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世論調査「中の人」に密着「この仕事に就く前は疑っていました……」
「新聞社の世論調査ってちゃんとやっているの?」。ネットで見かける世論調査への疑問の声。毎月のように内閣支持率がニュースとして報じられる中、誰がどのように世間の声を集めているのだろうか。記者が世論調査の「現場」に行ってみました。(朝日新聞世論調査部・石本登志男)
調査をする人は事前に入念なトレーニングを受けます。
研修では、ロールプレイングと呼ばれる練習をします。電話する側とかかってきた側に分かれて行います。
経験の浅いオペレーターが電話する役、ベテランのオペレーターが電話を受けた対象者役となっていました。
「ただいま、安倍内閣や今の政治などについて世論調査をお願いしております」。するとベテランオペレーターが鋭く「何時だと思っているの」「本当に世論調査の電話なの?」。実際の経験に基づくというリアルな反応を再現していました。
電話をする役の人は「朝日新聞の世論調査のお願いでおかけしています。確認していただいても構いません。ぜひともご協力いただけないでしょうか」「分からない、というのも貴重なご意見になります」などと相手に理解を求めていました。
オペレーターの仕事は、機械的な作業のように見えて、実は人間力が問われます。
突然かかってきた電話に警戒する人も少なくありません。そんな相手に対し、短い時間で、協力を取り付けられるかどうかが世論調査をする中で一番難しいとのこと。記者の取材でも、見ず知らずの相手に電話取材をお願いする場合は、お互いの顔が見えないだけにうまくいかないことが多いのも事実です。
オペレーターの手元には、電話応対のマニュアルがあるのですが、実際の調査ではちょっとでも口ごもると電話を切られてしまうことも多いそうです。
研修では、熟練どうしのオペレーターになると、マニュアルにはない拒否反応をロールプレイングで相手にぶつけ、それに対しアドリブで切り返して理解を求めるという「高度な技」を披露することもあるそうです。
いよいよ本番。調査はかなり大掛かりな規模で実施されます。
電話の世論調査では、年齢や職業を聞く質問を含めて20問ほどを尋ねます。全国で2000人の有効回答をめざし、このコールセンターを含めて全国で3カ所の拠点から、固定電話と携帯電話に電話をします。
定例調査は土日の2日間で行われます。初日の土曜の朝8時ごろ。集まったオペレーターたちは、発声練習を兼ねて世論調査をお願いする部分や、「安倍内閣を支持しますか、支持しませんか」などの質問文を大声で読みあげていました。
マイク付きのヘッドホンを着け、パソコンのモニターに向き合うと、朝日新聞社が作成した世論調査の質問文がモニターに表示されます。オペレーターは一字一句間違えないように、質問文を正確に読み上げます。電話先の対象者が質問に回答すると、「支持する」「支持しない」「その他」といった選択肢の番号をキーボードで入力し、次の質問に進む仕組みです。
主婦や高齢者など電話がつながりやすい相手ばかりに偏らないようにするため、固定電話ではその世帯に有権者が何人いるか聞き、その中からランダムで年齢の上から何番目かの人を選び、一度決めた対象者は変えずに調査をお願いしています。
調査開始の8時半。「では、1件1件丁寧にとっていきましょう」。オペレーターをまとめるスーパーバイザーが声をかけると、一斉にオペレーターが電話をかけ始めました。
「世論調査の協力をお願いします」。突然の電話に、今は忙しい、と拒み気味な相手に対しては、「では、また時間をおいて電話させていただきたいのですが、何時ごろならよろしいでしょうか」と聞き、時間の約束をして電話を終えます。
電話しても相手が出ない場合は、時間をおいて、その日の夕方以降に2回目の電話をかけます。
特に最初の1、2時間では、電話の相手とコミュニケーションがうまくいっていなさそうなオペレーターには、スーパーバイザーが横について「どんなやりとりで、どうなった?」といった声かけをしていました。
オペレーターの一人、黒田直子さん(51)は、この日電話をした人とこんなやりとりがあったそうです。
「世論調査って、私は政治にくわしくないんだけど」
「数分で終わる簡単なアンケートです。分からないというのも貴重なご意見ですので」
「うーん」
「まず、試しに最初の一文を読ませていただきます」「あなたは安倍内閣を支持しますか、支持しませんか」。無言の時間が流れるなか、相手が答えてくれるのをじっと待ちます。
「うーん、どうしようかな。フフッ」と少し笑い声が聞こえると、「お答えいただくのは難しいですよね。フフッ」とすかさず笑い声を入れながら返事をする。これが「突破口」になったようで、スムーズに質問に答えてもらえたといいます。
質問の中で「ご年齢か、何十代かを教えていただきたいのですが」と聞くと、「70代です」。声を聞く限りもっと若い方だと思っていたので、「あら、お若いですね」と思わず言って、また笑う。こうして5分も経たないうちに、相手とすっかり息が合ってくるといいます。
休憩時間にオペレーターの黒田さんから話を聞きました。母子家庭で2人の子どもを育ててきたそうです。これまでの仕事で身につけた電話でのトーク力を生かし、世論調査のオペレーターになって3年。ベテランといえます。
黒田さんは「世論調査の電話で、答えてくれる方がこんなにもいるんだなあと驚きました」と率直に話します。
「全部の質問が終わった後で、『ありがとう』って言ってくれる人までいるんです。普段は政治の話を知らない人に話すことはほとんどないと思うんですけど、話し終えてどこかすっきりされたみたいでした。不思議な気持ちになりました」
うまくいかなかった時には「断られて電話を切られてもクヨクヨせず、また次の電話へと気持ちを切り替えます」。相手に話してもらいやすい雰囲気をつくるために、「空気を合わせる」ことを心がけているそうです。
スーパーバイザーの志水隆司さん(24)は「実は中学から学校を休みがちで、高校、大学には進学しませんでした。18歳のとき、友人と起業したのですが収益が上がらず2年でやめ、その後2年間はニート状態でした」と明かします。
「人見知りな方ですが、電話なら話ができるかなって思いまして」
最初の頃は「こんな時間にかけてくるな」と怒られ、もうやりたくないと思ったこともあったそうです。周囲から励まされ、「自分だけが好き嫌いを言っていてもしゃあない」と思い、仕事を続けるうちに余裕ができたそうです。
「もともと人付き合いが苦手だった自分が、ここまでできていることに自分でも驚いています」。スーパーバイザーとして、自分の最初のころを思い出し「落ち込んでいるオペレーターはいないか」と気を配っているそうです。
夜7時から9時ごろにかけて、世論調査の電話発信はピークを迎えます。昼間は不在だった世帯も帰宅し、固定電話につながりやすい時間帯だからです。
最大24人のオペレーターで電話をかけ続ける時間帯となり、ブース内はお祭り騒ぎのようにオペレーターの声でにぎやかです。オペレーターは、相手の声をしっかり聞き取るため、片耳を軽くふさぎながら、対話を続けていました。オペレーター1人あたり、2日間で数百回の電話をかけるそうです。
新聞社の世論調査は、発表するたび信用性を疑う声がネット上に投稿されます。
今はチームをまとめる立場の志水さんも「この仕事に就く前は世論調査の数字って本当なのかなって疑っていました」と言います。
しかし、実際に調査の現場を見ると、けっこう泥臭く、結果を操作する余地がないのも事実です。「自分たちが一つ一つ積み上げた調査の数字が、正確に報道されていることが分かりました」
「中の人」のことを想像しながら世論調査の結果を読むと、また違った面白さが出てくるかもしれません。
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