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司法取引は「密告」、山口組が解説文 「組織を一網打尽」強い危機感
「六月から、司法取引が導入されます」。こんな、ですます調の文書が日本最大の暴力団山口組の内部で共有されています。他人の犯罪を明かす見返りに検察官が起訴を見送ったり求刑を軽くしたりする司法取引(6月1日開始)について論じた内容です。捜査される側の暴力団は、新しい制度をどのように見ているのでしょうか。(朝日新聞東京社会部・小寺陽一郎)
文書は「司法取引」と表題が書かれた横書きの2枚です。西日本の暴力団関係者らによると、今年6月上旬、山口組に数十人いる直参(じきさん)と呼ばれる幹部を集めた定例の会合で「組員への教育のため」に配られたそうです。その後、LINEやメールなどで共有されているということでした。
文書はまず、司法取引の対象になるのが薬物・銃器犯罪のほか、詐欺、貸金業法違反などと説明しています。警視庁の暴力団捜査関係者は「それぞれ、覚醒剤の密売や銃を使った犯罪、振り込め詐欺、無登録の高利貸しなどとして暴力団の資金源になっている犯罪だ」と指摘しています。
文書は続けて、司法取引の手続きをたんたんと説明していきます。ですが、中盤以降では司法取引を「密告」ととらえ、「自分の罪を軽減するために虚偽の供述をし、無実の第三者を巻き込み、さらなる冤罪を生み出す恐れがあります」と批判を始めます。
冤罪の恐れについては、国会審議などでも取り上げられました。このため防止策として、取引の協議や合意には弁護士が関与▽取引で得た供述だと公判で明示▽うその供述を罰する虚偽供述罪を新設―などが盛り込まれています。
最高検も得られた供述に「裏付け証拠が十分あるかなど、信用性を慎重に見極める」などとしています。
文書では、防止策を前提にしていますが、司法取引で罪を明かされた第三者側の弁護士が「供述が虚偽であると証明するのは極めて困難になります」と指摘するなど、なお冤罪の危険性があると主張しています。
文末では「首謀者を組長などに設定した上、犯行直後に司法取引を持ちかけ、組織を一網打尽にするシナリオも想定されます」と結び、司法取引で幹部が検挙されることに強い危機感を示しています。
関西にある山口組の現役幹部は、文書をもとに今後配下の組員を集めて、司法取引の仕組みや自分の考え方を説明するつもりだといいます。自身も、暴力団ではない一般人や、付き合っている女性が司法取引を使うことを特に警戒しています。「カタギはもちろん自分の女でも仕事(犯罪)の話は何もできなくなる」
幹部は、司法取引で検挙されやすいのは薬物犯罪とみています。覚醒剤などを密売する縄張り(シマ)を巡って日常的にトラブルが起きているため、敵対組織からの情報提供が起こりやすいからだそうです。
また、山口組の分裂が司法取引を機能させやすくしているとみています。山口組は2015年8月以降、神戸山口組(本部・兵庫県淡路市)と任侠山口組(本部・同県尼崎市)に分かれました。幹部は「今は互いに敵対しているが、もともと同じ組織。知っている犯罪はいざとなれば言ってしまうだろう」と話しています。
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