連載
#5 帰れない村
愛犬リリーの死で思い出す、原発事故後に降った雪 飼い主が願うこと
あの日の夜、夕方から降り続いていた霧雨が雪へと変わった。
2011年3月15日。旧津島村・下津島集落の行政区長で元県職員の今野秀則さん(73)は、外でたばこを吸いながら、ゆっくりと舞い降りてくるぼたん雪を眺めていた。
「もしかすると、この雪にも放射性物質が含まれているのかもしれないな」
震災から5日目。発生翌日には、海側の浪江町中心部に避難指示が出され、山側の津島地区には多くの避難者が押し寄せてきた。秀則さんは避難者の世話に忙しくしながら、15日、津島地区にも町の避難指示が出されると、集落で逃げ遅れた人がいないかどうかを確認するため、その夜は集落に居残った。
多くの住民が避難した後の、しんと静まりかえった真っ暗な集落。たばこの火だけがボォとともった。
「チェルノブイリのようになるのかなと思った。現実感のない、夢の中にいるような気分だった」。この日降った雪や雨によって、旧津島村が高濃度の放射能で汚染されたことを知らされたのは、それからずっと後のことだった。
翌朝、周囲には10センチ近い雪が降り積もっていた。福島市の妻の実家に避難し、風呂を浴びて夕食を食べた時、ふと、「もう津島には戻れないかもしれない」と思い、妻と車で自宅に戻った。
後から再生できない物を、と持ち出したのは、家族の思い出を詰め込んだ103冊のアルバム。
保健所から引き取って育てた愛犬リリーは泣く泣く放した。1カ月後に無事保護できたものの、4年後の冬の大雪の日、下血で雪を真っ赤に染めて死んだ。
「申し訳ない気持ちです。高線量の土地に1カ月も放置したのですから」
2015年から旧津島村の住民約700人が加わる「津島原発訴訟」の原告団長を務める。
「唯一無二の故郷に再び住めるよう戻してほしい。我々の願いはただそれだけなのです」
三浦英之 2000年、朝日新聞に入社。南三陸駐在、アフリカ特派員などを経て、現在、南相馬支局員。『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で第13回開高健ノンフィクション賞、『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(布施祐仁氏との共著)で第18回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で第25回小学館ノンフィクション大賞を受賞。
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