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連載

#5 帰れない村

愛犬リリーの死で思い出す、原発事故後に降った雪 飼い主が願うこと

亡くなった愛犬リリーの写真が貼られたアルバム=2020年9月、福島県大玉村、三浦英之撮影
亡くなった愛犬リリーの写真が貼られたアルバム=2020年9月、福島県大玉村、三浦英之撮影

目次

帰れない村
東日本大震災から間もなく10年。福島県には住民がまだ1人も帰れない「村」がある。原発から20~30キロ離れた「旧津島村」(浪江町)。原発事故で散り散りになった住民たちの10年を訪ねる。(朝日新聞南相馬支局・三浦英之)
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「この雪にも放射性物質が」

あの日の夜、夕方から降り続いていた霧雨が雪へと変わった。

2011年3月15日。旧津島村・下津島集落の行政区長で元県職員の今野秀則さん(73)は、外でたばこを吸いながら、ゆっくりと舞い降りてくるぼたん雪を眺めていた。

自宅から持ち出したアルバムを見つめる今野秀則さん=2020年8月、福島県大玉村大山、三浦英之撮影
自宅から持ち出したアルバムを見つめる今野秀則さん=2020年8月、福島県大玉村大山、三浦英之撮影

「もしかすると、この雪にも放射性物質が含まれているのかもしれないな」

震災から5日目。発生翌日には、海側の浪江町中心部に避難指示が出され、山側の津島地区には多くの避難者が押し寄せてきた。秀則さんは避難者の世話に忙しくしながら、15日、津島地区にも町の避難指示が出されると、集落で逃げ遅れた人がいないかどうかを確認するため、その夜は集落に居残った。

多くの住民が避難した後の、しんと静まりかえった真っ暗な集落。たばこの火だけがボォとともった。

「チェルノブイリのようになるのかなと思った。現実感のない、夢の中にいるような気分だった」。この日降った雪や雨によって、旧津島村が高濃度の放射能で汚染されたことを知らされたのは、それからずっと後のことだった。

2011年3月16日早朝、旧津島村に降り積もった雪と愛犬リリー。この中に大量の放射性物質が含まれていたとみられている(今野秀則さん撮影・提供)
2011年3月16日早朝、旧津島村に降り積もった雪と愛犬リリー。この中に大量の放射性物質が含まれていたとみられている(今野秀則さん撮影・提供)

リリーへの申し訳なさ

翌朝、周囲には10センチ近い雪が降り積もっていた。福島市の妻の実家に避難し、風呂を浴びて夕食を食べた時、ふと、「もう津島には戻れないかもしれない」と思い、妻と車で自宅に戻った。

後から再生できない物を、と持ち出したのは、家族の思い出を詰め込んだ103冊のアルバム。

保健所から引き取って育てた愛犬リリーは泣く泣く放した。1カ月後に無事保護できたものの、4年後の冬の大雪の日、下血で雪を真っ赤に染めて死んだ。

「申し訳ない気持ちです。高線量の土地に1カ月も放置したのですから」

亡くなった愛犬リリーの写真が貼られたアルバム=2020年9月、福島県大玉村、三浦英之撮影
亡くなった愛犬リリーの写真が貼られたアルバム=2020年9月、福島県大玉村、三浦英之撮影

故郷に再び住めるよう

2015年から旧津島村の住民約700人が加わる「津島原発訴訟」の原告団長を務める。

「唯一無二の故郷に再び住めるよう戻してほしい。我々の願いはただそれだけなのです」

震災直後に持ち出した家族の思い出が詰まったアルバム=2020年8月、福島県大玉村、三浦英之撮影
震災直後に持ち出した家族の思い出が詰まったアルバム=2020年8月、福島県大玉村、三浦英之撮影
 

東京電力福島第一原発の事故後、全域が帰還困難区域になった福島県浪江町の「旧津島村」(現・津島地区)。原発事故で散り散りになった住民たちを南相馬支局の三浦英之記者が訪ね歩くルポ「帰れない村 福島・旧津島村の10年」。毎週水曜日の配信予定です。

三浦英之 2000年、朝日新聞に入社。南三陸駐在、アフリカ特派員などを経て、現在、南相馬支局員。『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で第13回開高健ノンフィクション賞、『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(布施祐仁氏との共著)で第18回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で第25回小学館ノンフィクション大賞を受賞。

南相馬支局員として、原発被災地の取材を続ける三浦英之記者
南相馬支局員として、原発被災地の取材を続ける三浦英之記者

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