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暗号・意思疎通…究極の頭脳スポーツ「ブリッジ」、報酬数億円の国も
インドネシア・ジャカルタで開かれているアジア大会。その中にトランプカードを使う競技があるのを知っていますか。世界100カ国以上でプレーされている「ブリッジ」。2人1組のペアが机を囲んで対戦する頭脳ゲームです。アジアトップクラスのプロ選手が居並ぶ中、日本は男女のミックスで、世界的にも珍しい夫婦ペアが健闘を見せました。(朝日新聞ヤンゴン支局長兼アジア総局員・染田屋竜太)
アジア大会では過去にも「頭脳スポーツ」としてチェスや囲碁などが採用されています。
ブリッジの日本ミックスチームは6人。その中に2組の夫婦がいます。上田哲也さん(59)、真理子さん(58)夫妻、勝部俊宏さん(58)、雅子さん(52)夫妻。いずれも長年、ペアを組んできました。
日本チームは予選初日の8月21日第1試合で優勝候補のインドネシアチームと対戦。国内トッププレーヤーをぶつけてきたインドネシアに苦戦が予想されましたが、2組の夫婦が勝利をおさめました。これには、選手より若いコーチの原田裕己さん(25)も「最高の出だし」とうれしそうです。
ブリッジでは、ジョーカーを抜いたトランプカード52枚を2組のペア計4人に13枚ずつ配ります。4人がテーブルを囲み、1人1枚ずつ出します。初めの人と同じマークを出さなければいけません。原則、一番大きな数字を出した人が勝利します。13枚だから、1ゲームは13回。ペアで何勝したかを競います。
「そんな簡単なゲームか」と思ったあなた、実はまだまだ奥が深いのです。カードを出し始める前に、それぞれのペアが「スペードで8回勝つ」などと宣言しなければいけません。実際のゲームでそれにどれだけ近づけたかで、点数が変わってきます。
ブリッジは、「ペアのパートナーがどんなカードを持っているか分かれば100%勝てるゲーム」と言われます。自分のパートナーの手札が分かれば、相手ペアの手札も自ずとわかり、どの順番でどう出せば何勝できるか、容易に想像がつくからです。
ただ、自分のパートナーは机の対面に座り、仕切りで顔は見えません。会話やジェスチャーで自分の手札の情報を伝えることは厳しく禁止されています。過去に、カードを出す手の動きで手札の内容を伝えようとして追放された有名プレーヤーもいたそうです。
じゃあどうするか。自分が出すカードの順番で、「絵札は何枚持っている」などの情報をパートナーに伝えます。そのために事前に綿密に「暗号表」をつくるのです。原田コーチに見せてもらいましたが、はっきり言って何が書いてあるのか分かりません。
ところで、こんな大事なものを記者に見せてもいいんですか?「もちろんです。だって試合前には相手に配るんですから」。えー、暗号表を見せるなんて、手の内をさらしているようなものじゃないですか。「いえいえ、それでも本番は暗号通りにいかず、裏をかくこともある。その駆け引きの面白さもあるんです」と原田さん。ここまでくると、感心するしかありません。
記者はジャカルタの競技会場に入って取材しましたが、立ち入りが許されたのはゲームが始まる前まで。少しでもカードの情報が相手に伝わるのを防ぐためです。アジア大会では16ゲームを繰り返すため、2時間ほどかかります。
ブリッジの国際大会で男女ミックスが採り入れられたのは数年前。それまでは男子、女子に分かれた試合だけでした。各国は通常、男子のトッププレーヤーと女子のトッププレーヤー同士を組ませ、ミックス戦に臨みます。いずれも「プロ」としてブリッジで食べている人がほとんどです。
パートナーがどんな手札を持っているか。それを正確に推測するにはブリッジの実力だけではなく、相手との無言の意思疎通が必要なのです。両夫妻を取材していると、会話でもお互いをフォローしたり突っ込んだり。そんなところにも「絆の強さ」を垣間見た気がしました。
上田哲也さんは大学の部活動でブリッジを始め、真理子さんはカルチャースクールでこのゲームを知りました。試合を通して出会い、結婚。子育てのため一時期は休んでいましたが、30年以上ペアを組んでいます。「相手の考えることはだいたいわかる」と哲也さん。一方、ゲームをめぐって家に帰ってからけんかになることも。「ブリッジにどっぷりつかった人生です」と真理子さんは笑います。
