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連載

#4 役所をやさしく

「翻訳は、あえてしない」多言語対応の限界とは? #役所をやさしく

最も多くの人が話せる言葉とは…

イラスト・逸見恒沙子
イラスト・逸見恒沙子

目次

シンプルでわかりやすいことばで、日本語にまだ慣れていない外国人にも情報を提供する「やさしい日本語」。
小難しい「お役所言葉」を変えるべく、ある自治体が本腰を入れました。やさしい日本語の「発祥の地」ともいえる、神戸市です。

しかし、若手や外国人職員の推進チームの前に立ちはだかったのは「慣例の壁」。そもそも、何カ国語にも翻訳するのが「やさしさ」なのではないかと戸惑う仲間に、ベトナム出身の職員は「翻訳するだけでは、学習や自立意欲を奪ってしまっていたかも」と悩んできたことを明かします。

役所内のさまざまな声の板挟みに、ふと漏らした公務員のつぶやき。その本音には、さまざまな国のルーツの人が当たり前のように一緒に暮らす時代への、ヒントがあるかもしれません。一緒に、のぞいてみませんか。

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【前回までのあらすじ】
公文書のうち、手始めに家に郵送する「国民健康保険の更新のお知らせ」や、窓口で渡す「国民年金、国民健康保険」の説明書きを、「やさしい日本語」にしようと模索する現場の職員たち。窓口での経験や、生活の中で、「やさしさ」について考えていきます。

第1話 市長のむちゃぶりに葛藤 役所を「やさしく」  
第2話 ひとりぼっちの家に届いた恐怖の通知

第3話 20回説明しても伝わらない日本語って何なんだ? 

やさしい日本語って何?

「日本に住んでいる外国人のうち、最も多くの人が話せるのは何語なんだろう」

「外国人ならば英語だろう」と思う人が多いかもしれません。
でも、実はいくつかの調査で分かっているのは、「日本語」らしいということです。

神戸市の調査でも、「何語で情報を発信してほしいですか」との質問に、半数以上の回答者が「やさしい日本語」「日本語」と答えました。(295人の外国人に対して調査)

英語や自動翻訳された母語ではなく、やさしい日本語を選んだ人が一番多かったのです。

やさしい日本語推進プロジェクトの中心役である、神戸市の国際部国際課・中井係長は考えていました。

 

中井係長

そもそも、「やさしい日本語」って、なんだろう。

よく見かける説明だと「日本語能力試験N3~4レベルで、小学3年生の語彙レベル」の日本語だということだけど。

プロジェクトの企画を練っている頃、「やさしい日本語」って何ですかということを、大学教授やメディアの方など、いろんな方に質問した。

多くの方からいただいた答えは、「『やさしい日本語』に正解はない」ということ。日本に住む外国人には様々な人がいて、人によって、分かりやすい日本語が何かというのは変わってくるということだった。

漢字を使う中国語を母語とする人なら、ひらがなだけよりも、漢字を使った日本語の方が理解しやすいし、漢字圏以外から来た人には、漢字が苦手な人も多い。 簡単な単語と文法にするだけではなく、時にはふりがな付きの漢字を使う。

やさしい日本語の「やさしい」とは単に、簡単という意味の「易しい」だけではなく、受け手に配慮する「優しさ」であると教えてもらった。

詳しく知ってほしい情報はこれまで通り多言語で。できるだけ多くの人に、短時間に知って欲しい時には「やさしい日本語」で。大切なのは、使い分け。

「やさしい日本語」は災害時など時間の余裕がないときに、素早く、より多くの人に情報を伝えることができると期待されているんだ。

 

中井係長

何だろう。この違和感は。

そうか。「やさしいにほんご」も大切ですが、私にとって大切な「やさしいにほんしゅ」を忘れていた! 道理でまじめなことを、まじめに書いてしまう訳だ。

この季節からは、日本酒の中でも最もやさしい「熱燗」がおいしい季節。こんな「日課」を相棒の外国人スタッフ、ダンさんと共有することも相互理解には重要。

しかし、ベトナム人を甘く見ていた。ベトナム焼酎で鍛えただけに、ストロング缶で鍛えた私の肝臓も対抗できないほどの酒豪ばかり。ベトナムという国は奥深いなぁ。

コロナ問題のようにつぎつぎと連鎖的に発生する問題は、どのように短時間に「やさしい日本語」にするのか。医学的な表現はどこまでやさしく専門用語を使わずに説明できるのか。考えなければならない問題は次々にうまれてくるなぁ。

ぐびっ。あああ、どなたか考える→飲む→考える→飲むという私の連鎖を止める方法も教えてください!

