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連載

#21 現場から考える安保

自衛隊サイバー教育、拠点は「陸自最古」駐屯地 沈黙の訓練で何を?

陸上自衛隊通信学校でサイバー攻撃対処の実習に臨む隊員=8月2日、藤田撮影(以下同じ)
陸上自衛隊通信学校でサイバー攻撃対処の実習に臨む隊員=8月2日、藤田撮影(以下同じ)

目次

サイバーの専門家を育てようと自衛隊が躍起です。外国では軍隊の行動をまひさせるサイバー攻撃まで起きる中、自衛隊が自らを守る態勢をいかに整えるか。砲弾ではなくタイプの音が静かに響く、そんな訓練の現場を見てきました。(朝日新聞編集委員・藤田直央)

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現場から考える安保
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攻撃解明へクイズ次々

8月上旬、自衛隊サイバー教育の拠点である陸上自衛隊の通信学校を訪ねました。ふだんは授業が行われる広い教場がボードで仕切られ、数人ごと8チームに分かれた「学生」らがパソコンの画面に見入っていました。「曹」という階級の比較的若い隊員たちです。

陸上自衛隊通信学校でサイバー攻撃対処の実習に臨む隊員ら
陸上自衛隊通信学校でサイバー攻撃対処の実習に臨む隊員ら

3カ月半にわたるサイバー教育課程の仕上げとなる「総合実習」です。自衛隊と同様、外から切り離されている通信学校の通信システムを使った仮想空間で、別室の教官らが自衛隊のシステムに起きた異常を伝え、原因となるサイバー攻撃の解明に向け可能性を絞り込んでいくようなクイズを次々と出します。

「我のサイバー攻撃等対処」と呼ばれる分野で、一日半で計23問。各チームがどこまで解いたかがスクリーンに映し出され、回答の速さを競います。ヒントに頼るのもありですが得点は減ります。あるチームがある問題を解くと、それに対応するマスにそのチームの旗が現れます。

「旗取り合戦」ということで、サイバー分野ではこうした競技会をCTF(Capture The Flag)と呼びます。チーム名は隊員たちが決め、「CTF48」なんてのもありました。8チーム中で何位だったか後で陸自に聞くと、「運用に係る事項であり回答できません」とのことでした。

陸上自衛隊通信学校でのサイバー攻撃対処実習で、クイズへの解答を競い合う各チームの状況がスクリーンに映し出されていた
陸上自衛隊通信学校でのサイバー攻撃対処実習で、クイズへの解答を競い合う各チームの状況がスクリーンに映し出されていた

「敵の攻撃パターンを学ぶ」

とはいえ、ネットを使うといえば検索ぐらいの私には、目の前の隊員たちがパソコン越しに何と格闘しているのかよくわかりません。通信学校でサイバー教育の責任者を務める河口誠1等陸佐(53)に説明してもらいました。

陸上自衛隊通信学校でのサイバー攻撃対処実習について説明する河口誠・第2教育部長
陸上自衛隊通信学校でのサイバー攻撃対処実習について説明する河口誠・第2教育部長

「例えば、サーバーの動きが落ちてきたという状況が出ます。そういう時はサイバー攻撃でどういうパターンがあるかを授業で教えているので、一つひとつチェックし、あぁここがおかしいとわかる。そうして次の問題への視野が開け、どういう攻撃かをだんだん絞っていき、最終的な対処を完成するまで段階的に問題を与えていきます」

これが総合実習の「我の対処」で、河口さんが説明で使った次のスライドの下の部分あたります。では、上の「敵の攻撃要領」とは何でしょう?

陸上自衛隊通信学校でのサイバー攻撃対処実習について説明するスライド
陸上自衛隊通信学校でのサイバー攻撃対処実習について説明するスライド

総合実習では「我の対処」の一日半に先立ち、「敵の攻撃要領」でも一日半を費やしたそうです。河口さんの説明はこうです。

「敵がどういう攻撃をしてくるかがわからないと守れないので、その教育もしてあります。まず敵は相手のサーバー、ネットワークに侵入する前に調査をしてくる。どこの『穴』から入れるのか、その先にあるサーバーのバージョンは何か、バージョンによってはセキュリティー上の脆弱(ぜいじゃく)性が公開されていて、それを補う『パッチ』が立っているかどうか……」

「敵はそうした調査に基づいて侵入し、サーバー内のデータを搾取するといったことをしてきます。学生にはそれぞれの段階を体感させ、対応するスキルを与えています」

陸上自衛隊通信学校でサイバー攻撃対処の実習に臨む隊員ら
陸上自衛隊通信学校でサイバー攻撃対処の実習に臨む隊員ら

ただ、自衛隊のサイバー人材育成は道半ばです。通信学校での教育はもともと、有事に有線や無線による部隊間の通信をどう確保するかが基本で、自衛隊の通信システムをサイバー攻撃からどう守るかといった教育が始まったのは2004年度です。

コンピューター好きで独学で能力を高める隊員もいるそうですが、サイバー空間をめぐる技術とその攻防の進展はすさまじく、「超サイバー戦士」ひとりに任せられるものではありません。

