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連載

#6 クジラと私

「鯨肉はあまっている」は本当? ノルウェーから「輸入」する理由

商業捕鯨の再開後、1頭目に捕獲されたミンククジラ=2019年7月1日、北海道釧路市
商業捕鯨の再開後、1頭目に捕獲されたミンククジラ=2019年7月1日、北海道釧路市 出典: 朝日新聞社

目次

現代の日本ではクジラを食べる人がほとんどいないから、捕鯨で生産された鯨肉はあまっている――。そんな意見を聞くことがあります。でも、私が乗ったノルウェーの捕鯨船は、捕ったクジラの肉を日本へ輸出していました。あまっているのに、海外から買っている? 現地での取材と統計データから、この謎に迫ります。(朝日新聞名古屋報道センター記者・初見翔)

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クジラを追って

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「日本の市場はとても大きい」

私がこの夏、ノルウェーの捕鯨船「カトー号」に乗ることができたのは、いくつかの運が重なった結果でした。

そのひとつが、カトー号を操業している捕鯨会社「ミクロブスト・バルプロダクタ・エーエス」が日本に鯨肉を輸出しており、そのために日本法人を構えていたことでした。

以前「鯨肉はあまっている」という話を耳にしたことがあった私は、日本が輸入していた、という事実にとにかく驚きました。ということは、あまっているどころか足りないということではないのか、と。

ノルウェーに渡って捕鯨船に乗る前、ミクロブスト社の本社で、社長のウラ・ミクロブストさん(70)に話を聞きました。

同社は1912年に設立された、ノルウェー最大の捕鯨会社です。1974年に日本への輸出を始め、80年代に一度中止したあと、2008年に再開。2018年は150トンほどを輸出したそうです。

「日本の鯨肉市場の将来の可能性はとても大きい。これからもっと成長するだろう」と、期待を寄せます。

ウラ・ミクロブスト社長
ウラ・ミクロブスト社長

輸出の背景に「肉の好み」

船に同乗した、ミクロブスト社の日本法人社長、志水浩彦さん(43)が、鯨肉を日本に輸出する興味深い理由を説明してくれました。

ノルウェーの人が好む鯨肉は脂身の少ない赤身肉。ところが、ノルウェー近海のミンククジラは夏になると、脂の乗りがよくなる。7月はノルウェーの休暇シーズンとも重なるため、多くの捕鯨会社はそれ以降クジラ漁を中止し、休暇をとった後は他の魚の漁をすることが多いそうです。

でも、日本では脂がのっているほうが好まれます。そこでミクロブスト社はこの期間も漁を続けて日本に輸出し、収入を得ているというのでした。同社のカトー号は船内に冷凍設備を持っているノルウェー唯一の捕鯨船だそう。だからこそ刺し身用の新鮮な肉を輸出できる、という事情もあるとのことです。

また、ノルウェー国内の鯨肉消費量の減少も背景にあるようでした。

ノルウェー政府や業界団体にメールで質問したところ、年間の鯨肉生産量は2015年に835トンだったのに対し、18年は585トン。3年間で3割ほど減っています。

消費量については公式なデータがないそうですが、「400~500トンほどではないか」とのこと。ウラさんは「ファストフードの普及などで、若い世代を中心に、クジラに限らず海産品の消費が減っている」といいます。

ミクロブスト社がノルウェー国内向けに販売している赤身肉
ミクロブスト社がノルウェー国内向けに販売している赤身肉

生産量より消費量が多い日本

では、輸入する日本側の事情はどうなのでしょうか。

まず、長期的にみて消費が大きく減っている、というのは間違いありません。

農林水産省の「食料需給表」によると、国内の消費量のピークは1962年の23万トン。これが1970年代に10万トンを切り、1980年代には1万トンを切ります。

国際捕鯨委員会(IWC)で商業捕鯨の一時停止、いわゆるモラトリアムが可決されたのが1982年なので、その前から消費量は大きく減っていたことになります。

その後、さらに減ってここ数年は3千~5千トンの間で推移しています。

一方の供給量は、というと、前述の志水さんが試算するところでは、2018年は推定2400トン。つまり数字上は消費量より少なくなります。

しかもこれは300頭以上のミンククジラを南極海で捕獲していた調査捕鯨の話。南極海から撤退した商業捕鯨の再開後は、1500トンほどに減る計算です。

生産量と消費量の差を埋めているのが輸入肉だと考えられます。

戦後日本のクジラ料理の定番「竜田揚げ」
戦後日本のクジラ料理の定番「竜田揚げ」

増えていない在庫

現在、日本が鯨肉を輸入しているのは2カ国。ノルウェーからミンククジラを、アイスランドからはより大型のナガスクジラを輸入しています。両者を合わせた量は、多い年には2200トン(2014年)にも達します。これらの肉は国内の水産卸売会社を通じてスーパーなどに出回ります。

先日、長崎市のスーパーで買った缶詰はアイスランド産のナガスクジラを使っていました。

ちなみに農水省は水産物の在庫の統計も取っています。

過去10年間の12月末時点の「くじら」(冷凍)の在庫をみると、1500トン~5千トンで推移しています。2012年末までは4千トンを超えていたのが、15年末に一度1500トン近くまで減り、直近の18年末は3800トンでした。

消費量より多く生産していたり、それ以上に輸入したりしていれば、在庫は増え続けるはずですが、少なくともここ最近はそういうことはなさそうです。

ノルウェーの捕鯨船「カトー号」が捕獲したミンククジラ
ノルウェーの捕鯨船「カトー号」が捕獲したミンククジラ

潜在的な需要あり?

一方、統計に関しては注意も必要です。在庫は減ったとしても、出て行った肉が必ず消費されているかまではわかりません。

食料需給表の統計も同じで、「消費量」は国内の生産量に輸出入量や在庫の増減を足し引きしたものなので、売れ残って廃棄された場合など必ずしも最終的に「消費」されているかはわかりません。

また、調査捕鯨時代から、日本が捕獲するクジラの頭数は2005年あたりをピークに徐々に減ってきました。そして今回の商業捕鯨再開でさらに減ったことはすでに述べた通りです。これをもっと増やしたときに、それだけの需要があるかも不透明です。

ちなみに政府は商業捕鯨再開後も、当面は採算がとれないとして捕鯨関連に51億円の予算をつけました。安定した収益を上げるためには捕獲するクジラを増やすのも一案ですが、適正な資源管理の観点や、各種国際条約との関係などですぐに増やすことは現実的ではありません。

とはいえ、売れない肉をわざわざ海外から買っているはずがありません。日本が海外から輸入を続けているという現実からは、少なくともいま日本で生産されている鯨肉の量よりは、潜在的なものも含めて需要があると言えそうです。

【連載:クジラと私】クジラを食べられなくなったら困りますか?平成生まれの私はこれまで、「困らない」と思ってきました。でも、今その考えは変わりつつあります。この夏、ノルウェーの捕鯨船に乗った記者が、捕鯨をめぐるあれこれを発信していきます。

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