〈中井係長〉
酒好き。神戸市役所 市長室 国際部国際課。やさしい日本語推進プロジェクトの中心的役割のはずなのに、落ち込みがち。

イラスト・逸見恒沙子
イラスト・逸見恒沙子

「易しい」より「優しい」が先

来日9年目で、神戸市役所で中井係長と、やさしい日本語推進プロジェクトを進めている、ベトナム人のダンさんは、中井係長とは少し違った見方をしていました。

 

ダンさん

中井係長、その通り! 
読み手に配慮した作り手の優しさがないと、易しい日本語を作ることはできない。要は、易しいより優しいが先なんです!

僕は、外国人市民をサポートするときに、多言語対応ばかりに力を入れることに疑問を感じてきました。僕もベトナム語翻訳・通訳を担当していますが、これまでサポートした人の中には、ベトナム語での支援に依存して、日本語を学ぼうとしない人もいました。そうした人の中には、日本の慣習・習慣・ルールを知ったり、日本社会に入っていったりという意欲をなくしている人もいました。私たちの支援がその人たちの学習や自立意欲を奪ってしまっていたのではないかと感じていました。

僕たちがやさしい日本語を使うことで、外国人市民はその情報を受けるために、必然的に日本語を学ぶことになります。日本語を知れば、日本での暮らしをもっと楽しめるようになれると思います。

出身地によっては、母語での情報がまだ充実してない人々もいますし、そうした人たちへの支援としても「やさしい日本語」は大切です。

「過ぎたるは猶及ばざるが如し」。

すぐに多言語に頼るのではなく、あえて日本語で支援する。それも外国人市民に対する僕たちの優しさです。

また、神戸市の職員がやさしい日本語の資料に取り組むことで、本当に伝えたいことは何なのか、改めて制度を見直し、情報を整理する機会となる。これによって、職員の制度理解が深まるきっかけになるだけでなく、後輩が仕事を覚えるのも楽になり、また誤解や情報不足によって問い合わせしてくる市民も減って、一石三鳥。これこそ働き方改革。

「やさしい日本語」には職員の働き方に対する優しさもある。 この2つの点で、今回のプロジェクトは「優しい」取組みだと思う。

 

ダンさん

ちなみに、中井係長の「考える→飲む→考える→飲む」の連鎖の原因は簡単です。 係長が一人で飲んだからです。
ダンがいないのにお酒を美味しく飲めるなんて「ありえへんやろ」と思います。やさしい日本語を頑張ってくれたら、美味しい銘柄の日本酒があるお店に連れて行きます。もちろん係長のおごりですね。

親愛なる中井係長へ「全集中、優しさの呼吸、易しい日本語を鍛錬しよう」

追伸:
やさしい日本語に取り組み始めてから、自分は日本語に対して、変にうるさくなってきた。看板やお知らせを見る際、ひとりで「全然やさしないやん」と突っ込んだりする。
ほんで、最近めっちゃ人気のある漫画を22巻分買った。大正時代を舞台とした漫画なだけに、使われている言葉が難しく、辞書を引いたり、周りの人にニュアンスを聞いたりして、やっと理解できるので、まだ8巻しか読み終わっておらず、もうアニメ版が出るのを待とうかと思ったことがある。読むたびに、「やさしい日本語に書き換えたろか」と連発しています。

【本日のベトナム人職員・ダンさんの励まし】

「Cái gì quá cũng không tốt(過ぎたるは猶及ばざるが如し)」

〈ダンさん〉ベトナム人。来日9年目。神戸市役所 市長室 国際部 国際課 多文化共生専門員。神戸市ベトナム語版Facebookの開設・運営など、外国人の視点から神戸市の多文化共生関連事業に携わる。プロジェクトでは、自分の経験に基づき、外国人に求められる情報ややさしい日本語について監修。
ダンさんのコラムは、神戸市ベトナム語版Facebookで読むことができます。

 

 

これは神戸市とwithnewsの共同企画です。
小難しい「お役所言葉」を、誰にでも分かりやすい「やさしい日本語」にしたい。

神戸市の若手や外国人職員が中心になって立ち上げた「やさしい日本語推進プロジェクト」で、さまざまな声の板挟みになる現場や外国人の「本音」を紹介していきます。

本当に役所は「やさしく」なるのか。毎週金曜日に配信予定です。
 
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