「どれだけ意思疎通できるんですか」と勝部夫妻にきいてみました。すると、勝部俊宏さんは、「同じカードでプレーしたら、出す順番はほとんど同じ。思考経路が似通ってきている気がします」と言います。
ブリッジはルールを覚えるのに時間がかかることもあり、競技人口もなかなか広がらないのが事実。ただ、最近はネットによって遠く離れた人と対戦したり、海外の試合を観戦したりできるようになりました。「でも、やっぱり対面でやる緊張感がこのゲームの面白さ」と上田哲也さんは話します。
じゃあ、日本のブリッジのミックスは夫婦ばかりなんですか、と思うとそれは違います。日本チームの1組は、中尾共栄さん(73)と、瀬下拓未(27)さん。瀬下さんは中尾さんの孫と同い年とのこと。「夫婦でなくても、お互いの気持ちを考えることができればいいペアになれます」と中尾さんは胸を張ります。
ミックス団体は7チームとの対戦を2回、繰り返す計14試合で争います。いいスタートを切った日本は初日、2日目と首位で通過した日本チーム。予選を勝ち抜き、4位以内に入ればメダル確定です(3位決定戦はない)。
3日目に2位になりましたが、まだまだ余裕があります。記者は4、5日目は他のスポーツを取材し、準決勝で戻ってくることにしました。
すると、4日目、原田コーチが日本代表のツイッターで苦戦を伝えました。
ミックスはかなり苦戦を強いられています。中国とタイとの5位レースになりそうな予感です。
— Bridge_AsianGames (@BAsiangames) 2018年8月24日
予選最終日の8月25日、記者は格闘技、柔術の試合の取材をしながら、ネットでブリッジの試合経過をチェックします。最後の2試合を前に5位、タイとは13点差。20点を2チームで取り合うブリッジでは、1点差以内の接戦もあり、大崩れしなければ、なんとか予選通過できそうな成績です。
しかし、13戦目、初戦で破ったインドネシアチームに完敗。ついにタイとの差は1点以内に。
泣いても笑っても最後の1ラウンドです。アジアの壁は高く簡単にメダルを取らせてくれません。最後まで選手を信じて送り出したいと思います。頑張ってきて!! #asiangames2018 #bridge #ブリッジ #アジア大会 #がんばれニッポン
— Bridge_AsianGames (@BAsiangames) 2018年8月25日
最終戦は強豪インド。じりじりと押され、劣勢に。そして、最後は敗れ、タイに逆転されてしまいました。
結果的に最後3試合で20点ほどを逆転された計算になります。原田コーチも「とても悔しい」。
なぜ、ここまでの逆転を許してしまったのでしょうか。
上田夫妻にインタビューをお願いしたところ、快諾して下さいました。
開口一番、真理子さんは、「うーん、悔しい」と漏らしました。「いつも、ブリッジは楽しんでやっているんです。でも、今回最後の3戦は楽しむことができなかった。『勝たなきゃ』、『追いつかれたらあかん』という気持ちで焦っていました」。
相手は中国、インドネシア、インドといずれも強豪で、プロのトッププレーヤーが相手でした。「最後は実力差が出てしまったかな」と哲夫さん。
海外ではブリッジプレーヤーは個人のスポンサーがつき、プロとして試合を重ねています。アメリカでは大富豪がプレーヤーに支払う額だけで数億円になることもあるそうです。
一方、日本の夫婦ペアは週末、地元のブリッジ愛好家らと対戦し、大会は年に数回。日本にブリッジだけで食べている人は10人いるかいないか。平均年齢は70代といいます。
「負けたのは悔しかったけれど、自分たちもアジアで戦えないわけやないということは確認できた。メダルはほしかったけれど、やっぱり楽しかったです。いい経験でした」。最後は真理子さんも笑顔でした。
今回の出場で注目され、テレビニュースでも放映された影響で、初心者講座に多くの申し込みがあったといいます。
ネットでの対戦も広がり、初心者が入りやすい環境もできつつある今、「今回のアジア大会はスタートと考え、どれだけ若い人たちがブリッジの世界に入り、腕を上げる環境をつくれるかがカギ」と原田コーチは話しました。
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