陸上自衛隊通信学校でサイバー攻撃対処の実習に臨む隊員
陸上自衛隊通信学校でサイバー攻撃対処の実習に臨む隊員

河口さんは指導にあたり、各隊員の能力や得意分野を見極めることを大切にしています。今回の「総合実習」のチーム分けでも、チーム内で役割分担ができるようにしました。実際の任務にあたるサイバー関連部隊でもそうしたことが考慮されるそうです。

ちなみに、河口さんには「CISSP」という国際的に通用するサイバーセキュリティー専門家という肩書もあります。この資格を持つのは米国には約8万人、日本には約2400人、うち自衛隊ではわずかだそうです。「通信学校の教官も日進月歩の技術に追いつくのに必死です。総合実習の問題はセキュリティー企業に作っていただくのが一番効果的です」とのことでした。

CISSPのロゴ
CISSPのロゴ 出典: (ISC)²のHPより

今年から陸海空で教育

ところで、「総合実習」に臨む隊員たちの制服を見ると、ほとんど陸自ですが、わずかに海自や空自の隊員もいます。自衛隊のサイバー教育はこの陸自の通信学校で行われており、学ぶのは陸自通信科の隊員でしたが、人材育成が急務ということで今年度から海自や空自の隊員にも開かれたのです。

陸上自衛隊通信学校でのサイバー攻撃対処実習で、同じチームで相談する陸自と海自(右端)の隊員ら=8月2日。藤田撮影(以下同じ)
陸上自衛隊通信学校でのサイバー攻撃対処実習で、同じチームで相談する陸自と海自(右端)の隊員ら=8月2日。藤田撮影(以下同じ)

昨年末に閣議決定された防衛計画の大綱では、今のサイバー防衛隊を拡充し、陸海空の3自衛隊で一緒に「サイバー防衛部隊」をつくることになりました。河口さんは「サイバー教育課程には海空からまだ少ないので、たくさん入ってもらいたいですね」と話しました。

陸自では、隊員がサイバー教育を受けに通信学校に入る経緯は本人の希望や上官の推薦など様々だそうです。ただ、たまたまサイバー分野に秀でた人たちが集まるだけでは人材の確保が危ぶまれます。サイバーセキュリティーは民間企業にとっても懸案で、採用の段階から奪い合いです。

防衛省には、大学や大学院の理系の学生に対し、自衛隊に入って専攻を生かす条件で在学中に採用試験を経て学費を貸す制度があります。将来の「技術系幹部」への道として、学生への説明会などでサイバー分野のアピールにも力を入れています。

「陸自最古」の駐屯地で

……と陸自の通信学校を舞台に書いてきましたが、この自衛隊サイバー教育の拠点はどこにあるかご存じでしょうか。東京都新宿区の市ケ谷にある防衛省のビル群の中? いえいえ、実は全国にある陸自駐屯地で一番古いという場所にあります。

久里浜駐屯地(神奈川県横須賀市)です。三浦半島の中ほど、海自や米海軍の基地がある横須賀港から少し先へ行ったところです。浦賀水道に注ぐ平作川に面し、橋を渡って正門という変わった陸自駐屯地で、近くに釣り船が並ぶなど漁村の趣もあります。

陸自久里浜駐屯地のそばを流れる平作川
陸自久里浜駐屯地のそばを流れる平作川

この地に戦前は旧海軍の通信学校がありました。敗戦で進駐した米軍に接収されますが、1950年に陸自の前身である警察予備隊の駐屯地として返還されます。54年の自衛隊発足で陸自の駐屯地となり、通信学校の役割も旧海軍から陸自へ引き継がれたのです。

今回サイバー教育の「総合実習」があった建物は平成9年にできましたが、「本館」は昭和の旧海軍当時からあり、築82年になります。赤絨緞を二階へ登った貴賓室の壁にはかつて天皇の御真影が掲げられ、いまは額だけが掛かっています。

陸自の久里浜駐屯地にある通信学校「本館」の貴賓室
陸自の久里浜駐屯地にある通信学校「本館」の貴賓室

戦前の風景が色濃く残る珍しい陸自駐屯地で、サイバーという最先端の領域で後れをとるなと自衛隊が人材育成に励んでいるのは、ちょっと不思議な光景でした。

米軍と初の「競技会」

陸自は8月22日には、米陸軍との間でサイバー競技会を開きます。通信学校で今回見たのと同じ旗取り合戦(CTF)で、日米各6チームが同じ問題を解く速さを競いますが、自衛隊と米軍が初めて太平洋を挟んでオンラインでつながる形で行います。

米陸軍はジョージア州のサイバー学校から、陸自は通信システム防護に関わる各地の部隊など4カ所から参加し、この久里浜の通信学校も教官たちがチームを組んで臨みます。サイバー先進国の米国相手に、どこまで健闘できるでしょう?

陸自の久里浜駐屯地にある通信学校の「本館」。戦前からの建物は築82年になる
陸自の久里浜駐屯地にある通信学校の「本館」。戦前からの建物は築82年になる
 

ミサイル防衛や最新鋭戦闘機など、自衛隊の訓練や兵器が報道陣に公開されることがあります。ふだん近づけない自衛隊の「現場」から見えてくるものとは――。時には自分で訓練を体験しながら、日本政治の焦点であり続ける自衛隊を追う記者が思いをつづります。

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