ね。本当は時間の流れって、全員平等なんだけれども。感じ方がゆっくり感じられるんじゃないですかね。

【後編はこちら】「村八分のままがいい」ネットも通じない宿で考えた本当の地方移住

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